第十八話 調査開始
「まずは依頼内容の再確認だ」
フォルツが人差し指で机を叩きながら言った。
「これでもオレ様は超級発掘者だ。この手の依頼には慣れている。まず依頼主が何を望んでいるか、これをもう一度よく確認すべきだ」
そうすれば、やること、やらなくていいことをハッキリさせられる、フォルツがそう締め括った。
「な、なるほどぉ……」
マルクは言われた通り、端末をポケットから出し、依頼メールを開いた。
依頼内容:“チョキチョキさん”の討伐、及び関連情報の回収
「…………関連情報の回収」
今まで、マルクがチョキチョキさんの討伐という項目ばかりに気を取られ、あまり気にしてこなかった部分だ。
関連情報の回収。
つまり、倒すだけではいけない。そういうこということだろうか。
「これでハッキリしたな」
フォルツが笑う。
「まずはチョキチョキさんについてもう一度よく調べる。もしかしたら、それが奴の弱点、倒し方に繋がるかもしれない」
「倒し方、ですか」
「ああ、霧によって生み出された異形を倒す方法は、何も戦って勝つだけではない。その異形の起源、現世への執着、因果を断ち切ることで、その存在を揺るがすことができる」
「ほぇ〜」
フォルツの言葉に、マルクは感心したように声を漏らした。
「……なんだ、その反応は」
フォルツが訝しむようにマルクを睨んだ。
「いやぁ。ただのピンク兄さんじゃないんだなぁって」
「誰がピンク兄さんだ!!」
フォルツが立ち上がり、机をばんっと叩いた。
マルクはきょとんと目を瞬かせた。
フォルツはなんか言いたそうに、もごもごと口を動かし、やがて嘆息する。
「もういい。さっさと調査だ、調査」
「はーい!」
そう言って、元気に端末を操作し始めるマルクを、フォルツはなんとも微妙な顔で見つめていた。
◇◇
「ネットには大した情報は転がってないなー」
フォルツが椅子の背もたれに体を預け、大きく伸びをした。
「そうだねぇ」
マルクが端末の画面を睨む。
チョキチョキさん。
都市に現れる怪異。
若い女、老人……そして人形。
様々な姿で目撃されており、決まって右手に刃の錆びた鋏を握っている。
『カミシロさんち、知りませんか』
その一言を聞いた者で、家に帰れた者はいないという。
だから、じゃあ誰が噂を広めたんだよ、マルクが内心で突っ込みを入れた。
「そもそも、チョキチョキさんは一人なのかな?」
マルクの言葉に、フォルツの眉がぴくりと動いた。
「まぁ、そうなるよなぁ……」
目撃者によって、報告される姿形がまるで違う。
チョキチョキさんは複数いて、その全てが同じ名を名乗っている。
そう考える方が自然だ。
「“アレ”が何匹もいるなんて、考えたくもないな」
フォルツはぶるりと身を震わせた。
「だが、とにかく」
フォルツが咳払いし、姿勢を正した。
マルクも端末から顔を上げる。
「ただ検索しただけじゃ、何も分からないことが分かった」
フォルツの言葉に、マルクがぽかんと口を開ける。
「それって何も分かってないんじゃあ……」
「いや、そうでもない」
フォルツは得意げに口角を上げた。
「発掘の基本は情報収集だ。それはトライアンドエラーの繰り返し。当たって砕けて、当たって砕けて、少しずつ情報を絞っていく」
フォルツは人差し指を立てる。
「『そこに“遺物”が無い。それが何よりの発掘』——オレ様の大好きな人の言葉だ」
「その大好きな人って……」
「オレ様だ!!」
フォルツが親指で自分を指した。
「……そんなことだろうと思った」
マルクが呆れたように視線を逸らした。
「何にしろ、普通に調べるだけじゃダメだ。では何を検索するべきかだが——」
はい!とマルクが手を挙げる。
「マルクくん」
「チョキチョキさんのハサミのメーカーです!」
「不正解」
えー!とマルクから不満の声が漏れる。
「いや知らないし、メーカーとか。分かったところで何にもならないでしょ」
フォルツが目を細めた。
「じゃあなんて調べたらいいんだよ」
マルクの不満げな声に、フォルツはチッチッ人差し指を振った。
「あるだろう。チョキチョキさんの最大の謎、そして代名詞とも言えるセリフが」
「あっ、カミシロさん!」
「正解!」
フォルツがくるりと回って、マルクを指差した。
「まずはその“カミシロ”を探す!」
「おーー!!」
◇◇
「ってなんも出てこんのかーい!!」
なんも出てこんのかーい
出てこんのかーい
かーい
フォルツの悲痛な声が、部屋にこだました。
「からっきしだねぇ」
マルクは苦笑いした。
都市端末は万能だ。
良くも悪くも、調べれば都市中の情報が手に入る。
噂、口コミ、記録、都市のどこかで零れ落ちた言葉さえ、端末は拾い集めてくる。
それなのに——。
「……おかしい」
フォルツが呟く。
「なにが?」
マルクが端末を操作していた手を止めた。
「さっきも言っただろう?『“遺物”が無い。それが何よりの発掘』——カミシロについての情報が、ネット上に“無さ”すぎる」
「無さすぎる?」
マルクは首を傾げた。
「ああ、都市に存在するものなら、ネットに載っていないのはおかしい」
フォルツの言葉に、マルクは考える素振りを見せる。
やがて「あ!」と声を上げた。
「チョキチョキさんが考えた架空の人物とか!?端末は、都市に存在するものなら何でも出てくるけど、“存在しないもの”なら例外じゃない!?」
マルクが得意げに胸を張った。
フォルツは一瞬だけ黙った。
「……悪くない」
「おっ」
「だが、それにしても、だ」
フォルツは両手を組み、その上に顎を乗せた。
「それにしても?」
「ああ、関連情報すら見つからない。チョキチョキさんはそこそこ有名な都市伝説だ。普通はカミシロについての考察や、議論、噂の一つや二つあってもおかしくない」
「確かに。……でも考えすぎってことも——」
「あるだろうな。だが、厄介なのはそうじゃない場合だ」
そうじゃない場合……マルクはそう繰り返して、やがて思い当たる。
「誰かが消している……?」
「大正解だ」
フォルツが頷いた。
もちろん推測の域を出ない。
だが、カミシロについての情報や記事、考察を一つずつ消して回っている者がいる。
そう考えれば、説明がついた。
「面倒なことになったな……」
フォルツが呟いた。
依頼主は不明。
依頼を受けた者は複数いて、情報は不思議なほど残っていない。
まるで誰かに誘導されているようだった。
「フォルツ……?」
考えに耽るフォルツを、マルクが心配そうに見つめる。
「あ、ああ。すまない。とにかく、ネットの情報は当てにならんらしい」
「じゃあどうすれば……」
マルクが端末を机に置いた。
その様子を見て、フォルツはニヤリと口角を上げた。
「行くぞ、マルク」
フォルツは椅子から立ち上がると、乱れてもいない前髪を指で払った。
「行くって、どこへ?」
「決まってるだろ?ネットに埋まってないなら、現地に埋まってる。発掘の基本だ」
「楽しい現地調査の始まりだ」
フォルツが不敵に笑う。
その表情には、確かな自信が宿っていた。
「じゃあ、今日はもう寝るぞ」
「えっ。行くんじゃないの?」
「夜更かしは美容の敵だぞ」
そう言って、フォルツは当然のように廊下へ出ていった。
「えぇ……」
マルクは釈然としないものを感じながらも、その日は大人しく眠ることにした。
【後書き】
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