2.
数年経てば、シリウスは誰もが振り返るほどに美しくなった。
元々顔立ち自体は極めて整っていたものの、風体があまりにもあまりであった為、その不均衡が、歪んだ不気味さを与えていたのだ。
身形さえ整えてしまえば、美しさしか残らない。
アルタイルが、王の側近として周囲に受け入れられる装いをしろと。時に口うるさく、時に召使いに強制させて整えた結果、男女問わず虜にする、男装の麗人が完成していた。
尤も、彼女の本質は変わらない。
表向きは戦姫と讃えられ、裏では戦鬼だ凶刃だと、味方にまで恐れられる戦闘狂。
畏怖され、心を打ち震わせ、その美しさで魅了し。
信奉者という名の部下を増やしながら、同時に、おぞましい人外に向ける眼差しをも受ける、規格外のシリウス。
ただ、大きく変わってしまった点もあった。
「北を平定してきたよ。主の野望の第一歩だ。もう誰も、あなたを笑えない」
いつの間にか、シリウスはアルタイルに心酔していた。
アルタイルは何もしていない。
彼女を手放せと言われても従わなかった。素性を知れぬ者を咎められても、撥ね付けた。如何に讒言されようと、耳を貸さなかった。序列を説かれても、彼女を重用し続けた。
彼女がどれだけ無茶をしても、止めなかった。
彼女と同じ戦場に立つために、己を鍛えた。
兄弟を殺し尽くし、王位を揺るぎないものにしても。止まる事なく、大陸統一へ踏み出した。
全て、己の野望のためだ。
アルタイルには、シリウスが必要だった。それだけだ。
だが、シリウスは初めて自分の生き方が認められたと喜び、アルタイルを信奉するようになっていった。
「主? どうした?」
「⋯⋯いや」
アルタイルは目を逸らす。
実のところ、アルタイルは少々困っていた。
まっすぐな瞳に宿る、憧憬と、尊崇。
意中の女性からそんな眼差しを向けられて、平静でいられる訳がない。
しかし⋯⋯彼女にそういった感情が無い事も、アルタイルには分かっていた。
シリウスは、人情を解さない。
本当に人外のものではないかと、疑いたくなる程に。彼女は情というものを、一切理解できなかった。
男女のそれは勿論、肉親に対する当たり前の情さえ。
目の前で息子を斬り殺されて狂乱する先王の寵姫を、心底不思議そうに眺めているのを見て。アルタイルは思わず訊ねた。
『お前は、肉親がいなかったのか?』
『いたよ?』
首を傾げて、彼女は答えた。
『私が剣を学んでいたら、最初は喜んでいた』
『でも何故か、途中から怒るようになった』
『人を殺してはいけないって、何故? 真剣勝負の結果じゃないか』
『分からなかった。分からないなら縁を切ると言われた』
『だから、縁を切ってきた』
『元の名前も捨てた。もう覚えていない』
きっと会ってもわからないだろうと一人で頷いて、奇妙なものを見るような目を向けてきた。
『どうした? 主だって、親兄弟を殺すんだろう?』
全然違う。
王族にとって、兄弟とは敵だ。たった一つの王座を奪い合い、生かせば自らを脅かす。
そもそれぞれの派閥に阻まれ、アルタイルなど、碌に兄弟の顔を見た事もない。
だが。
共に暮らし、共に生きる家族ならば。情を持つものではないのか。
少なくともアルタイルは、斬った者の家族に仇と恨まれてつけ狙われる事を、常に覚悟している。
己以上に血を浴びているはずの彼女が、何故かくも無頓着でいられるのか。
アルタイルの疑問に、シリウスはたった一言で答えた。
『来る奴みんな斬れば同じだろ?』
強がりだと考えた事もあった。
彼女なりに、そうして心を守っているのだと、そう考えようとした事もあった。
けれども。
「迷わないで。私が、全てを切り開く」
優しく囁いて、彼女がアルタイルの肩に額を埋める。
みっともなく騒ぐ心臓を鎮めようと、アルタイルは息を詰めた。
「私は、あなたの剣だよ。あなただけの剣だ」
「⋯⋯知っている」
「私はね、あなたを主に選ぶ為に、人間に生まれたんだよ」
心を許し、柔らかな素顔をさらけ出したシリウスは⋯⋯
「あなたに勝利を。私の剣を、あなたに捧げましょう」
自分を本来剣に生まれるべきだったと信じ、自身の剣技以外の何一つ――彼女自身の命や、血肉さえ――愛せない、人の理の外にいる者だった。




