第一話 候補者
「こいつが今回の“候補者”かァ?しけたツラしてやがんなァ」
その声に、マルクは視線を向けた。
向かいの席。そこには、狼がいた。
正確には、狼が無理やり人間用の椅子に座っているような大男だった。
黒褐色の体毛は所々で毛羽立ち、巨体には無数の傷跡が刻まれている。片耳は半ばから千切れ、剥き出しの牙も何本か欠けていた。体毛の隙間からは、古い裂傷や焼け跡が覗いている。
まるで長い年月を戦い続けてきた獣そのものだった。
「おい、酒汲み。テメェ、こいつが“七人目”だと本気で思ってるのか?」
狼男は牙を覗かせながら、バーテンダーを睨んだ。
その瞳だけが、妙にはっきりと見えた。
バーテンダーは軽く微笑むだけで、答えようとはしなかった。
その様子に、狼男はチッと舌を鳴らすと、今度はマルクへと向き直る。
「おいガキ。テメェもなんか言いやがれ」
そのあまりにも雑な要求に、マルクは一瞬だけ考える素振りを見せると、口を開いた。
「キミ、気持ちよさそうだね」
「……ハァ?」
狼男は間抜けに目を瞬かせた。
「いや!誤解しないでくれよ。皮肉とかじゃないんだ。その毛皮、すごく気持ちよさそうだなって。触らせてもらえたら、どんな感じなんだろうって思っただけで——」
「あっ、もしかして失礼だったかな。ごめんね。僕、友達に空気を読めないって言われるんだ」
マルクはそこまで捲し立てると、自分が発した“友達”という単語を、どこか不思議そうに反芻した。
その様子を見た狼男は、呆れたように鼻を鳴らした。
「……なるほどな。確かに、まともじゃねェ」
「ちょっとぉ!グレイばかりズルいじゃーん!おれっちにもお話しさせてよー」
年若い美しい少女だった。
夜に浮かぶ月のような金髪。現実感のない美しさを宿したルビーの瞳。漆黒のビスチェに彩られた肌は彫刻のように白く、そのコントラストがいやに扇情的に感じられ、マルクは自然と視線を逸らしていた。
「あァ?クソガキが、入ってくんじゃねェよ」
「あー!ちょっとそれ酷くなーい?この子も、もしかしたら、というか、万が一?億が一の確率かもしれないけど、夜会の仲間になるかもしれないんでしょ?だったらおれっちにも話す権利はあるじゃーん」
少女は「ぶーぶー」とでも聞こえてきそうな顔で、頬を膨らませた。
グレイと呼ばれた狼男は、面倒になったのか、乱暴に頭を掻くと椅子へ深く腰を沈めた。
「それじゃあ改めまして、おれっちの名前はアンジェリカ・ナーヴァス。意外とゴージャスな名前でしょう?よく言われるんだ、態度と名前が噛み合ってないって。気軽にリカって呼んでいいよ!」
「えっと……僕はマルク」
差し出された勢いに押されるように、マルクはぎこちなく頭を下げた。
「よろしく、リカ」
「うん!よろしく!」
花が咲くようなアンジェリカの笑顔に、マルクはどこか落ち着かなさそうに視線を泳がせた。
「じゃあマルク!早速だけど、おれっちから君に、友達として頼みたいことがあるんだ」
その言葉を聞いた瞬間。
誰かが堪えきれなかったように吹き出した。
「う、うん。僕にできることだったら何でもするよ」
「ありがとう!マルクは素直だね。じゃあ早速」
——死んでくれないかな
「え?」
気付いた時には、マルクの首は切断されていた。
霞む視界の奥で、狂ったように嗤うアンジェリカの姿を捉えた。
少年は、不思議と怒りを感じていなかった。
安易に少女の言葉を信じたのも。
その笑顔を、少しだけ美しいと思ってしまったのも、全て少年にとって“自然”なことだから。
——僕は僕を全うする。
その結果がこれなら、僕はそれを受け入れよう。
天井のシャンデリアが歌うように揺れている。
マルクの意識は、六つの視線に見送られながら、ゆっくりと闇へ沈んでいく。




