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その22・二人きりの贅沢

 勝負は一撃で決まった。圧勝とか楽勝とかそんな生易しい勝利ではない。

 ゆくゆくは英傑の座も狙えるかもしれないという期待の新星が、何の取り柄もない能無しの少年に敗北するという大金星に変わり果てたのだ。

 その失態が騎士としての活動に支障をきたす……とまではいかなくとも、多少いじられたり馬鹿にされたりはするだろう。あのお姉さんが最年少で騎士に任命されたことを面白く思ってない者がこの件を知ることがあれば、嫌味マシマシで絡んでくるのは明白だ。

 命が助かったことへの代価だと納得してくれたらいいんだけど俺に逆恨みとか勘弁な!





 ちゃぷん。



「ふいー」



 心地よさについ気の抜けた息が漏れる。

 秘密基地の一角を掘りぬいて作った浴室で、俺は昼間っから熱い湯に浸かっていた。


 そう、風呂である。


 岩壁をくり抜いて空間を作り、石を積んで浴槽としての形を整え、魔力で溶かして滑らかにする。

 普段くつろいでいる場所と脱衣場の間に、町の廃屋からかっぱらってきた木製の扉を適当につける。だが、蝶番の仕組みがよくわからないので、扉というより板を立てかけて塞いでいるだけというのが現状だ。

 そして浴槽に近くの清流から水を大量に汲んできて、充分に溜まったところで俺が息を吹きかければ余計な異物は跡形もなく消え去り、後には混じり物のない水が残る。

 湯を沸かすのには、あの遺跡で倒した炎の悪魔から手に入れた魔石を使っていた。浴槽の端っこに石で囲んで固定した魔石を設置し、それに火属性の魔力を送り込んで熱を発生させ、後は放っておけばいい感じに水が温まってくれる。

 この方法を教えてくれたのはなんとソルティナだった。

 火の魔力の加減を間違うと炎が噴き出るから気をつけてと言った本人が炎を噴き出させたのは、まあ、ソルティナだから仕方がない。

 そこまでは良かったのだが、湯気や熱気を逃がすための空気穴や溢れた水を流す排水用の穴を掘るのがなかなかに面倒で、そのため手つかずのままにしていたのだが、これはナナが大地の属性を活用することで簡単に開けてくれた。

 そのナナは『熱い水で体を洗うとか正気じゃねぇ』と顔をしかめていたが。


 なぜこんな手間のかかる真似をしたのかと言うと、風呂が貴重だからだ。

 普通の家庭なら、冷たい水と雑巾よりはましな布切れで体を拭くだけであり、ソルティナの実家みたいな裕福な家庭でも、普段は水ではなくお湯とタオルを使うという程度である。

 ふんだんに綺麗な水を沸かせた熱い湯に浸かる、というのは贅沢であり、金持ちや貴族階級くらいしか許されないのがこの世の常識だ。なので前世が令嬢だったソルティナは俺と違ってその常識に染まっていたので、決まった日だけじゃなくて気が向いたらお風呂入りたいと嘆く、悲しき潔癖モンスターと化していた。

 しかも、俺と入る約束まで取り付けている。


 なので……やむなく浴室作りを再開し、それがとうとう実を結んだわけだ。

 俺としても、ティエルさんを豪快にかっ飛ばしておいて「お宅のお風呂使わせて下さい。ソルティナと洗いっこするんで」などと舐めた要求できるほど図太くはなかったので、完成させる必要があったのである。

 



「くふふ、気持ちいいわね~~」


 湯船に浸かる俺にもたれてソルティナが熱い湯を満喫していた。

 当たり前だが二人とも裸である。下着もなにもつけず、頭にタオルを乗せてるだけ。


 最初に俺が、意を決して浴室に入ってから、少し間を開けてソルティナが恥ずかし気に大事な部分を隠しながら入ってきたのだ。

 隠したところで、背中の流し合いや湯船に入るときにお互いの各部位の形状を照れつつもまじまじと見たから、別に意味はなかったのだが。


「……なんだろ、こうやって素っ裸で背中を預けてると、恥ずかしいけど安心しちゃう」


 いつもの年上っぽい(実際年上なのだが)口調ではなく、見た目通りの幼さを残した喋りで、猫が甘えるように俺の胸や腹に体をすり寄せてくる。

 それにしても、普段の暴れっぷりが嘘のように小さい背中だな。


「ゆっくりとお湯に浸かってるせいで、心のしこりが解れてきてるんだろ。まあ、カッコイイところを見せた頼れる俺がそばにいるのも、あると思うけど」


「それは………………うん、そうだね。カッコよかったよ。今まで見た、どんな勇敢な男の人よりも、ずっとね……」


「え、あ、そうか」


 三枚目っぽく言ったはずが、びっくりするほど素直に受け取られて逆にこっちが照れてくる。


「ねえ、シオン」


「んっ?」


「私に捕まえられて迷惑?」


「迷惑と言えば迷惑だけど、面白いから別に構わないかな。楽な人生を目指すのが最初の目的だったけど、まだこの年で、そんな余生みたいな暮らしを望むのもどうかなって最近思えてきてさ」


「ふぅん」


「だから、まあそんなわけで」


 俺はソルティナを背後から抱きしめた。柔らかい膨らみに腕が当たってるが、今はそれよりも集中すべきことがある。




「──これからも俺に迷惑かけてもいいよ。できる限りそばにいるから」




「……ほんと?」


「ほんとほんと」


「裏切ったりしない? 逃げたりしない? 騙し討ちしたりしない?」


 なんちゅう問いかけしてくるんだこの子。信用できない家臣か俺は。


「絶対にしないさ。神にでも天にでも誓ってやるよ。聖女の生まれ変わりであるソルティナを困らせることはあっても、欺くことや寂しくさせることはしないってな」



 妙な沈黙。

 聞こえるのは、時々天井からポタ、ポタと水滴が落ちる音だけだ。



「…っく」


 ……………………ええええええっ。

 猫なで声で甘えてくるかと思ったのにそっち? そんなに効いたの?

 多少のわがままを水に流してくれるくらいの好意ゲットでよかったのに、泣くほどかよ。そこまで優しいこと言ったか?



「マジかよ。もしかしてお前、泣いてんのか」


「な、泣いてなひ」


「泣いてる奴はみんなそう言うんだよ。顔見せてみろ顔」


「や、やだぁ。見ちゃいやぁ」



 こんなもの滅多に見れるものじゃない。

 なのでどうにか見てやろうと思ったんだが、ぐずりながら今までで一番凄い力で拒まれた。

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