忠臣アルクトゥルスの記憶
あれは大層な事件でした。
あの頃、私はアルタイル陛下との関わりはなかったのですが⋯⋯。
正直に申し上げますと、当時のアルタイル様は取り立てて見るべきところの無い王子でした。
正統なる王子には違いございませんが、末席も末席。当時の王家は、太后が推される第一王子、王妃が推される第二王子、当時の国王が庇護する寵姫の愛児が三つ巴で競っており、アルタイル様が王位を継ぐ事など、万一にもないと思われていたのです。
アルタイル様も、弁えてか大人しく城の片隅で息を潜められており⋯⋯。
ええ、そうです。
積極的にお命を狙われるようなお立場ではありませんでした。
しかしながら、その分警備も薄く、狙い易い的でもあったのです。
臨時雇いの殺し屋がアルタイル様を襲撃し、それを陽動として、本命の部隊が第二王子を暗殺する⋯⋯それが、寵姫の立てた計画だったそうです。
結果、暗殺部隊は敢えなく警備に捕縛され、流れで雇われたシリウス様が警備を圧倒した。なんとも皮肉なものです。
もしも配置が逆であったなら、当時の第二王子も、アルタイル様も、お命は無かった事でしょう⋯⋯。
ともあれ、寵姫の計画は明るみに出て、第二王子もアルタイル様もご無事だった。
一件落着と思われるでしょう?
ですが、ここからが本当の事件だったのです。
それまでのアルタイル様は、本当に存在感のない王子でした。
それが突然、数多の警備兵を惨殺した刺客を懐柔し、自らの護衛に就けるというのです。
刺客の風体は異様。素性も知れない子供です。とても認められるはずのない話でございました。
ところが、です。
一言。たったの一言で、アルタイル様はその状況を覆されました。
居並ぶ重臣、王族を前にして、アルタイル様はおっしゃったそうです。
『斬れ。私が許す』―――と。
無論、私はその場にはおりませんでしたが、目に浮かびますよ。
彼女がどれだけ嬉々として剣を振るったのか。
その度に、どれだけの血が流れたのか。
シリウス様はいの一番に王を屠った⋯⋯と言われておりますが、さすがにそれはないでしょう。何人かの護衛が間に入っていると思いますよ。
え? ご本人?
そのような細かい事、シリウス様が覚えてらっしゃる訳がないでしょう。
⋯⋯とにかく、当時の王は崩御され、その首を掲げたアルタイル様が、次の王となったのです。
そういうものですよ。
大して歴史のある王家でもありませんでしたし、王位継承に際しては、多かれ少なかれ血が流れたものです。
同席していた王族のうち、王妃様だけは間に合いませんでしたが、第一、第二王子、太后も、その場でアルタイル陛下の即位を認め、死を免れました。
陛下のお立場が安定した訳ではございません。
彼らにとってはただ、これまでの王より遥かに誅し易い者が、仮初に玉座に座っただけのこと。誰がどのような根回しをして、正しき王位継承者として立つか⋯⋯それだけのお話です。
無論、的でしかない道化につく臣下などおりません。いずれも面従腹背。
アルタイル陛下は、これまでの何倍も厳しい場所に、自ら足を踏み入れたのでございます。
ですから⋯⋯誰も、奇妙だとは思わなかったのです。
ええ、不都合ではありましたが。
陛下がシリウス様を離されないのは、ただ身の安全の為であると。
そう信じていた者も多かったのです⋯⋯。




