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その20・お姉ちゃんは心配性

「そろそろ自立する予行練習しようと思うんだけど」



 夕食の席で俺は両親にさっくりと切り出した。

 さっきまで朗らかに食事をしていた父さんも母さんも、野鳥がスリングショット食らったような顔をしている。

 何の前触れもなく平凡な息子がいきなり将来を見据えだしたら、そりゃびっくりするよな。



「練習って、職人にでも弟子入りするのか? まあそれが一番無難だが、それなら父さんが知り合いを紹介してやってもいいぞ」


 父さんの職は町の警備や巡回である。そこらのチンピラや野盗よりは強いが正式な兵隊には負けるという塩梅の強さだ。

 当たり前だが世襲ではないので俺が仕事を継げるということはない。だから父さんは自分のツテでどうにかしてやろうかと言い出しだのだ。


「知り合いってお隣の鍛冶屋のマクレルさんでしょ? あなたの悪友の。私は反対だわ。変なことをこの子に教えそうだもの」


「変なことって……まあ、ありえない話ではないが……根はいい奴だよあいつは」


「女癖がよろしくないって聞くわよ?」


「子供の前でそんな話するなよ」


 ほのぼのとした夫婦の会話に水を差すのも嫌なもんだが、ソルティナが腹をくくった以上、俺もどっちつかずの態度をとるのも限度がある。

 あの森でお互いの真の力を教え合った時に、俺と彼女の波乱万丈な腐れ縁が運命の石碑に刻み込まれたのかもしれない。

 ほとぼりが冷めたら退屈な人生を楽しみたいけどいつになるやら。


「いや、冒険者になりたいんだ」



 その後の父さんと母さんの説得はしつこかった。しまいには爺ちゃんまで呼んできてどうにか思いとどまらせようとしたが、意外なことに爺ちゃんがなぜか俺の肩を持ったのには驚いた。しかも元冒険者だったってマジかよ。


「膝にミノタウロスの投石を受けてしまってのう」


 爺ちゃんがズボンの左裾をまくり上げ、膝の傷跡を見せてくれた。

 そんなことがあったんだな……。でも喜んでくれよ爺ちゃん、ミノタウロスにはこないだ俺が仕返ししておいたからさ。一撃で仕留めたぜ。


「ちぎれかけた足を仲間のシャーマンが癒してくれたから、失わずにすんだが、それからどうにもやられた足が鈍くなってなあ。その頃、とんとん拍子にお宝が見つかって、懐がかなり温かかったのもあってな、潮時だと思って引退することにしたんじゃよ」


 あいつらはその後も何年か冒険者を続けたらしいが、どうなったんかな……と、爺ちゃんは遠い目をして溜め息をついた。


「わしの孫なんじゃから、属性だのクラスだのなくても平気で生き抜くに決まっとるわい。それにお前たち、この子が無傷で猪を仕留めてきたと、自慢げに言っとったではないか」


「だけどな父さん、野性の獣と魔物では危険さが天と地ほど違うよ。それに子供一人でどうやって冒険者に……」


「ああ、自分一人じゃなくてソルティナも一緒だよ」



「「それを早く言いなさい」」



 あの腕力の子が一緒ならよほどのことがない限り大丈夫だろう、ということになった。




 しかしソルティナのほうは簡単には事が運ばなかった。


「いかんいかん! 冒険者を目指すなど、もってのほかだ! そんな根無し草のような人生を送ってどうする!」


「いずれ私達がいい人を探してあげるから、外を飛び回るのをやめて年頃の女の子らしく花嫁修業に精を出しなさい」


 などと説得されたら普通の少女なら委縮するがこの少女はソルティナだ。親の威圧に屈して縮こまるわけがない。


「ならこの家を出るわ。止められるものならどうぞ」


 そう啖呵を切って実家を飛び出ようとしたのだから大騒ぎだ。




「お宅の息子がうちのソルティナをそそのかしたのだろう!」


「むしろ逆じゃないですか? うちの子がそんな大胆な性格でもなければ大それた力も持ってないのは、そちらも以前から御存知でしょう?」


「可愛いこの子がそちらのぼんやりした子をたぶらかしたとでも!?」


「たぶらかすというより、首根っこ掴んで連れて行こうとしたのかもしれませんわね」


「何ですって!?」


「何よ!?」



「どうしたものかね」


 ソルティナの実家の応接間は荒れに荒れていた。親連中が歯に衣着せぬ物言いでギャーギャーわめいていて、見苦しいったらありゃしない。

 離れた席で俺とソルティナはその様子を見守っていた。


「嵐が過ぎ去るのを……ってのは無理よね。ほっときましょう」


「ほっとくってお前」


 優雅に紅茶飲んでる場合か。


「私の決意は揺らがないんだからどうでもいいのよ。この話し合いの結果、折れてくれたらそれでよし。折れなかったら家出するなり、最悪、心を操る魔法でもかければいいだけのことよ」


「そんな魔法あるのか」 


「虚心の正拳って言ってね、聖なる力を帯びた手で対象の頭というか脳に衝撃を与えて、記憶を消したりねじこんだりする神聖魔法があるの」


 それはもう武術とか催眠術の類ではないのか。そんな疑問を俺が抱えていると応接間の扉が開き、姿を見せた何者かがこの場の全員に向けて声をかけてきた。




「──久しぶりに帰ってみれば、何なの? この大騒ぎは」




 颯爽と登場した一人の女性に、全員の視線が集中する。


「あら、ティエル姉さん。久しぶり。帰ってくるなんて聞いてなかったけど?」


「ただいまティナ。ちょっと暇ができてね、里帰りすることにしたの。……なんとも穏やかじゃないみたいだけど、まずは事情を説明してくれない? 頭に血が上ってないのは、あなたとそこのボクだけみたいだから」


 ティエルさんは長い銀髪をかきあげ、こっちに微笑んだ。

 俺も挨拶しとこう。挨拶は基本だからな。


「どーも、何回か会ったことがあるかもしれないですけど、一応初めまして。シオンっていいます。こっちのソルティナさんとは、親しいお付き合いをさせてもらっています」


「ちょっ、正直に言い過ぎよ、もぉ……」


 冗談混じりの挨拶を真に受けとって頬を赤らめるソルティナと対照的に、ティエルさんの目尻がピクッと動いたのを俺は見逃さなかった。これはどういう反応なんだ?


「親しいというのは、どのくらいなの?」


 さっきまで涼しい顔をしていたのに、今では眉を寄せて目を細めている。

 ……ははーん、これはあれだな、妹のふしだらさを咎めるパターンだな。間違いない。


「今度一緒にお風呂入ってとねだられるくらいっすね」


 家族の前でそんなおねだりを暴露され、いよいよソルティナが耳まで真っ赤になった。

 で、ティエルさんはというと、ピキピキッという音が聞こえそうな感じで、こめかみに血管を浮かび上がらせていた。



「……さっきから大人しく聞いていれば、調子に乗るにも程があるぞ」



 えっ。


「言うに事欠いて、一緒に、風呂、だと? 可愛い妹の汚れなき裸を見るなど百年早いわこのケダモノがっ!!」


 なにいっ!?

 妹を見下したりしてるタイプだと思ってたのに、まさかのシスコンかよ。なんか剣に手をかけてるし。やべーぞこの姉ちゃん。一番頭に血が上ってるじゃねえか。


「表に出ろ! 二度と可憐なティナに近づけぬよう、その性欲まみれの性根を私が叩きなおしてやる!」


 矛先向いてたのがこっちだとは思わなかったわ。

 さっきまで罵り合っていた互いの両親も、殺人事件に発展しかねないこの予想外の事態に絶句してオロオロしている。

 そんな中、ソルティナだけは面白そうにクスクスと笑っていた。


「くふふ、丁度いい機会だし、あなたの曲がってる性格を真っ直ぐにしてもらうのもありかもね。……頑張ってね、応援してるわよ」


 などとぬけぬけと言ってウインクまでして、冷めてしまった紅茶を飲むソルティナに怒りがちょっと沸いたが、身から出た錆ではあるので文句も言えない。



 どうしたらいいんだろう。

 まあ木剣とか模造刀で打ち合う程度だとは思うが、この流れのまま真剣勝負とか言い出さないよな……なぁ?

今週は日曜から火曜、そして金曜と土曜の同時刻に、一回投稿の予定になっています。


それと、暇なときでいいですが本作にブクマ登録やポイント入れたりとかすると

作者が調子に乗ります。

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