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04_難攻不落の文官と、風邪がもたらす(妄想)看病大作戦


「ロッシ様が、お風邪……!?」


 王宮のメイドの休憩室に飛び込んできた噂に、アンナの心臓は飛び出そうになった。

 聞けば、ロッシ様はここ連日の激務が祟り、昨夜から高熱を出して政務棟の仮眠室で休んでいるという。奥方もおらず、実家とも離れて暮らす独り身の文官。つまり今、彼は完全に一人きりで、寂しく熱に浮かされているというのだ。


「誰か看病に行かないと……! よ、よし、私が!」

「あらアンナ、行ってくれるの? ありがとう。じゃあ、お粥と薬、それから替えのシーツを持っていってちょうだい」


 上司のメイド長から指示されたアンナは、内心で激しくガッツポーズを決めた。


(これは神様がくれた、最大にして最高のチャンスよ!!)


 仮眠室へと続く静まり返った廊下を歩きながら、アンナの脳内ではすでに、看病という名の「特濃ロマンス」の幕が上がっていた。


【妄想その⑦:熱に浮かされた夜、理性のタガが外れる時】

 薄暗い仮眠室で、苦しそうに息を吐くロッシ様。私が額のタオルを替えようと触れた瞬間、彼は私の手をギュッと握りしめるの。

 『……行かないでくれ、アンナ。私を一人にしないでくれ……』

 いつもは頼りがいのある大人の男性が、私にだけ見せる、子供のような願い!

 『どこへも行きませんわ、ロッシ様。ずっとお傍にいます』

 私がそう言って添い寝をすると、彼は私を強く抱きしめて、熱い吐息とともに首筋に何度もキスを落とすのよ……!

 『温かい……。もう、君を手放したくない。私が元気になったら、すぐに結婚の準備をしよう……』


「はぁ、結婚……! お色直しのドレスは何色にしようかしら……!」


 妄想のあまりの尊さに、廊下のど真ん中で身悶えするアンナ。しかし、仮眠室のドアの前に到着すると、彼女はプロのメイドの顔(と、恋する乙女の緊張感)に戻り、そっとドアを開けた。



「……ロッシ様? 失礼いたします、アンナです……」


 室内はカーテンが引かれ、薄暗かった。

 ベッドに近づくと、ロッシが眉をひそめ、苦しそうな顔で息を荒くしている。いつもきっちりと整えられている髪は乱れ、頬は赤く火照っていた。


「……あ、アンナ……さん……?」

「はい、アンナです。お粥とお薬を持ってきました。お体の具合はいかがですか?」


 アンナはトレイを置き、そっと彼の額に手を当てた。妄想のようないかがわしい下心は、実際の熱さを前にして一瞬で消し飛んだ。本当に酷い熱だ。


「すまないね……格好悪いところを、見せて……」

「何をおっしゃるんですか! いつも無理ばかりされているからですよ。今、お粥を食べられるくらいに冷ましますからね」


 アンナが甲斐甲斐しくお粥をフーフーと冷ましていると、ロッシが熱で潤んだ目を細めて、ぽつりと呟いた。


「……優しいんだね、アンナさんは。なんだか……昔、こうして私を看病してくれた……最初の妻を、思い出すよ……」


 その言葉に、アンナの動きがピタリと止まった。


「あ……」

「……彼女も、君のように……いつも、一所懸命で……。なのに、私は仕事ばかりで、彼女の体調の変化に気付けなかった。私が、彼女を殺したようなものだ。だから……私は二度と、誰も幸せにできないのさ……」


 熱のせいで、普段は絶対に口にしない本音が漏れてしまったのだろう。ロッシは悲しそうに目を閉じ、そのまま浅い眠りに落ちていってしまった。


 アンナは、冷めかけたお粥を持ったまま、胸が締め付けられるように痛むのを感じた。


(ロッシ様が頑なに結婚を拒むのは……ただの気まぐれとかじゃなくて、心の傷が、まだ癒えていないからなのね……)


 いつもなら「じゃあ私がその傷を癒やす聖女に!」と妄想へ逃げるところだが、今日のアンナは違った。

 眠る彼の額に、新しく冷たいタオルをそっと置く。そして、彼の大きくて豆だこのある少しゴツゴツした、今は弱々しい手を、両手できゅっと握りしめた。


「ロッシ様。私は、最初の奥様の代わりにはなれません」


 静かな部屋に、アンナの声が響く。


「でも、あなたを一人で泣かせたりしません。私は父に似て、すっごく頑丈なんです。だから、あなたがどれだけ私を遠ざけても、ずっと隣に居座り続けますからね」


 届いているかは分からない。けれど、アンナの言葉を聞いたのか、ロッシの眉間の皺が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


 しばらくして、アンナが部屋を去ろうとしたその時、やっぱり妄想スイッチが入ってしまった。


【妄想その⑧:未来の旦那様を守る、新妻アンナの逆襲】

 元気になったロッシ様が

 『あの時、君が手を握ってくれたから、私は暗闇から戻ってこられたんだ。アンナ、私の生涯を君に捧げる』

 って、王宮の全職員の前で跪いて婚約指輪を私の指に嵌めてくれるのよ!

 お父さんは泡吹いて倒れるけど、私は満面の笑みで『喜んで!』って返すの――!!


(妄想ヨシ! 現実の看病もヨシ!)


 自分で自分に気合を入れ直し、アンナは仮眠室を後にした。

 彼の心の傷の深さを知って、なおさら燃え上がるのがアンナの恋心。


「待っていてくださいね、ロッシ様。あなたの『二度と誰も幸せにできない』って呪い、私の愛(と妄想)で、完全に解いて見せますから!」


 王宮の廊下を歩くアンナの足取りは、来る時よりもずっと軽く、力強く、そして未来の「ロッシ夫人」としての自信に満ちあふれているのだった。


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