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06_難攻不落の文官と、(妄想)大包囲網


「アンナ、あんた最近、キレイになったんじゃない?」


 王宮の井戸端で洗濯物を絞りながら、先輩メイドがアンナの顔を覗き込んできた。

「前は縁談を断るたびに暗い顔をしてたのに、最近は断る時の笑顔が神々しいっていうか……騎士団の若い子が『聖女のような微笑みでフられた』って、逆にハァハァしてたわよ」


「えっ!? 聖女だなんて、そんな……!」

 アンナは慌ててシーツで顔を隠した。


 キレイになったのではない。毎日の妄想のバリエーションが豊かになりすぎて、脳内から溢れ出た幸福感が、そのまま顔面から駄々漏れしているだけである。


(だって最近のロッシ様、私と目が合うだけで、ちょっと耳を赤くして視線を逸らすのよ……!?)


 洗濯板をゴシゴシとリズミカルに動かしながら、アンナの脳内では本日一発目となる妄想が炸裂していた。


【妄想その⑪:視線が絡み合う、洗濯ロマンス】

 私が中庭でシーツを干していると、2階の執務室の窓からロッシ様がじっと私を見つめているの。

 風でシーツがふわっと舞い上がった瞬間、彼がいつの間にか私の目の前に立っていて、シーツ越しに私を強く抱きしめるのよ……!

 『……アンナさん、君が眩しすぎて、職務に集中できない。最近、君に見つめられると胸が苦しくなるんだ。これは……私に、もう一度人を愛せという、神の罰なのだろうか』

 白いシーツに包まれた二人だけの世界で、彼は眼鏡をずらし、私の耳元で切なく息を漏らすの。

 『……責任、取ってくれるね?』


「ひゃーっ! 責任取ります、何回でも取ります……!」


「アンナ、また変な声出してるわよ。シーツが雑巾みたいにボロボロになるから、その怪力で絞るのやめなさい」

 先輩メイドのつっこみに我に返り、アンナは慌てて洗濯籠を抱えて政務棟へと走った。



 お決まりのハーブティーを持って、アンナはロッシの執務室のドアをノックした。

「失礼いたします、ロッシ様。午後のお茶をお持ちしました」

「ああ、アンナさん。入っておくれ」


 ドアを開けると、ロッシは窓際で難しそうな顔をして、一通の手紙を眺めていた。

「……何か、困った書類ですか?」

 アンナが心配そうに尋ねると、ロッシは少し決まずそうに苦笑した。


「いや、実はね……実家の姉から、また見合い話が送られてきてね。私が独り身なのを、どうしても放っておけないらしい。困ったものだよ」


 その言葉に、アンナの心臓がドキンと跳ね上がった。

 お見合い。ロッシ様がまた、別の女性と結婚するかもしれない可能性。


「ロ、ロッシ様は……そのお話、受けられるのですか?」

 不安を隠しきれず、トレイをぎゅっと握りしめるアンナ。

 すると、ロッシはゆっくりと首を振った。そして、机の上に手紙を置くとアンナを見つめた。


「断るよ。私はもう、誰とも結婚しないと決めているからね。それに……」

 ロッシはそこで言葉を区切り、少し恥ずかしそうに目を細めた。

「最近は、なんだか一人の夜もそれほど寂しいとは感じなくなったんだ。君が毎日、こうしてお茶を持ってきてくれるからかな」


「ロッシ様……」


「まあ、他所の女性とお見合いをする時間があるなら、少しでも多くの書類を片付けて、君の淹れてくれるハーブティーを飲む方が、ずっと有意義だよ」


(――な、何それ、プロポーズじゃん!!!)(超絶都合の良い解釈)


 当の本人は、ただの「お気に入りのメイドへの感謝」のつもりかもしれない。

 だが、アンナの脳内フィルターを通れば、それは立派な「独占欲の表明」へと変換される。アンナの妄想回路は、すでに限界を突破して次のステージへと進んでいた。


【妄想その⑫:お見合い話を一蹴、からの激愛】

 見合いの手紙をビリビリに破り捨てたロッシ様が、私の腰を引き寄せてデスクの上に座らせるの。

 『私が他の女と見合いをすると思ったかい? 馬鹿なことを。私の望む場所は、君の隣だけだ。……アンナ、不器用な私だが、君を一生甘やかさせてほしい。明日、君のお父上に結婚の許しを貰いに行くよ』

 私が嬉し涙を流すと、彼は優しくその涙を指で掬い取り、そのまま熱い口づけで私の口を塞ぐのよ……!


「……アンナさん? また顔が真っ赤になってるけど、本当にもう風邪は治ったんだよね?」

「はいっ!!! 健康そのものです!!! むしろ今すぐ結婚式を挙げられるくらい、エネルギーに満ちあふれています!!!」

「そうか、それは頼もしいな。では、そのエネルギーで、こちらの古い帳簿の整理を手伝ってもらえるかい?」

「喜んでお仕えいたします!(私の旦那様!!)」



 ロッシは「ははは、相変わらず元気だね」と笑いながら、またペンを動かし始めた。


 彼の心の傷は、まだ完全に消えたわけではない。

「もう誰も幸せにできない」という呪いは、彼の心の奥底に、まだ根深く残っているのだろう。


 でも、アンナは知っている。

 ロッシが自分の淹れたお茶で一息つき、自分の前では、あの少し困ったような、優しい笑顔を見せてくれることを。


(絶対に、私以外の奥さんなんて貰わせないんだから!)


 アンナは、背中を向けて仕事に没頭するロッシの、その広くて少しお疲れ気味の背中に向かって、心の中で不敵に微笑んだ。

 お父さんの妨害も、本人の頑なな拒絶も、私の愛と、毎日のH(Happy)な妄想の前には無力よ!


 今日もアンナは、未来の「ロッシ夫人」としての新婚生活(本日第三弾:二人で並んでお揃いのパジャマを着て寝る夜)を鮮明に描きながら、幸せいっぱいに書類の整理を始めるのだった。


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