第二話 空っぽ
「では、儀式に移ります。アンジェリカ様は、お席にお着きください」
静まり返った広間に、バーテンダーの声が響く。
「はーい!」
アンジェリカは、とたたっと椅子に駆け寄り着席した。
「ではフォルツ様、こちらへ」
「ああ!仕方ないなキミたちは!オレ様がいないと本当に、何もできないのだから!」
夜会のメンバーの一人——ピンク色のタキシードに身を包んだ青年が躍り出る。そのまま片手で前髪をかき上げ、もう片方の手を胸へ当てると、舞台役者のようにターンを決めた。
「チッ、相変わらずウゼェ奴だ……」
グレイが吐き捨てるように呟いた。
「おや、“一般人”が何か言っているが、獣臭いだけで何も聞こえないなァ!」
「……てめェ、殺されてェのか?」
「キミこそ、抉り取られたいのかい?」
「静粛に」
瞬間、一触即発の空気が霧散する。
「……ハイツェルガー」
フォルツが苦々しく呟く。
「必要以上に仲良くなさる必要はございません。これだけのお方が揃っているのです。時には剣を交えることもあるでしょう。しかし、夜会の進行を妨げる者は、なんぴとたりとも許すことはできません」
そう言い切ると、バーテンダー——シュレイン・ハイツェルガーは、恭しく一礼した。
「クソ、完全に“ヤる気”を削がれちまった……厄介な“力”だなァ。酒汲みよォ」
グレイがシュレインを睨みつける。
「恐縮です」
「……ケッ」
グレイは鼻を鳴らし、不満げに視線を逸らした。
「改めましてフォルツ様、“乖離”のご用意をお願いいたします」
「ハイハイっと」
フォルツは、アンジェリカによって生み出された首無し死体に近付くと、しゃがみ込んだ。さらに、懐から取り出したのは、この場にはあまりにも不釣り合いな、小さなハサミだった。
子供の工作にでも使われそうな、先端の丸い文具用。
「では、失礼して」
フォルツは、まるで包装紙でも切るかのような気軽さで、そのハサミをマルクの首元へ差し入れた。
「はい、魂さん出ておいでー」
子供をあやすような声で、フォルツが呟く。
「……魂さーん?出番ですよー」
今度は少しだけ声を張る。
だが、何も起こらない。
広間には、フォルツの間の抜けた声だけが虚しく響いていた。
「おいコラ魂!!オレ様が呼んでんだよ!!さっさと出てこい!!魂コラ!!」
肩で息をするフォルツ。
しかし、それでも“反応”は返ってこない。
「……ああ、ダメだ、これは」
フォルツは突然、得心がいったとでも言うように、ハサミを床に置いた。
「……ああん?てめェ、どこまで無能なんだコラ」
「そうだよフォルツきゅん、失敗なんてカッコ悪いぞ〜」
非難するような視線が、フォルツに集中する。
「だ、黙れ!一般人共!オレ様は悪くない!こいつが悪いんだ!」
そう言ってフォルツは、心底、疎ましそうに、一種の憎しみさえ孕んだ瞳で、少年の遺体を睨みつけた。
「こんな奴は見たことがない!そもそも、あり得ないはずだ!最初は、なんて矮小な魂なんだと嗤った——気配すら感じ取れないのだから。だが、こいつはそんなレベルじゃない!こいつの存在はオレ様を、いや、全ての人類を冒涜しているッ!!」
「……おいピンク野郎、何を喚いてやがる。オレらにも分かるように——」
「魂が存在しないんだ!!こいつには!!」
静寂。
「…………は?」
誰かの間の抜けた声が、ぽつりと広間に落ちた。




