第十九話 現地調査
翌朝。
マルクたちがやってきたのは、都市中心部から南東に外れた場所にある住宅街。
つまり、あの怪異と遭遇した現場だった。
マルクが端末を確認する。
霧予報。
発掘者ギルドがホームページに公開している、霧の発生予測情報。
霧は神出鬼没だ。
精度はあまり当てにならず、よく「当たらない」「言ってるだけ」などと発掘者から揶揄されている。
「ただ、何も情報がないよりはマシなわけで……」
本日、この地域での霧発生確率は“微”。
ちなみに、霧予報に“無”と書かれることは滅多にない。
万が一にも霧が発生した際、「でも、出ないとは言ってませんよねー?」と言い訳できるからだ。
小癪だ。
まあ、少なくとも、街を歩いて聞き込みをする程度なら問題ないだろう。
そう自分に言い聞かせても、不安は消えなかった。
いつあの化け物が現れるか、気が気ではない。
マルクは身を小さくし、きょろきょろと辺りを見回した。
「霧は出ていない。今のところは大丈夫だ」
フォルツが笑う。
「たぶんな」
「たぶん?」
「きっと」
「きっと?」
「おそらく」
「おそらく?」
「もしかしたら」
「もしかしたら!?」
マルクは思わず声を裏返した。
「どんどん信用がなくなっていくんだけど!?」
「仕方がないだろ!!オレ様だってあんなバケモンと再会するのはゴメンだ!!」
その時だった。
「うるさいわい!!!!」
怒鳴り声にマルクたちは揃って振り返った。
「獲物が逃げちまう」
そこには、水溜まりに釣り糸を垂らしている老齢の男性がいた。
その頭は、貴族の銀食器のように光り輝いていた。
首元には魚のような鱗が少しだけ覗いていた。
マルクたちは顔を見合わせ、ヒソヒソと話し始めた。
「……あの人、やばくない?」
「完全に向こうの世界に片足突っ込んでるな」
「水溜まりで釣りって……」
「寂しいんだろうな、きっと」
「聞こえておるわ!!!!」
老人が釣り竿を振り回した。
「というか、あの水溜まりって……」
老人が釣り糸を垂らしているその水溜まりには見覚えがあった。
先日の戦闘で、フォルツがサンダーを叩き伏せた際にできたアスファルトの穴。
昨夜の雨で、そこが水溜まりになっているのだ。
「フォルツ、話しかけてきなよ」
「なんでオレ様なんだよ!!」
フォルツは唾を飛ばしながら抗議した。
「いや、なんか話聞けるかも知れないし、水溜まり作ったのフォルツでしょ?だったらあの人も、フォルツの責任じゃん」
「責任ってなんだよ!」
「責任とはなんじゃ!!」
老人は再び、釣り竿を振り回した。
「儂はいるだけで責任が発生するような代物ではないわ!!まったく最近の若者ときたら……」
老人がブツブツと続ける。
「……まあ、放っておくか」
「……そうだね」
マルクたちは顔を見合わせると、何事もなかったかのように歩き出した。
◇◇
「そこのお嬢さん、オレ様とちょっとお話していかない?」
「興味ないです」
「じゃあそこの——」
「急いでるので」
「そこの——」
「黙れ」
「そ——」
「死ね」
「なんでだよおおおおおおお!!!!!!!」
フォルツが叫んだ。
「オレ様、そんなに怪しいかな!?」
「怪しいよ」
「1秒くらい考えろ!!」
現場には既に何も残されておらず、チョキチョキさん、“カミシロ”に関する有力な情報も得られなかった。
結果、マルクたちは近隣住民への聞き込みに方針を切り替えていた。
チョキチョキさんの目撃情報は広範囲に渡るが、その多くはこの南東エリアを起点に広がっているようにも見えた。
ならば、この辺りに何かを知る人間がいてもおかしくない。
そう考え、マルクたちは聞き込みを続けていた。
しかし、その成果は芳しくない。
「そもそもフォルツの聞き方ちょっと怖いよ。ナンパみたいで」
「ナンパしてんだよ」
「は?」
フォルツが前髪をかき上げた。
「人との出会いは一期一会だ。そしてオレ様たちの人生は一瞬……。ナンパも聞き込みも同時にこなしてこその発掘者だ!!違うか!?」
「違います」
マルクが吐き捨てた。
「じゃあお前やってみろー!!」
「えぇ……」
フォルツは腕を組み、挑戦的に顎をしゃくった。
「そんなに言うからにはキミは簡単に成功させるんだろぉ!?ナンパをよぉぉ!!」
「聞き込みでしょ」
「いいから行け!!」
フォルツはマルクの背中をぐいぐいと押した。
◇
「チョキチョキさん?よく知らないけど、それにしてもキミ可愛いね」
「カミシロ?知ってる知ってる!あたしの家に全種類揃ってるよ。今から来る?」
「ボクひとり?…………ひとりだよね。お姉さんたちと遊ばない?」
「カミシロ?それあたし!あたし!」
「なんでだよぉぉ!!あと三人目のお姉さん、そいつひとりじゃないよ!!オレ様もいるよおぉぉ!!」
フォルツは四つん這いになってアスファルトを叩いていた。
「いやフォルツ。でも全然情報が集まらないよ。聞き込みは失敗だ」
「ナンパは?」
「成功……?」
「この野郎!!!!」
フォルツの絶叫が住宅街に響き渡った。
しかし、その後も状況は変わらなかった。
マルクが聞けば妙な方向に話が進み、フォルツが聞けば警戒される。
結局、有力な情報は何一つ得られないまま、時は過ぎていった。
「ねえ君」
その時、不意に肩を叩かれた。
「またマルクにナンパか!?」
フォルツが振り返る。
しかし、そこにあったのは見覚えのある顔だった。
「キミは……天虎組の」
「スージー。マジ奇遇」
サンダーの取り巻きのひとり、スージー・レオニオンだった。
黒と黄色を基調とした衣装に身を包んだ少女。
明るい茶色の髪をサイドテールにまとめ、左右の頬は飴玉でも詰め込んでいるかのようにぷくりと膨らんでいる。
その眠たげな瞳には、どこか気の抜けた印象があった。
「……キミも、調査か?」
フォルツは警戒したように一歩後ろに下がった。
スージーは、そんな彼をぼんやりとした表情で見つめていた。
「うん。……リーダーは療養中だから」
マジ独断。スージーはそう言って俯いた。
マルクはサンダーの姿を思い浮かべた。
チョキチョキさんに切り落とされた左腕。
血に濡れた顔。
「…………そうか」
マルクは小さく俯いた。
すると、スージーは思い出したように手をぽんと叩いた。
「ん」
ポケットから端末を出し、マルクに差し出した。
「えっと……」
「連絡先。マジ交換」
「え?」
「え?」
マルクとフォルツの疑問の声が重なった。
「連絡先交換、マジ便利。マジ情報。マジ交換。それに……」
スージーはマルクの顔を指差した。
「マジタイプ」
「え?」
「え?」
「え?」
釣りをしていた老人の声も重なった。
「ええええええぇ!!!!!!!」
「じゃ、マジ帰る。マジ眠い」
そう言い残し、スージーは去っていった。
二人はスージーが去った方向を、いつまでも見つめていた。
「オレ様、今日だけで何回負けた?」
フォルツが遠い目で空を見上げた。
◇
その後も聞き込みを続けたが、目立った成果は得られなかった。
気付けば時刻は正午を回っていた。
空はいつの間にか薄い灰色の雲に覆われ、ぽつり、と頬に冷たいものが当たる。
「……雨か」
マルクが空を見上げた。
細かな雨粒が、ちらほらと降り始めていた。
「今日はここまでにしておくか」
なんか疲れたしな、とフォルツが肩を落とした。
「……そうだね」
チョキチョキさん、そして“カミシロ”。
特に“カミシロ”については、有力な情報どころか、知っているという人物にすら出会えなかった。
やはり、“カミシロ”という存在は、実在しないのだろうか。
あの怪異が作り出した、架空の言葉。
それでは、どれだけ調べても答えに辿り着けるはずがなかった。
マルクは少し焦りを感じていた。
天虎組に依頼が来ているなら、他の発掘者にも同じ依頼が届いていておかしくない。
誰かに先を越され、報酬を獲得されるかも知れない。
そうなれば、マルクの最大の目的、
“己”に辿り着くことができなくなるかも知れない。
マルクはそれが怖かった。
「何してるんだ。帰るぞ」
フォルツが数歩先で振り返った。
帰る、か。
その言葉に、マルクは少しだけ肩の力を抜いた。
気付けば、フォルツは当然のようにアテンの家へ向かう方向へ歩き出している。
「うん、帰ろうか」
マルクはフォルツの後を追おうとした。
その時だった。
「おい」
しわがれた声がかけられる。
「“カミシロ”を探しているのか」
マルクたちは同時に振り返った。
そこには、あの老人がいた。
相変わらず、釣り糸は水溜まりに垂れ、その先を老人は刺すような瞳で見つめていた。
雨粒が、その禿げ上がった頭をぱちぱちと弾く。
「知っているぞ、“カミシロ”」
老人の口元が、獲物を掛けた釣り人のように吊り上がった。




