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その13・解き放たれる死の嵐

 最強の戦士は誰だったのか。

 この世で一番強い魔物はなんなのか。

 どの国の女性が飛びぬけて美人ばかりなのか。


 この手のお題というのは結論の出しようがなく、個人個人の偏見と思い入れのぶつかりあいで乱戦となって終わるのがいつもの事である。

 それは「歴史上で最も優れた聖女とは?」という問いでも同様だ。



 ──これまで机上の空論に過ぎないとされていた、最上位の神聖攻撃魔法『黎明』を実際に発動させた聖女にして、かの不死の王を打ち滅ぼしたソルフィアス・ノーティン。


 ──その命をもって悪魔の軍勢を地獄へ追い返した、アヴァニース王国の王女にして聖女、災いを退ける大樹と讃えられたナーディマルネーナ。


 ──六英傑の一人に数えられた儀式魔術の天才にして、神聖バールゲルド帝国の繁栄と安定をたった一人でその身に背負う、謎に包まれし盲目の聖女、黄昏のシャリサ。

   

 ──極東の地、ヤマト国において聖剣『ミカヅチ』に選ばれた聖女であり、一太刀で百の魔物を消し飛ばしたという逸話を持つ、苛烈な戦いぶりと冷淡な振る舞いから、激情の吹雪と呼ばれしカグヤ。



 どの部分を重視するかでランキングが変わるんだから比べようもないし、そもそも聖女を比較するとか罰当たりな話ではあるが、それでも仮に選ぶとするとこの四名のいずれかということになるだろう。今までもこれからも。


 実際に彼女らを間近で見比べた者でも、現れない限り──






「グォオオオッ、グガッ、グウウウウウウウゥゥ…………」


 アリオーシュの三眼に宿っていた輝きが段々と弱まっていくと同時に、それまでたぎらせていた戦意と敵意が、膨らませた皮袋に穴が開いたようにしぼんでいくのが手に取るように感じられた。

 大きく力強い両手に握られていた斧は、まとっていた炎と共に二本とも煙のように消え、得物がなくなった両腕が力なく垂れ下がる。

 両膝を床につき、前のめりになった正座のようなポーズで、獅子の魔物は完全に停止した。




「……えぇと、どうにかできるものならやってみろ……だっけ? この通り、やってみせましたが?」


「やったの私でしょ」


「せめて共同作業と言ってくれないか」



 パチパチパチ……という拍手の音が広間に鳴った。



「素晴らしい」


 俺達の奮闘をなぜか賢者グラッセオが賞賛していた。

 てっきり白旗でも上げるものかと思っていたが余裕の表情である。用心棒を使い物にならなくされた以上、この戦力差を覆す手はないはずだが。


「もうアリオーシュは戦闘不能なのに余裕なのね。あなたを守る者はこの場に誰もいないのよ?」


「ソルフィアスの生まれ変わりといったか。確かに、今ならばそれも信じられるというものだ。アリオーシュを倒した貴様のその身のこなし、聖なる力、凶暴さ、単純な力押し、腕力、どれも私の知るあの女のそれだ。だとしたら、なぜこの世に舞い戻った?」


「こっちが聞きたいわね。もしかしたら、二度目の人生はやりたい放題やってもいいよって、神様からのプレゼントなのかもね」



「それを受け取るべきは君ではなく、パメラではないかね?」



 ソルティナの動きが止まった。



「動揺などするはずもないと思っていたが、少しは負い目があったとみえる」


 目線を下げ、ばつの悪い顔で体を左右に振るソルティナ。身の置き所がないという感じで、ゆらゆらと自分の体を揺らしている。


「……そりゃね、痛いところを突かれたとは思うけど、一致団結した権力者どもに無実の罪で焼かれるところだった私にも、転生の権利はあるんじゃないの? それに…………あの子は、パメラは、未練がましい性格じゃないわよ」


「言い訳にしか聞こえんが、まあ人のことは言えんな。短慮な彼女が無理を押して強引に戦況を好転させた結果、命を落とすのを止められなかったのは私も同じだ。そして、我々は生き延び、最高の栄誉を得た」


 ふぅ……と、賢者は、後悔に満ちた息を吐いた。


「悔いがないわけではないが、それが踏ん切りになったのもまた事実だ。失うものがなければ得られるものもまたないという、ある種の真理を理解し、今後、それをためらわずに実行する気概を得た、またとない機会になった」


「グラッセオ、あの子の死を自分の私利私欲の理屈付けにするのはよしなさい。それこそパメラへの侮辱よ」


「事実を語っているだけだよ。私はもはや引くことはない。倫理にもとる手段を用いてでも、知識の収集と真理の追究に邁進するのみだ。………………そろそろだな」


「……なんだと? それは……」


 どういう意味だ、と聞こうとしたその時、獅子の魔物の巨体が淡い光を放ちはじめた。まさか、この光から感じられる波動は……!?



「ソルフィアス、少しは悪魔や神話学について真面目に学んでおくべきだったな。アリオーシュは復讐を司りし古き大悪魔であり、己の受けた痛みを返す能力を有していた。なぜそれを先程の戦いで使わせなかったと思う?」


「さあ、見当もつかないわ。効果薄と判断したの?」


「いいや、溜め込ませていたのだよ、この時のためにな。溜め込んだ力を反撃として解き放つのではなく、活用させるためにアリオーシュに馴染ませる時間が必要だったのだが、やっと終わったようだ」


「完全に馴染んだお知らせがその光だったというわけね」


「生前ならともかく、今はただの屍にすぎないからこそ可能だった。私の魔術の技量も相まって危うげなく成功できたが、とはいえ荒業であることには間違いない。我ながら、実にらしくない話だな」


 賢者グラッセオは棺のそばへ近づくと、その蓋に手をかけ、意味深な笑みを見せた。

 おいちょっと待て、まさか、開ける気か? でも、無駄死にだって自分で言ってたよな。


「ただでさえそこの少年が化け物じみた強さの上に、さらに君が本当にソルフィアスであるならば、本調子ならともかく屍が動いているに過ぎないアリオーシュでは勝てないと見越してね。君が調子に乗って叩き込んでいた聖なる力は、残さずそいつに蓄えさせていたというわけだ」



 そこまで言ったところで、懐から何かを取り出す。赤黒い何か……生肉のようなものが閉じ込められている、片手の上に乗る大きさの、青みかがった水晶らしき物体。



「相反する力を譲渡せよ」


 獅子の悪魔の全身から、聖と魔の波動が火柱のように噴出し、そのまま賢者の手元にある水晶へと渦を巻いて吸い込まれていく。

 ほんの数秒ほどで、怪物の体内に詰まっていた力は哀れなくらいに空っぽになった。


 それを静かに眺めていたソルティナが、冷たく忠告した。


「それだけじゃ足りないと思うわよ。その棺の中から放たれてる瘴気は私でも手に余りかねない濃度と怨念に満ちているもの。まあ、挑みたいなら挑めばいいけど? 私が仕留める手間がはぶけるわ」


「いい見立てをしているな。確かに、獅子の心臓の一部を閉じ込めたこの水晶に吸い取らせた二つの力だけでは、君の言う通り耐えきれまい」


 ソルティナの意見に同意したにも関わらず、賢者グラッセオは指で棺の蓋をなぞっていく。

 すると、指でなぞった跡が光りだし、魔術文字となって蓋の表面に浮かび上がった。


「棺の封印はこれで解けた。後は開くのみだ。──ソルフィアス、生憎だが、君が私を心配する必要はない。足りぬ分はアリオーシュの屍に吸わせるのでね。……覚えておくといい、これが知略というものだ」


 ソルティナの顔色が変わった。俺もだろうが。

 奴を止めようにも、この距離を一足飛びは流石に無理だ。どうする?



「ガァウッ!」



 それでも賢者を止めるため駆け出そうとしたその瞬間、息を殺して機を伺っていたファングが、グラッセオの死角から飛び掛かった! 忘れてたわお前のこと! 魔力ブースト体当たりをぶちかましてやれ!



 バシイィン!



「グァウッ!?」


 見えない壁にぶつかったようにファングが空中で弾き返された。あちゃー。


 ……いや、目を凝らしてよく見ると、細かい破片のようなものが無数に漂っている。あれがファングの攻撃に反応して、強力な反発力を生みだしたのか?


「ふふふ、私のように荒事を不得手とする知恵者は、不意打ちという卑劣な手を最も警戒する。つまり、それなりに対抗策を講じているのだよ。上質の魔石のみを砕いて作成される使い捨ての自動防御結界──コストは高いが、その効果はご覧の通りだ、ふはははは……」


 勝ち誇ったように笑う賢者が、棺にかざした手を横にずらす。

 ゴゴゴ……という、固いもの同士を擦る音を鳴らしながら、棺の蓋が賢者の手の動きを後追いするように、同じく横へとずれていく。


 そして、バランスを崩し、蓋がついに床へと落下する。


 ちょっとでも蓋がずれたら瘴気が溢れ出るかと思っていたが、あまりにも濃度が強すぎて棺の中でダマになっていたのか、それとも別の理由があるのか、とにかく今のところ変化はない。拍子抜けだ……と思っていた、その時。



 シュウウ…………………………………………



 これから始まる噴火の前兆なのか、コップから溢れた水のように棺から漏れた瘴気が床を這っていく。






 ……………………ブワアアアアアアアァァァァァ!!






 濁流のごとき地獄の風がフロア内に瞬時に蔓延する!


「シオン!」


「わかってるさ、そっちも本気で防げよ!」


 ファングを後ろにかばいながら、俺とソルティナは加減なしの防御術を用いた。



「現し世にかりそめの永劫を……禁断の楽園!」


「──無苦無悩宮」



 神聖なる不可侵の領域と、招かれざる全てが朽ち果てる領域の二重結界。


 ひとまずはこれで凌げるだろう。後は賢者グラッセオがどうなっているかだが、この瘴気に満ち満ちた空間では何が起こっているのか、現状の把握は俺にも難しい。

 落ち着く様子がなければ、強引にでも散らすことも考慮しないとな。

 これで瘴気が晴れたら棺のそばで賢者が死んでたら面白いが。

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