プロローグ 夜会《サロン》
少年が目を開くと、そこは見覚えのないラウンジだった。
腰を支えるソファのふかふか加減が、妙に間の抜けたものに感じられる。
辺りは薄暗く、天井のどこかで揺れる灯りが、輪郭だけをぼんやりと浮かび上がらせていた。
少年は、自分が何者かさえ理解していなかった。
名前も、記憶も、何一つ分からない。
だというのに、不思議と恐怖は無かった。
なぜか直感的に、この先へ進むべきだと感じていた。
ゆっくりと身体を起こす。沈み込んでいた感触が、わずかに遅れて手放された。
薄闇の奥に、ひとつの扉が見える。
吸い寄せられるように、歩き出した。
手をかけ、押す。
廊下には、至る所に一目で上等と分かるほどの調度品が並んでいた。
高そうだとは思った。
少年は周囲を見渡しながら、確かめるように歩いていく。しばらく進むと、廊下の奥から微かなざわめきが聞こえてきた。
人の声のようでもあり、そうでないようでもある。
少年は立ち止まらない。
やがて、目の前に一際大きな扉が現れた。
隙間から光が漏れている。
この先にいる者たちは、自分を待っている。
なぜか、そう確信していた。
少年に迷いは無かった。
扉に触れる。
次の瞬間。
内側から、音が消えた。
そのまま、押し開く。
眩しいとも違う、奇妙な光に反射的に目を閉じた。
そこは——広間だった。
空気が違う。
天井は高く、どこまで続いているのか分からない。壁もまた同様に、終わりの気配を感じさせなかった。
中央には、円卓。
等間隔に椅子が設置されている。
数は七つ。
そのうち、二つだけが空いていた。
他の席には、すでに“何か”が座っている。
人の形をしているものもあれば、そうでないものもあった。
「マルク様」
はっとして振り向く。
すぐ脇。
いつからそこにあったのか分からないバーカウンターに、一人、立っていた。
どこにでもいるような男だった。
街中で見かけても、数秒後には頭の中から消えているような。
だが、その視線だけが、不自然なほどはっきりとこちらを捉えていた。
「お待ちしておりました。どうぞ、お掛けください」
男は空席の内の片方へ、ゆるやかに手を向けた。
少年に、断る理由は無かった。
促されるままに席に着く。
腰を下ろして、初めて気づく。
円卓の中央を囲むように、各席の前へ小さなランプが一つずつ置かれていた。
どれも形は似ている。
しかし、灯りの揺れ方だけが微妙に違う。
少年の物にのみ、まだ火が入っていない。
背後に気配を感じる。
あのバーテンダーだと、振り向かずとも分かった。
「支配者たる皆様方へ、今宵、この場にお集まりいただいたこと、心より感謝申し上げます」
男は唄うように言葉を紡ぐ。
「魂がいつの日か消えゆく物ならば」
「それが輝く今にこそ」
「我々は嘆き」
「悦び」
「狂い」
「そして——愛さなければならないのです」
最後の空席に、男が座った。
「では、夜会を始めましょう」
【後書き】
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