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08_難攻不落の文官と、(脳内)新婚生活初夜の甘い罠

ふんいきだけ、R指定です。



「アンナ、聞いたわよ! あの鉄壁の文官ロッシ様からリボンをプレゼントされたんですって!?」

「お父様が廊下で『ロッシの奴め〜!』って大騒ぎしてたわよ。ついに外堀が埋まってきたんじゃない?」


 王宮の給湯室で、同僚メイドたちにキャーキャーと冷やかされながら、アンナの脳内フィルターはすでに『ただの冷やかし』を『結婚の祝福』へと超絶都合よく変換し、アンナはうっとりと自分の左手薬指(※何も嵌まっていない)を見つめていた。


 そう、彼女の頭の中では、昨日ついに盛大な結婚式が執り行われ、王宮全職員の祝福を受けながら二人は結ばれたことになっているのだ。


(ああ、ついにロッシ様が私の旦那様に……。ということは、今夜はついに、ついに……ッ!)


 トレイを持つ手が武者震いでガタガタと震える。

 新婚初夜。その響きだけでパンが三斤は食べられる。アンナの脳内では、本日一発目の特濃妄想がウエディングベルの爆音とともに幕を開けた。


【妄想その⑮:新婚初夜、眼鏡を外した獣の囁き】

 薔薇の花びらが散らされた初夜の寝室。

 新郎の礼服はもう脱いで、少し胸元の開いた上質なシルクのナイトウェアを纏ったロッシ様が、ベッドの端に腰掛けて私を待っているの。

 私がお決まりのレースのスリップ姿で。緊張でガチガチになりながら『ロッシ様……』と近づくと、彼はふっと優しく微笑んで、私の腰を抱き寄せて自分の膝の上にストンと乗せるのよ……!

 『アンナ、いや、今日からは私の可愛い奥さんだね。まだ私のことを “ロッシ様” と呼ぶのかい?』

 そう言って、彼はゆっくりと眼鏡を外すの。その切れ長の瞳が、見たこともないほど情熱的に私を射抜いて言うの。

 『……これまでずっと、歳の差や過去を言い訳に君を我慢してきたが、もう限界だ。今夜は、一睡もさせない覚悟をしておくれ。私の愛を、その身体にたっぷりと刻み込んであげるからね――』


「はいっっ!!! 一睡も! 一睡もしません旦那様ァァ!!」

「アンナさん!? 急に給湯室で叫んでどうしたんだい? あと、誰か分からないけど『旦那様』と呼ばれた人は、君の父上に命を狙われるので気を付けた方がいいよ……」


「はいっっ!?」


 後ろからかけられた現実のロッシの声に、アンナは音速で魂を肉体へと呼び戻した。

 見れば、お茶の葉が切れたので自分で貰いにきたというロッシが、完全に引き気味の目でアンナを見つめていた。


 しかも、その手には袖口がほつれた文官制服の上着。シルクのナイトウェアの欠片もない、完全なる日常である。


「す、すみませんロッシ様! ちょっと、今夜の晩御飯のメニュー(※脳内初夜のメニュー)を考えていまして!」

「そうか……。まあ、自炊は大変だからね。ところでアンナさん、これ、上着の袖が少しほつれてしまってね。メイド長に修繕を頼みたいのだが、取り次いでもらえるかい?」


 ほつれた上着を受け取ったアンナの目が、キラリと鋭く光った。


「メイド長を煩わせるまでもありません! このくらい、私が秒速で直してみせます!」

「おや、アンナさんは裁縫も得意なのかい? それは助かるな」


 ロッシは嬉しそうに微笑み、上着をアンナに託した。

 彼が自分のデスクに戻った後、アンナは執務室の隅のソファーに座り、お針子セットを取り出した。


(ふふふ……これぞまさに、旦那様のお洋服を繕う『若妻』の図ね……!)


 針に糸を通しながら、アンナの胸はまたしても別方向の愛おしさで満たされていく。

 几帳面な彼にしては珍しいほつれ。きっと仕事中にどこかに引っ掛けたのだろう。いつも誰かのために、この王宮のために、一所懸命に働く背中。


「……よし、できました!」


 丁寧に縫い合わされた袖口を見て、ロッシは目を見張った。

「素晴らしいな、アンナさん。元通り……いや、前より綺麗に補強されている。君は本当に、何でもできる良いお嫁さんになるね」


「……だから、お嫁さんにしてくださいって言ってるんです」

「え?」

 アンナが小さく、だけどはっきりと呟いた言葉に、ロッシがピクリと動きを止めた。


「私、ロッシ様の奥さんになりたいです。妄想じゃなくて、本当に」


 いつもは妄想で爆走して自滅するアンナが、初めて見せた、真っ直ぐで真剣な現実の目。

 歳の差も、過去の傷も、全部ひっくるめて彼を愛しているという、揺るぎない覚悟の瞳。


 ロッシは一瞬、息を呑んだようにアンナを見つめ……それから、今までにないほど耳まで真っ赤にして、視線を泳がせた。


「……こ、困ったな。そんな風に真っ直ぐ見つめられると、私のようなオヤジの理性も、本当に保てなくなってしまいそうだ……」


 彼が初めて漏らした、小さな本音。それは、アンナの妄想が、確実に現実の彼の心を動かしている証拠だった。


「――っっ!!!」


 その一言だけで、アンナのライフは限界突破した。

 お針子セットを抱きしめたまま、真っ赤な顔で執務室を飛び出す。


(聞いた!? いま『理性が保てない』って言ったよね!? 言ったわよね!!)


 廊下を走りながら、アンナの脳内ではすでに、本日第二弾の「新婚生活・第二章(第一子誕生編)」のシナリオが猛烈な勢いで書き換えられ始めていた。


【妄想その⑯:理性を失った旦那様との、甘いお仕置きタイム】

 私の告白に理性を失ったロッシ様が、執務室の鍵をガチャリと閉めるの。

 『もう逃がさないと言っただろう、アンナ。君が私をその気にさせたんだからね。ちゃんと責任を取ってくれ』

 覚悟を決めた彼の瞳に、私はただただ嬉し涙を流して――!


(待っていてくださいね、ロッシ様! すでに脳内シミュレーションは完了済みです。もういつでも現実の挙式に移行できますからねーーー!)


 妄想で一度結婚したアンナは、もう無敵である。

 現実の彼が完全に降伏し、本当に彼女を「奥さん」と呼ぶその日まで、アンナの愛の暴走はますます加速していくのだった。


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