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02_難攻不落の文官と、押しかけ(妄想)女房


 それから数日後、アンナの脳内はさらに忙しくなっていた。


 なぜなら、王宮内で年に一度の「収穫祭の晩餐会」が催されることになったからだ。

 文官たちも裏方として駆り出されるこの祭り。もちろん、アンナのようなメイドにとっても、給仕や会場設営の準備で目が回るほどの忙しさになる。


 だが、アンナにとってこれはまたとないチャンスだった。


「アンナ、何にやにやしてるの? 手が止まってるわよ」

 同僚のメイドに肘で突かれ、アンナはハッと我に返る。いま磨いていたのは、晩餐会で使われる最高級の銀食器。ピカピカに輝く銀のナイフに、自分の締まりのないにやけ面が映っていた。


(いけない いけない。でも、収穫祭といえば、お酒の勢いで……なんて展開、王道よね!?)


 クロスで磨きながら、アンナの脳内では本日第一弾の妄想の幕が上がる。


【妄想その③:酔った勢いで、本音がポロリの収穫祭】

 晩餐会の撤収作業中、ワインの残りを少し口にしてほろ酔いのロッシ様。いつもは崩さない鉄壁の理性が、アルコールで少し緩んでふらついているの。

 私が『ロッシ様、お疲れですか?』とロッシ様を支えようとすると、突然その手首を掴まれて引き寄せられるのよ……!

 『……アンナ。君はいつもずるいな。そんなに優しくされたら、もう二度と誰も愛さないと決めた私の誓いが、崩れてしまうではないか』

 赤くなった顔を私の肩に埋めて、甘えるように耳元で囁くのよ。

 ああ、そのままお持ち帰りされてしまいたい……!


「ふふ、ふふふ……」

「アンナ、顔が怖いわよ。銀食器に呪いでもかけてるの?」

 同僚の怯えた声に、アンナは「シワ対策の顔面体操よ!」と謎の言い訳をして執務室へと向かった。



 妄想でしっかりエネルギーをチャージしたアンナは、お茶のトレイを持ってロッシの執務室へと滑り込んだ。

 そこには、相変わらず書類の山に埋もれ、眉間に深い皺を寄せたロッシの姿があった。


「ロッシ様、ハーブティーをお持ちしました。カモミールです。目の疲れに効くんですよ」

「おお、アンナさん。いつも気が利くね。本当に助かるよ」


 ロッシは眼鏡を外し、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、アンナの父親が家で晩酌をするときの表情にそっくりで、一瞬だけ現実へと引き戻される。


「そういえばアンナさん、君のお父上から聞いたよ。また縁談を断ったのかい? 相手は騎士団の期待の新人だと聞いたが……」

「あ、う、それは……」


 ロッシは父親のような、あるいは親戚のおじさんのような、心配そうなまなざしでアンナを見つめた。


「あまり頑なになるのも良くない。私のような歳の重ね方をすると、一人の夜は寂しいものだよ。若いうちに、温かい家庭を築くのは素晴らしいことだ」


(違うんです、私が築きたいのは、あなたとの温かい家庭なんです……!)


 喉まで出かかった言葉を飲み込み、アンナは思わず彼のデスクに身を乗り出した。


「私は!……その、歳の離れた、落ち着いた大人の男性が好みなんです! 過去に傷があっても、それを一緒に背負っていけるような、そんな渋い方が!」

「ほう……」


 ロッシは感心したように顎に手を当てた。


「なるほど、それは奇遇だ。私の同僚に、ちょうど妻に先立たれて男手一つで娘を育て上げた、じつに渋い文官(42歳)がいる。今度紹介しようか?」


(違ーーう!!!)


 盛大なすれ違いコントを終え、アンナはがっくりと肩を落として自分の控室へと戻った。


 やっぱり、彼はアンナのことを完全に「同僚の娘」としてしか見ていない。難攻不落どころか、スタートラインにすら立たせてもらえない現状。


 普通ならここで心が折れるところだが、アンナの恋心と妄想力は、これしきのことでへこたれるほど軟弱ではなかった。


「いいえ、諦めないわ。人間、ギャップに弱いっていうもの。いつも子供だと思っている私が、ふとした瞬間に『女』の顔を見せたら……!」


 ベッドにごろんと横たわり、枕を抱きしめながら、アンナは本日第二弾の、より過激な妄想へと突入する。


【妄想その④:大人の階段上る、図書室のハプニング】

 薄暗い王宮の図書室。高い棚の資料を取ろうとして、バランスを崩した私。

 背後からサッと支えてくれたのは、偶然通りかかったロッシ様。思いがけず密着する二人の身体。彼の胸板の厚さに、私は思わず吐息を漏らしちゃうの。

 『危ないじゃないか、アンナ。……おや、いつもと雰囲気が違うな。その香水の香りは…、私を誘惑しているのかい?』

 『そんな……私なんて、まだ子供ですから』

 拗ねてみせる私の顎を、彼が長い指でくいっと持ち上げるのよ。

 『子供なものか。こんなに美しい身体をして……。もう、自分を誤魔化すのは限界だ。アンナ、私の本気の愛を、受け止めてくれるね?』

 そして、本棚の影で、眼鏡を外した彼と、大人の口づけをしちゃうのよ――!!


「ひゃんっ!!」


 妄想の中のロッシのあまりの情熱さに、アンナはベッドの上でゴロゴロと悶絶した。顔から火が出そうなくらい熱い。


「……よし。まずは、大人っぽい香水を買うところから始めよう」


 【ロッシ様を私の旦那様にする計画】

 そうタイトルを付けたアンナのノートには、まだ一行も現実の進展は書かれていないけれど、彼女の脳内では、すでに二人の間に何人の子供を授かるかという計画まで、完璧に仕上がっているのであった。


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