その21・痛快な一打
なんか一方的に女の敵みたいな扱い受けて決闘まで挑まれた俺だが、この状況はそんなに悪くはない。ここで俺の強さを見せつけて「これだけ腕が立つなら独り立ちさせても問題はないだろう」と太鼓判を押してもらえばいいのだ。
しかし、その場合でもソルティナの両親がグチグチ言うのは目に見えているので、あらかじめ何らかの約束を交わしておくことにする。
『万が一にでもシオンが勝ったら私達の好きにやらせてもらう』
とでもソルティナが言っておけばあちらはホイホイ乗ってくるに違いない。
あとは、俺がティエルさんを殺さないように手加減してやっつければ任務完了だ。もし殺したとしてもソルティナが蘇生させるので抜かりはない。
「覚悟はいいか、坊や」
「うーす」
二日後。
町の広場に人だかりができていた。
広場を囲む人々の大きな輪の中心、そこで俺とティエルさんが野次馬からの視線を一身に浴びている。事前にこの一戦をティエルさんが町中に広めたのだ。
知っている者たちの前ではっきり決着をつければ、不正もできないし後から文句も言えまい、というのが妹思いのお姉さんの言い分だが、妹にたかる虫がどうなるかという見せしめにしたいのが本音なのだろう。
この手の勝負ってのは、見物人たちが賭けの対象にするのが良くある話なんだけど、光の属性と聖騎士のクラス持ちと何の属性もクラスもない無能とでは、勝負になるわけがないと誰もが承知しているので、賭けが成立してないようだ。大穴狙いで大儲けできる絶好の機会だったのにな。
「無理するんじゃないぞ。あのお嬢さんに勝とうなんて考えるな。お前のやる気だけ見せてくれれば、もう私も母さんもそれで十分だからな」
「大怪我だけはしないでね?」
「わかったからそっち行ってよ。もう勝負が始まるんだからさ」
俺は名残惜しむ両親を退散させて、ティエルさんのほうを見た。
「ただの女好きか、それとも気概がそれなりにあるのか、直に確かめさせてもらうわよ。私の眼鏡にかなうようなら、まあ、手をつなぐくらいなら認めても……う~ん。…………ま、まあ、それでいいわね、ティナ?」
「はいはい。でも彼が勝ったら好きにさせてもらうからね」
「ふっ、無駄な約束だと思うがまあいいわ。私が遅れを取るように祈ってなさい。ところで……昨日から聞こうと思って先延ばしにしていたけれど、その子は本当に犬なの?」
「犬よ」
「ウォウン」
「明らかに犬の迫力と魔力ではないんだけど、まあいいわ。懐いているというか従っているようだし、少しは目を瞑りましょう」
もう隠しきれないよな。でかさも大型犬というより子牛サイズになってるし。
「ひっく、無茶が過ぎるぜ、あの小僧もよ。能無しが聖騎士に勝てるもんかね、うっく」
「彼女の前でいいとこ見せたいんだろうが、こりゃ見てらんないことになるぞ。終わったころにゃ、見物人がどんだけ残ってるかなぁ。がはははは」
「そうは言っても、あの娘さんも聖騎士なんだし、残酷なことはしないでしょ。……しないわよね?」
「いや、あたしに聞かれてもねえ」
「シオン頑張れよー! 骨は拾ってやるからなー!」
「ソルティナに泣きついたほうがいいんじゃないのか~!? こわいよこわいよ~~ってよぉ! あっはははは!」
酒の肴にしたいのか酒瓶片手に見てるおっさん達もいれば、井戸端会議の代わりに暇つぶしに来ているおばちゃん達もいるし、相変わらず俺を馬鹿にしてからかっている同年代の奴らもいた。
ソルティナがそのからかいを聞き流すとも思えないので、あいつらは口は災いの元という言葉を後から身をもって知ることになるだろう。
俺の知らないところで俺の代わりに仕返しをしてくれる奴がいる、というのは有り難いようで恐ろしい話だ。オートカウンター聖女とか洒落にならない。
「両者、正々堂々と戦ってくれ。遺恨は残さないように……というのは難しいかもしれんが、できるだけ割り切ってほしい」
「承知しました。それと。審判を引き受けてくださってありがとうございます。仮にも帝国の騎士である私が、私闘を行う訳にもいかなかったので助かりました」
「騎士である君が特別に警備隊のヒヨコに胸を貸す、という建前なのは忘れないでくれたまえ。でないと私も上からお叱りを受けてしまう」
この勝負だが、流石に審判役が必要だろうということで、町の警備隊の隊長さんがその役を引き受けてくれた。
父さんの先輩にあたる人で、かつては帝国の正式な兵士として務めていたこともあるらしく、若い頃の父さんはそんな先輩の姿を見て自分も兵士になる夢を抱いたのだという。だけど爺ちゃんと違って父さんは戦闘の才がろくになく、兵士の道を断念はしたが、それでも諦めきれずに警備隊に入ったのだとか。
冒険者くずれの悪党を捕まえたこともあると、晩酌しながら自慢げに言ってたことあったっけ。一歩間違えばそんな風に転がり落ちる職に息子がなろうとしたら、まあ嫌だよな。
得物だが、やはり真っ当な武器はまずいというかそれが当たり前なんだが、とにかく木剣を使用することになった。
とはいえそれでも当たり所が悪ければ重傷となることもある。木の棒で思いっきりぶっ叩き合うんだから、そりゃそうだ。
……と、そこまで考えていたところでハッと思い出した。
そうだ。
俺、剣なんか一度も学んだことないぞ。
どうやって使えばいいんだコレ。なんか刃筋を立てないと斬れないとかいうのを聞いたことあるけど、でも木剣だから、そうなると棒術になるのか?
構えってどうやるの? 両手で持って相手に向き合うのか?
ティエルさんの真似は……駄目だ。
木剣を無造作に片手でぶら下げて、お手並み拝見とばかりにこっちを涼しい顔で見てやがる。あれを参考にしても挑発にしかならん。
「はじめっ!!」
始まっちゃったよ。
「正直、少し見直したぞ。逃げ出したり、泣き言を言わなかったのは好感が持てる。それとティナとの交際を認めるかどうかは、また別だがな」
「そうっすか。そりゃどうも」
いい気なもんだよ。こっちは死なせない程度にあんたを痛めつける方法に頭を悩ませてるのに。
うっかり首や手足がちぎれた、なんて事になったら大惨事なんだぞ?
「さあ、どこからでも打ち込んでくるがいい!」
そうは言われても、なんかしっくりこないんだよな。どうやったらいいものか……………………
…………ん?
何か、こんな振り方、最近したな。あれだ、トロールの腕を両手で持って、こう……跳びかかってきた魔物を派手に打ち返して、別の魔物にぶつけたり……
「ん? なんだその構えは? それでは剣術ではなく球打ちじゃないか。ふふっ、所詮は子供ということか」
球打ちというのは、俺ぐらいの年の男子なら一度はハマる遊びである。
投げ役が革でくるんだ小石を投げ、打ち役が持ち手に布を巻いた木の棒でそれを打ち返し、どこに飛ばしたかで点数が変わるという単純なものだ。
ソルティナ以外に友達がほとんどいない俺には未知の遊びだったのだが、まさかこんな形で間接的に触れることになるとは。
「加減しないんで防御してください。死にたくないなら」
「威勢のいいことを言ってくれる。だが、聖騎士のクラスである私に、そんな気遣いは無用というものだ」
「──忠告しましたよ」
俺はティエルさんの言葉を遮ると、前方に軽くジャンプするような歩みで、瞬時に俺達の距離をゼロにした。
「なっ!? こ、この速さは!?」
「防いで」
俺に再度言われたからか、それともさっきの忠告を覚えていたのか、ティエルさんはこのわずかな時を無駄にすることなく、木剣をかざすように身を守った。
木剣に白い光が宿る。防御力を高めるスキルでも使ったのか。
「そいやぁぁあ!」
──パコーンという軽快な音を立てて、聖騎士が宙を舞った。ゆっくりと錐揉みながら落下し、地面に落ちていく。
どっからどう見ても意識があるようには思えないし、あったところで勝負を続行できるようなふっ飛び方ではなかったのは幼児でもわかるだろう。
ティエルさんが落下したのに少し遅れて、持ち主の身を守り切れずに粉々になった木剣がまだ光を宿したまま、失神した彼女の体へ白い雨のようにぱらぱらと降り注いだ。
静まり返る広場。
呼吸の音すら聞こえない。
目の前で起こった出来事に俺とソルティナ、そしてファング以外はさっきまでのやかましさが嘘のように、ぼんやりとした顔で黙り込んでいる。
よし、死んでないし、どこもちぎれてない。
理想的な仕留め方ができた。球打ちも捨てたもんじゃないね。
俺が自分の手際に満足していると、酔っぱらいの持っていた酒瓶が、驚きのあまり脱力した手から滑り落ち、脆い物が割れる音と共にガラスと安酒を地面に飛び散らせた。
「しょ、勝負あり! 勝者、シオン! シオンの勝利だ!」
酒瓶の割れる音をきっかけに正気を取り戻した審判が、俺の勝利を金切り声に近い大声で広場に響かせたのだった。
「やったわね、シオン! 剣の使い方は変だったけど勝ちは勝ちだからヨシね!」
広場の地面に横たわって治療を受けてるティエルさんを尻目に、ソルティナが喜びながらこっちに駆け寄ってくると、その勢いのまま俺の胸に飛び込み、背中に手を回して抱きついてきた。
二流の恋愛劇ならこれでハッピーエンドなんだけど、今やってることの実情は十八歳の姉から合算で三十七歳の妹を実力で奪う十三歳という喜劇である。
……とか皮肉ってはいるものの、ソルティナの甘ったるい女の子の匂いを間近で嗅ぐと、俺の男の子なので別に合計年齢とかどーでもよくなったりするのだが。




