1.
王アルタイルが彼女と出会ったのは、彼がまだ若き日。
後の征服王となる男が、名もない小国の一王子に過ぎない頃の出来事だった。
*
「弱い弱い弱い。なんだ、張り合いがないな。折角王城にまで来たのに」
回廊に出ると、中庭は血の海だった。
絶句するアルタイルの目に映ったのは、その中心に立つ、唯一。
アルタイルより、一回り小さな体。
襤褸をまとい、雑に髪を結い上げ、血に塗れたその姿。
担いだ長剣は禍々しく、地に伏す兵士たちを踏み付ける様に慈悲はなく。
ただ、その声が、顔が、
異様なまでに、美しかった。
「なあ。コレ、本当に王子サマの護衛なのか?」
コレ。と、無造作に頭を蹴り飛ばして、ひたすらに立ち尽くしているアルタイルへ向けて、困ったように眉を顰める。
「なっさけないなぁ、期待外れだよ。まあ、運が悪かったと思って、死んでくれ」
悄然と肩を落とす様から、何の予備動作もなかった。
気付けば眼前で振り下ろされていた刃を、アルタイルは辛うじて護身刀で受け止める。
彼女の瞳が、純粋な驚きに見開かれた。
「受け止めた!」
幼児のような感嘆をとやかく言う余裕は、アルタイルには無い。喜色をあらわにしながら彼女は、鍔迫り合いを凄まじい力で押し込んでくる。
アルタイルは歯軋りしながら堪えるのが精一杯なのに、彼女は心底嬉しそうにはしゃぎ出した。
「なんだよ、アンタの方が強いんじゃん」
ぽんと後ろに下がると、拾い上げた兵士の剣を投げてよこす。
そんな物を片手で放る膂力に、アルタイルは戦慄するが⋯⋯
「戦ろうよ。アンタの剣が見たい」
とろけるような甘い囁きと、羨望の眼差し。
思わず、全てを捨てて彼女に応えたいような、危うい誘惑に駆られる。
だが、アルタイルは踏み止まった。
長剣を構える彼女を無視して、剣を地面に突き立てる。
「お前、私のものになる気はないか?」
すっと彼女の双眸が冷め、まったくの無表情になる。
「⋯⋯命乞い?」
「私の剣となるなら、全ての戦場をくれてやる」
微かに首を傾げる彼女に、アルタイルは背筋を伸ばして向き合う。
足を踏ん張り、腹に力を入れ、精一杯の虚勢を⋯⋯否、燻り、押し込め、見ないふりをし続けてきた野心を、彼女の前に叩き付ける。
「私は、全ての兄弟を弑し! 王を廃し! この国の頂点に立つ! だが、それで終わるつもりはない⋯⋯群雄割拠するこの大陸を統一し、私が全ての王になる!!」
彼女が、ぽかんと口を開ける。
アルタイルはほとんど切り落とされる覚悟で、右手を差し伸べた。
「私とともに、来い。その剣で全てを切り開け」
彼女は、その掌をじっと見つめ⋯⋯ぷっと吹き出した。
「あははははは! いいね、面白い! 今までで一番の口説き文句だよ」
構えを解き、長剣を肩に担ぎ上げる彼女だが、アルタイルの手は取らない。
説得できたのか、或は、苦しまないように殺されるのか。
内心冷や汗をかいているアルタイルの顔を、彼女は覗き込むようにして見上げる。
「⋯⋯気に入ったよ、付き合おう。今の雇い主より、アンタといる方が余程面白そうだ」
むっと鼻をつく血の臭いについ息を止めるが、これが己の背負う業だと、アルタイルは深呼吸する。
「名は?」
「シリウス」
端的な返答に、アルタイルは眉を顰めた。
「男名だな。偽名か?」
「え?」
「お前、女だろう」
きょとんと。
無防備に、あどけなく。心底戸惑った、迷子の表情を浮かべて。
彼女は、地面へと視線を落とした。
「⋯⋯そう言われたのは、初めてだよ」
訝しむアルタイルの手が、唐突に握られた。
咄嗟にその手を見つめ、信じられない思いで顔を上げると、彼女はどこか寂しげに、儚く笑っていた。
「参った。アンタの剣になろう。アンタが言うなら⋯⋯さっきの大ボラも、夢じゃあないのかもな」




