第十二話 はじめてのネットサーフィン
マルクの自室は、リビングから一本の廊下を挟んだ先にあった。
元々は物置だったのか、部屋は決して広くない。
ベッドと机、それに小さな棚が置かれているだけだった。
ゴミや埃は見当たらず、この家の主の几帳面さが窺えた。
マルクはベッドに仰向けになり、今日手に入れたばかりの端末の電源を入れた。
ぼんやりと浮かぶ明かりが、マルクの顔を青白く照らした。
時刻、インターネット接続、アカウント認証。
指示通りに、初期設定を進めていく。
最後に『利用規約への同意』という文字が浮かび上がり、チェックを押した。
すると、画面に青白い人影が浮かび上がった。
人体模型にも似たそれは、輪郭だけで構成された簡素なものだった。
静かに回転しながら、全身を表示している。
「……僕?」
マルクは目を瞬かせた。
身長、体格、そのどれもが自分そっくりだった。
遅れて、テキストが表示される。
名前:マルク
年齢:???
性別:???
職業:アルバイト
所属エリア:東商店街
身長:165.3
体重:47.2
アラヤ質:反応なし
発掘者登録:未登録
権限レベル:贈呈者
「これって……」
見覚えのない項目が並んでいた。
年齢が分からないのは、記憶の欠落のせいか。
性別は、自分では男だとばかり思ってたが、これも不明。
そう言われると、少し自信がなくなってくるから不思議だ。
首を振り、続きを見ていく。
職業はアルバイト。
なんともざっくりしている。
身長や体重については、他人のそれを知らないため、あまりピンとこないが、そういうものなのだと思っておくことにした。
問題はその下からだった。
「……アラヤ質」
アラヤとは、大雑把には、魂が発生させる力だと聞いた。
魂を持つ者同士の関わり合い、また、感情の昂りによって生み出されるエネルギー。
その全般を、アラヤと呼んでいると。
だが、気になるのはその隣。
——反応なし
……これは、魂が無いことに関係しているのだろうか?
普通はどのように表示されるのだろうか。
まずはそれを確認しないと、判断はできない。
「今度アテンのも見せてもらおう」
マルクは画面を下にスワイプした。
発掘者登録。
これについては、心当たりがあった。
発掘者になるには、ギルドの受付に赴き、発掘者証を発行しなければならない。
アテンから借りた本にそう書いてあった。
だから未登録であること自体に、不思議はない。
問題は最後の項目だった。
——権限レベル:贈呈者
「贈呈者……?」
全く聞き覚えのない単語だ。
贈呈、
『何かを与える』という意味だろうか。
そして、権限レベルというのも分からない。
権限というからには、何かを行う資格のようなものなのだろうか。
大雑把に推理すると
自分は『他人に何かを与える』役割、またはそれを行う力を持っており、それに関連する“なにか”を許可されている。
「……のか?」
情報が足りな過ぎる。
これ以上は考えても仕方ない。
マルクは画面をスワイプし、ブラウザーを開いた。
案内が表示される。
どうやら、ここに文字を打ち込めば、インターネット上のあらゆる情報を閲覧できるらしい。
少しだけ、指が先を急いだ。
『とし』
予測候補が並ぶ。
『都市』
マルクはそれをタップした。
まさに、それは情報の海だった。
都市の概要、観光地、グルメ、交通、求人情報、発掘者関連。
ここに載っていないことなど無いのではないかと思うほどの、情報、情報、情報。
マルクは、目がチカチカするのを堪えるのに必死だった。
【路地裏グルメ】話題の“アレ”の燻製。嘔吐者続出!?それでも愛されるワケ
牛男の【明日からマッスルボディ】今日から?ノンノン!甘いのよあんた!今日の筋トレは明日の筋肉。ジムで待ってるわよ!!
【都市伝説⑤選】都市を騒がせる“チョキチョキさん”噂される正体とは?
【逮捕】認定発掘者アレックス四度目の身柄送検。天虎組、揺れる【SNSの反応】
ぶっちゃけ!女性に聞いた!嫌いな発掘者【ベスト5】はまさかの結果にwwwwwwww
目に入る全てに興味を惹かれる。
知らない言葉。
知らない場所。
知らない人々。
画面を指で滑らせるたび、新しい情報が次々と現れては流れていく。
まるで世界そのものを覗き込んでいるようだった。
時間を忘れ、様々な記事やホームページを開いては、読み込んでいく。
そんな中、不意に、鮮やかなピンク色が視界に飛び込んできた。
『死神フォルツ様の 〜すやすや耳かき配信〜(本当に寝るなよ?スパチャ寄越せ♡』
「…………なんだこれ」
マルクは唖然とした。
『は〜い。かりかりっとね〜。気持ちいいですか〜って、は?力が強い?……あのな、今、みんな大好きフォルツ様が大切な大切な時間を割いて、お前らの耳を掃除してあげてるの。分かる?本来、お前らの耳なんて、年末になって初めて、急に慌てて大掃除⭐︎くらいの扱いが丁度いいのよ。なのにオレ様は今、お前らの耳を掃除してる。この手で。この配信で。意味分かる?お前らの耳、今
——めちゃくちゃ綺麗になってる」
【は?】
【何言ってんの?】
【喋りすぎ】
【綺麗になってるから何?】
【意味不乙】
【フォルツ様ステキ///】
【かっこいい】
【今日はいつになく喋りますね】
【てか配信だから綺麗にならねえよ】
『こんの一般人共が〜!!!!!!!!』
画面の中でピンクタキシードの青年が叫んでいた。
人間の顔を模したマイクに噛みつくように顔を寄せ、ぎゃあぎゃあと喚き散らしている。
——なんだか見てはいけないものを見てしまった気がする。
「というか、この人って……」
先日の夜会。
そのメンバーがひとり、フォルツだった。
そういえば、あの時も配信がどうとか、アンチがどうとか言っていた気がする。
マルクは頭痛を堪えるように額を押さえた。
その時、派手なエフェクトと共に、画面に赤い表示が飛び出した。
【10000アラヤP】
【耳かきたすかる】
『おっ、10000サンキュー』
画面の向こうで、青白い小さな光がふわりと浮かび上がった。
火の玉にも似たそれは、画面越しにも分かるほど淡く揺らめいている。
フォルツは慣れた手付きで筆箱のような箱を取り出した。
蓋を開く。
光は吸い寄せられるように箱の中へ飛び込み、ぱたん、と蓋が閉じられた。
『じゃあお前らどんどんいくぞコラ〜』
フォルツは何事もなかったように、耳かきを再開した。
「……あれは魂?」
マルクが夜会に招待された時も、魂の取り扱いはフォルツの役目だったと聞いている。
もしかすると、魂を操るような能力を持っているのかもしれない。
だとしたら、やっぱり凄い人なのだろう。
『うるせー!!!文句あんならてめェで掻け!!耳を!!!!』
……たぶん。
「はぁ」
マルクは端末の電源を切り、ベッドに倒れ込んだ。
一気に色々なことを知り、頭の中がぐるぐるとしていた。
権限レベル。
都市。
アラヤ。
発掘者。
フォルツ。
知ったこと、もっと知りたいこと。
その全てが頭の中で混ざり合い、脳を揺らす。
今日はもう寝よう。
マルクは立ち上がり、照明を落とそうとした。
——その時だった。
ブルル。
静かに端末が震えた。
マルクは妙な胸騒ぎを覚えながらも、端末の画面へ視線を落とした。
【新しいメッセージが届いています】
宛先:マルク
送信者:不明
依頼内容:“チョキチョキさん”の討伐、及び関連情報の回収
報酬:高権限区域『O』へのアクセス権
「…………え?」
発掘者にしか届かないはずの依頼だった。




