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第十一話 からから

「我々は観測する者」


「情報が全てを形作り」


「全てを我々が掴む」


「ただ、進めよ」


「我々は観測する者」


「情報が全てを形作り」


「全てを我々が掴む」


「ただ、進めよ」




 我々は観測する者——。







 多くの人々に囲まれていた。


 その人たちは、自分以上に空っぽだった。


 ……いや、それも違うかもしれない。


 とにかく、彼らは喜びも、怒りも、悲しみも、何も持っていなかった。


 だから——手を繋いだ。


 人々は喜んだ。


 踊ったり、歌ったりして、喜びを表現した。


 家が建てられた。


 その次は街が。


 みんな、ひとつになった。

 

 だけど、僕はひとりのままだった。


 そんな、僕を




 


 そんな君を、ボクは——





◇◇◇





 泡のように散っていた意識が、ゆっくりと形を取り戻していく。


 一瞬、溺れるような感覚を覚えた。


「……っけほ……けほっ……!」


「目を覚ましたカ」


「…………アテン?」


 頭上を行き交う人々の声。


 吹き抜けに響く館内放送。


 ショッピングモールの休憩スペースだった。


 どうやらベンチに腰掛け、眠っていたらしい。


「……ッ」


 起き上がろうとすると、胸の辺りがちくりと痛んだ。


「無理はするナ」


 アテンの声はどこか優しげだった。それが少し怖くて、アテンの顔を仰ぎ見る。


 だけど、やはりその表情を読み取ることはできなかった。


「……夢を見ました」


 マルクは胸元を押さえながら、小さく息を吐いた。


「……」


 アテンは黙って続きを促した。


「たぶん、悲しい夢でした」


「たぶン?」


「分からないんです。僕は何も感じなかった。でも、そんな僕を——誰かが悲しいと言ったんです」


 おかしいですよね。


 マルクは力無く笑った。


「マルク……君は今のままで美しイ」 

 

 その言葉に、マルクは目を見開いた。


「それを見てみロ」

 

 マルクのポケットを指差す。その中には、いつのまにか、あの端末が入っていた。


 画面を人差し指で触る。


 ようこそ、という文字と共に、起動した。


「君はこの都市の一員として、受け入れられタ。吾輩といる限り生活に困ることも無いだろウ」


 それでも、とアテンは続ける。


 マルクは、アテンから目を離すことができない。


「それでも、君は君のことが知りたカ?」


 問いかけは静かだった。


 しかし、その言葉はマルクの頭の中でうるさく響いた。


 そうか。


 僕は、僕のことが知りたかったのだ。


 夜会のこと。


 六人の支配者のこと。


 ……アテンのこと。


 


——なぜ、“僕”なんですか?




 あの疑問もそうだ。


 自分には、自分のことが分からない。


 だから。


 人の目を通した“自分”が知りたかった。


 なぜ今まで気付かなかったのだろう。


 僕には、“僕”が無いのだ。


 少なくとも、今は、まだ。


 涙さえ出そうだった。


 しかし、何も流れない。


「アテン、僕は、“僕”が知りたいです」


 マルクは真っ直ぐにアテンを見た。


「そうカ」


 それだけ言うと、アテンは立ち上がった。


 外套の裾が揺れる。


「ア、アテン」


 何か言いたかった。   


 しかし、それ以上の言葉が出てこない。


 マルクは拳を強く握った。


「マルク」


 アテンが歩き出す。


「君はひとりダ。この都市の一員になっても、それは変わらなイ。さっき言ったロ、君は今のままで美しイ」





「君が誰かと寄り添うことを——」




 続く言葉は、最後まで聞こえなかった。


 その背中が、ひどく遠く見えた。




◇◇


 


 寄るところがある、アテンはそう言い残し、人混みの中へ消えた。

 

 時計を見る。


 時刻は十四時三十一分。


 帰るにはまだ早い。


 せっかくなので、マルクはショッピングモールの中を見て回ることにした。


 まずは本屋だった。


 新書から絵本、専門書、雑誌に漫画。


 見渡す限りの本が、整然と棚へ並べられている。


 目に留まったのは一冊の絵本だった。


 開いてみる。


『ほねほねぼうや』


 なんてことのない絵本だった。


 ガイコツの姿をした少年の物語。


 ガイコツには表情が無いから、何を考えているか分からない。


 だから、皆から仲間はずれにされる。


 でも、悲しくなると、からからと音が鳴る。


 最後は、皆から受け入れてもらえる。


 マルクは、とても空虚に感じた。


 物語も、登場人物も、何もかも。


 その空虚さが、自分とよく似ていた。


 自分はこの子のようになれるだろうか。


 誰かと寄り添うことができるだろうか。


 ……満たされることがあるのだろうか。


 マルクは絵本を閉じた。




◇◇




 空は既にオレンジ色に染まり、人々の影はどこかへ帰るように長く伸びていた。


 学校帰りの若者たちの話し声が、街に消えていく。


 ショッピングモールを出たマルクは、足早に人々の波を抜けた。


 考えることはたくさんある。


 しかし、それを考えている自分すら、どこか他人のように感じられる。


 「――っ」


 肩に衝撃が走った。


「あぁ?」


 低い声が頭上から降ってくる。


 そこにいたのは、三人組の男たちだった。

 

 それぞれが、黒と黄色の混じった服装をしている。


 革のベルトには工具とも武器ともつかない道具が吊るされていた。


 最近、コンビニの前でたむろしてる連中だ。


 発掘者だったのか。


 腰に吊るされた装備を見て、ようやく気付く。


「おいおいおい」


 その中の一人、猪のような牙と鼻を持つ大男が回り込んだ。


「お前今、ぶつかったぜ?」


  男は威圧するように身を屈めた。


「す、すみません」


「だから?」


「……?」


 マルクは首を傾げた。


 謝罪以外に何を求められているのか、分からなかった。


「よし!お前、ちょっと来な」


 猪男に腕を強引に掴まれる。


「あーあ」


「早く終わらせろよ〜」


 他の二人が囃し立てる。


 周りにいた人々は、巻き込まれまいと、いつの間にか距離をとっていた。


 そんな人たちの顔を、マルクはどこか他人事のように見つめていた。




◇◇




「…………」



 地面に転がったまま空を見上げる。


 オレンジ色だった空は、いつの間にか紫色へ変わり始めていた。


 全身が痛んだ。


 呼吸をするたび、肋骨の辺りが軋む。


「おい、生きてるぞ」


「頑丈だなコイツ」


 笑い声が聞こえる。


 どうしてだろう。


 僕は、やはりみんなとは違うのだろうか。


 魂が無いから?


 “自分”が無いから?


 どれも正解な気がする。


「そろそろ行こうぜ」


 三つの影が、路地裏から消えようとしていた。


「——ねぇ」


 気付いたら、マルクは声を出していた。


「……あぁ?」


 三人が振り返る。


「聞こえる?」


「……?」


 マルクの言葉に、男たちは首を傾げた。


「音、しない?」


 マルクは空を見ながら呟いた。


「……何言ってんだ?てめぇ」


「僕も鳴らしてるんだ」




 からから からから




 男たちの背筋に、不意に冷たいものが走った。


 ぞわり、と総毛立つ。


 まるで目の前にいるのが人間ではないような。


 そんな錯覚に襲われた。


「気色悪いんだよ!てめぇ!」


 再び、男たちの拳と蹴りが降り注ぐ。


 それでも、少年は笑っていた。


 からから 


 からから


「ハァ……ハァ……」


「も、もうやめようぜ」


「こ、これ以上はほんとに死んじまう……!」


 男たちは顔を見合わせた。


 やがて、誰からともなく後ずさる。


「行くぞ」


 吐き捨てるように言い残し、三人は足早にその場を去っていった。





 少年は再び、空を見る。


 何も映さない。


 ただ、闇だけがあった。


 口元が、弧を描く。


「なんで分かってくれないんだろうなぁ」


——こんなに泣いてるのに


 マルクは、可笑しくなって吹き出した。

【後書き】


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。


 感想もお気軽にいただけると嬉しいです。

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