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09_難攻不落の文官と、(自分的に)王宮を揺るがす告白の余波


「言っちゃった……とうとう言っちゃったわ……!」


 翌朝、アンナはメイド休憩室の隅で、シーツに顔を埋めて激しくのたうち回っていた。

 いつもなら脳内の妄想で完結していたはずなのに、昨日はあまりの尊さに理性がハジけ、現実の世界で「奥さんになりたい」とストレートに告白してしまったのだ。


 しかも、あのロッシ様が「理性が保てなくなる」なんて、色気たっぷりに耳を赤くしていたなんて――。


「思い出すだけで心臓が爆発する……ッ!」

 ドン、と壁に頭を打ち付けるアンナ。その時、背後から冷ややかな声が降ってきた。


「アンナ、朝から何をしている。……それと、昨日の夕方、ロッシの奴が放心状態で『あの子の真っ直ぐな目は、私には毒が強すぎる……』と呟きながら書類をひっくり返していたらしいが、お前、一体何をした?」


 腕を組んで仁王立ちしているのは、近衛兵の父親(最大の障壁)だった。


「な、何もしてないわよ! ただ、私の熱いパッションが、ちょっとだけ現実のロッシ様に伝わっちゃっただけよ!」

「パッションだと!? 貴様、やっぱりあいつに色仕掛けを――!」


「色仕掛けじゃないわ、愛よ、愛! 私は今夜の妄想でも、ちゃんとロッシ様と愛を育むんだから!」

 父親の追及を華麗にステップでかわし、アンナは今日最初の妄想のセカイへとダイブした。


【妄想その⑰:父親の怒りを鎮める、漢ロッシの電撃婚約】

 私への愛を自覚し、完全に覚醒したロッシ様。

 激怒して剣を抜くお父さんの前に、スーツ姿で堂々と立ちはだかるの。

 『お義父さん、私はアンナさんを愛しているのです。彼女の真っ直ぐな瞳に、私の凍りついた心は救われた。年の差など関係ない、私は彼女を一生、命に代えても幸せにすると誓います!』

 毅然とした態度に、お父さんも涙を流して『……ロッシ、娘を、アンナを頼む……!』と剣を収めて、二人は固い男の握手を交わすのよ……!


「うふふ、お父さんたら物分かりが良いんだから……」

「おーいアンナ、顔が完全に犯罪者のそれになってるぞ。あと私は絶対にロッシを『ロッシ様(婿)』とは認めんからな!」

 現実の父親の怒号を背中に浴びながら、アンナはお茶のトレイを持って政務棟へと全力疾走した。



「し、失礼いたします……ロッシ様」

 とはいえ流石のアンナも、今日ばかりは緊張でドアを開ける手が震えた。


 執務室の中に入ると、ロッシは心なしか、いつもより余計に書類に顔を近づけていた。アンナが入ってきた瞬間、彼の肩がビクッと跳ねる。


「あ、ああ、アンナさん。おはよう。今日も……良い天気だね」(※外は土砂降り)

「そうですね、恵みの雨ですね!」


 完全に動転している二人の間に、かつてないほど甘酸っぱくて気まずい空気が流れる。

 アンナがそっとお茶をデスクに置くと、ロッシは眼鏡のブリッジを押し上げながら、小さく咳払いを淹れた。


「あの、アンナさん。昨日のことなのだがね……」

「は、はい!」


 ロッシは手元にあったペンを弄びながら、意を決したようにアンナを見た。その瞳は、いつもの「お父さん世代の文官」ではなく、一人の真剣な男性のそれだった。


「君があまりにも真っ直ぐに気持ちを伝えてくれたから、昨夜は一睡もできなくてね。……私は、一度大切な人を失い、二度目は相手を傷つけて去られた男だ。君のような若くて輝かしい未来のある娘に、私のような影のある人間は相応しくないと、今でも思っている」


 ロッシはそこで一度言葉を切り、ふっと優しく微笑んだ。


「だけど、君が淹れてくれるお茶を飲む時間が、今の私にとって一番の救いなのも事実なんだ。だから……すぐに “結婚” とは言えない不甲斐ない私だが、もう少しだけ、君の気持ちに向き合う時間をくれないだろうか」


(――待って。これって、実質『お付き合いの前段階』への突入じゃないの!?)


「向き合う」という言葉の破壊力に、アンナの脳内回路は完全にショート。現実の彼の誠実すぎる言葉が、彼女の妄想魂に油を注ぎ、本日第二弾のスーパー妄想特急がノンストップで発車した。


【妄想その⑱:向き合ったその先にある、溺愛宣言】

 『向き合う時間をくれないか』と言ったロッシ様が、私の手を取って、そっと自分の胸に押し当てるの。

 『分かるかい、アンナ。私の心臓が、こんなにうるさく鳴っている。君のせいで、私はもうただの文官ではいられないんだ。……これからは、私を一人の男として、愛してほしい』

 そして、引き寄せられた私の耳元で『待たせてしまった分、これからは毎日、溺れるほど可愛がってあげるからね』と、大人の余裕たっぷりの低音ボイスで囁くのよぉぉぉ!!


「はいっ!! 喜んで溺れます旦那様ーーー!!」

「アンナさん!? まだ旦那様ではないし、急にデスクに突っ伏して両手で顔を覆うのはやめておくれ。本当に私の心臓に悪いからね!?」


 現実のロッシは、真っ赤になった顔を手で仰ぎながら、全力でうろたえていた。



 告白を経て、二人の距離は「文官とメイド」から、確実に「男と女」へとシフトし始めた。

 ロッシの鉄壁の理性に、アンナのひたむきな愛(と妄想力)が、ついに大きな風穴を開けたのだ。


「ロッシ様。私、何年でも待ちますからね!」

 アンナは満面の笑みで宣言した。


「その代わり、待っている間も、毎日私の特製ハーブティーと、『奥さんになる妄想』をプレゼントしますから、覚悟してくださいね!」

「……ははは。最後の不穏なワードが気になるけれど、君のハーブティーなら、一生分を予約させてもらおうかな」


 そう言って、ロッシは今度こそ、過去のトラウマを払拭した優しい笑顔をアンナに向けた。


 現実の「ロッシ夫人」になる日へのカウントダウンは、今、確かに始まった。

 ようやく【ロッシ様を私の旦那様にする計画】ノート《2話参照》に進展が書かれる時が来たのだ。


 たとえ父が剣を抜いて追いかけてこようとも、アンナの脳内計画は、今日も明日も、さらにハッピーに、さらに情熱的にアップデートされ続けるのだった。


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