その14・賢者の最期
ここさいきんのかんたんなあらすじ。
なんか~~危ないダンジョンがあるらしいから潜ってみたら~~魔物がどっさりいたんで~~やっつけたら魔石が大漁で~~そのまま一番下まで降りたら~~幼馴染の昔の知り合いがいて~~悪だくみしてたんで止めようとしたんだけど~~余裕ぶっこきすぎちゃったせいで~~開けたらヤバイものを開けられちゃいました~~まる~~~~。
そして今、我々の前では悪夢のような死の暴風が荒れ狂っています。
目の前の状況は控え目に言ってもひどい有様である。アリ一匹の生存すら絶対に許さないよという、あらゆる生物に厳しすぎる環境だ。
まあ俺やソルティナなら「しんどいが耐えられないこともないけど吐きそう」という、船酔いぐらいの症状で済みそうだが、ファングはどうあがいても死ぬ。助かる余地はない。
「まさか本当に開けるとはねー」
「開けられたくなかったら自分を見逃せとか、あってもそんな程度の脅しだと思ったら、本当に開けるとはなー」
呼吸を合わせたかのように俺とソルティナは「はっはっは」と笑った。やっちまったぜの笑いだ。
「けど参ったわね。あそこは間一髪で止めるのが普通なんでしょうけど、しくじったわ」
「開けられたものはしょうがない。今後どう埋め合わせるか考えようぜ」
被害が出る前に食い止めるのが勇者や正義の味方なのだろうが、困ったことに……いや別に俺は困らないからどうでもいいが……とにかく、ここに居合わせた俺達二人と一匹は善意など少ししか持ち合わせていない。
ないことはないけど積極的に人助けなどご勘弁だ。前世でとんでもないしっぺ返しを受けてるソルティナは特にそうだろう。打算優先で動く性分に頭を切り替えたはずだ。
「んー、なんだか収まってきたようね。周りが肉眼でも把握できるようになってきたわ」
賢者が広間の天井に付けていたと思われる魔法の明かりは、瘴気に呑まれてとっくに消え失せ、今はソルティナが作り出した黄金球の光が唯一の光源となっていた。
以前に説明したように俺は光などなくても問題なく目が利くのだが、その俺の瞳をもってしても見通せなかったこの泥のような瘴気が、ソルティナの言う通り弱まっていた。
「グラッセオは………………あら、死んでないわ。表情まではわからないけど微動だにしないで立ってるし、いや、時々、手の内の水晶ぽいのを棺の中にかざしたりその手を押し戻されたように引いたりしてるわね」
ふーん、本当に勝算があったんだな……凄いね賢者の知恵。
「一進一退って感じだな……おや、獅子のほうも頑張ってるようだぞ。ちょっとずつではあるけど瘴気が吸い込まれていってるぜ。ただの屍も捨てたもんじゃないな」
「観戦はその辺にしておいて今後の対策を練りましょう。あの水晶だけど、この攻防できっと力を使い果たすだろうから、あとはその、聖女ナーマルソーディの丈夫な心臓だっけ?」
「違うのはわかるが俺も正確に覚えてないから、悔しいが突っ込めない」
「なんで悔しがるの……? まあそれはいいとして、その心臓を仮にグラッセオが十全に使いこなせたとしても、それでもこっちのほうが戦力的には上だと思うのよね」
聖女に匹敵する力を手に入れた賢者と、本物の聖女と無の支配者とクレセントウルフでは、そりゃ計算とかするまでもなく前者の分が悪いわな。
「同感だ。あとはアリオーシュが溜め込んだ瘴気を目くらまし代わりに排出させてその隙に逃走するか、もしくはこちらに噴出させてくるとか、それくらいか」
「ウォオウッ!?」
焦って声を詰まらせたようにファングが吠えた。
「どうしたのファング、何か変わった事でも………………って、ええっ!?」
「なんだよお前ら……っ!? なんだ、目を離してたうちに何がどうなったんだ?」
理解が追い付かず、俺は高速でその光景を二度見するしかできなかった。
あれほど大広間を暴れまわっていた瘴気が跡形もなく消え去り、棺の前で
賢者グラッセオが、掴まれている。
より詳しく言うと、人間の細い右腕らしきものが、もがく賢者の喉を片手で掴んでいる。そして、その腕の先は、棺から身を乗り出した少女らしき裸体に繋がっていた。
ただし──その少女の首の上には、あるべきはずの頭部が見当たらなく、では何処にあるのかというと、それは本人の左腕に抱えられていた。
見た目からは想像もつかない腕力があるようで、両手で引きはがそうとする賢者の手をまるで意に介していない。俺の隣にいる誰かさんみてえだ。
「ぐっ、がはっ、貴様はいったい……!?」
喉を掴まれて呼吸がままならず、さらに動揺していては優れた頭もまともに働かないのか、賢者は眼前の首無し少女にどうでもいい質問をしていた。
ここでその少女の素性を知ったところでどう状況を打破できるというのか。そもそもまともに答えてくれるどころか、意思の疎通すらできるのか怪しいところだ。
『……ナーディマルネーナだ。聞いたことくらいねーか?』
胴体の横に抱えられた首が、その悪霊じみた見た目とは裏腹の生意気そうな高音でぼそりと自己紹介したその名に、賢者グラッセオが顎が外れんばかりに大口を開けて絶句した。
「そ、そんな、馬鹿な。ぐっ、ぐはっ、それは架空の……こ、こんなはずが……!」
『……架空って、まさか俺がか? じゃあ、お前の首を掴んでいる俺はなんなんだ? え? 答えろよ、着飾った墓荒らしさんよぉ?』
おいおいしかも俺っ子かよ。属性過多すぎやしないか。
それと、どことなく発音の仕方が田舎の荒くれ者っぽい。昔の人間だからか。
予想のつかない事態に釘付けになっている俺の肘がつつかれる。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないでしょ。話が違うわよ。あの棺の中身はお手軽に誰でも聖女パワーが行使できる奇跡のアイテムだったんじゃないの? なんで女体化デュラハンみたいな子が登場してるの」
「俺にもわからん」
わからないが……何かややこしいことになっているのはわかる。誰でもわかると思うが。
「そんな、私のはじき出した結論に、間違いなど……! こ、ここにあるのは、聖女の、ぐっ、心臓のはず……ぐええっ!?」
一際強く喉を絞められ、賢者が踏まれたカエルのような無様な声をあげた。
『心臓だと……? そうか、てめえも……俺の心臓目当てのクソ野郎ってことかぁ! ああぁ、どいつもこいつもよぉ!!』
「や、やめろ、この私を誰だと、深遠の賢者たるこのグラッ…………」
実在しないはずが実在しているデュラハン聖女が激昂し、
『形ある者を蝕む大地の呪いよ……呪蝕の冥気!』
先ほど大広間で猛威を振るっていた瘴気をしのぐ腐敗ガスを、掴んだ腕から放出した。
「うがっ、あっが、あがあああぁぁぁ!? くっ腐るっ、私が、私の知恵がぁ!? アリオーシュの水晶よ、なんとかするのだああああぁ!!」
しかし、既に溜め込まれていた力の大部分を消費した水晶が、この圧倒的な負の力に太刀打ちすることなどできるはずもなく、
「うげっ、こんな…………わっ、私っ、わたひぇぇ…………………………っ」
賢者の体はその豪華な装いと共に、あえなく腐れ落ちていった。
『けっ、人の心臓を欲しがる墓荒らし野郎が、ざまあないぜ』
腐敗ガスの放出が収まった後、首無し聖女の棺のそばには、ぐしゃぐしゃに腐れ果てた人間の残骸が、もはや生前の面影など一切残さずに散らばっていた。
自分を裏切った仲間の、そんな悲惨な『終わり』を見て、ソルティナがたった一言もらした。
「よく動く口が、アダとなったわね」
──迂闊な発言から墓穴を掘るという、賢さをひけらかしていた者とは思えぬ最期。それが、賢者グラッセオの末路だった。




