表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/22

第八話 太陽ハウス

 扉の先に広がっていたのは、拍子抜けするほど質素な部屋だった。


 家具らしい家具は少ない。


 部屋の真ん中に丸机と、向かい合うように椅子が二つ。床板は年月を感じさせる木製で、歩くたびにぎしりと音がした。壁紙は燻んだグリーンで、ところどころ色褪せている。


 奥の壁には、絵画がぽつんと飾られていた。


 描かれているのは、家仕事をする女性だった。


 石鉢に入ったベリーを、木べらの裏で潰している。


 色を重ねて伸ばしただけのような、輪郭の少ない絵だが、何故か視線が惹きつけられる。


 この部屋に、生活感はない。


 どこか空っぽでもある。


 しかし、アテンは確かにここで暮らしているのだ。


 マルクは腑に落ちたような気持ちだった。


「座るといいヨ」


 外套を纏ったまま椅子に腰かけたアテンは、向かいの椅子へ手を向けた。


「失礼します」


 マルクは勧められるまま、向かいの椅子へ腰を下ろした。古びた椅子が小さく軋んだ。


 アテンはマルクを見つめるだけで、何も言ってこない。


 どことない緊張感が場を包む。


「…………あの」


 マルクが痺れを切らした時、かさり、と音がした。


 視線を向けると、部屋の隅の鳥籠で一羽のインコが首を傾げていた。


 マルクも、同じように首を傾げた。


「ファイネスちゃんだヨ」


「名前ですか?」


「そうダ、可愛いだロ」


 表情の読めない顔で、アテンは言った。


「女の子ですか?」


「知らないヨ」


 再び、場を沈黙が支配する。


「……大人しい子ですね」


 マルクは半ば無理やり話題を捻り出した。


「ファイネスちゃんは淑やかなんだ」


 どことなく自慢げだ。


「そうなんですね……撫でてもいいですか?」


 アテンが頷いたのを確認して、立ち上がる。


 鳥籠を開くと、くりくりした黒い瞳がこちらを見つめていた。


 頭のてっぺんを撫でてみる。


 意外ともふっとしていて心地がよかった。


 ファイネスちゃんも少し頭をこちらに寄せて、気持ちよさそうだ。


「ファイネスちゃんはお利口だね」


 マルクが呟く。


 瞬間、ファイネスちゃんは折り畳んでいた翼をバサっと開いた。


「ファイネスちゃん!!お利口!!」


「ファイネスちゃん!!お利口!!」


「ファイネスちゃん!!!!」


「お利口ッ……!!!!!!!!」


 マルクは若干引き気味になりながら、鳥籠の扉を閉じた。


「淑やか……」


 腑に落ちないといった視線をアテンに送る。


「吾輩には、淑やかなのサ」


 アテンは気にした様子もなく、窓の外を眺めていた。



「さテ」


二人は再び向き直っていた。


 それぞれの前には、湯気の立つティーカップが置かれていた。


「何が聞きたイ?」


 何でも一つだけ答えてやろウ、アテンはそう言って両肘を机についた。


 マルクは、ごくりと唾を飲み込んだ。


 正直、聞きたいことは山程ある。


 魂のこと。


 この都市のこと。


 そして、あの奇妙な五人のこと。


 しかし、真っ先に口から出たのは全く違う言葉だった。


「なぜ、“僕”なんですか?」


 自分でも、おかしな質問だと思った。 


 別にマルクは大勢の中から選ばれたわけでも、指名された訳でもない。


 言ってから、少し恥ずかしくなる。


 まるで自分が特別扱いされている前提のようではないか。


「す、すみません。やっぱりなんでも」


「君が、吾輩を求めないからダ」


「——え?」  


 マルクは思わず顔を上げた。


 アテンは変わらず、こちらを見つめていた。


「君の中心は、吾輩ではなイ」


「えっと、それってどういう……」


 マルクは困ったように頬を掻く。


「これ以上は答えなイ」


 アテンは机から肘を離した。


「え!さっき何でも答えてくれるって……」


「どこまでを一つとするかは吾輩の勝手だヨ」


「そんなぁ……」


 机に額を押し付けて悔しがるマルクを、アテンはどこか愉快そうに眺めていた。


「……よく分からないけど、僕には魂が無いんですよね?」


 マルクが顔を上げ、少し拗ねたように口を尖らせた。


「そうだナ」


「分からないことだらけですよ。……“あの人たち”のことだって、何も分からない」


「奴らは、“支配者”と言われる存在サ」


「二つ目いってますけど!?」


「ボーナスタイムというやつだヨ」


 アテンが紅茶を啜る。

 

 この人、実は結構おしゃべりなんじゃ……


 マルクは苦笑しながらこめかみを掻いた。


「なにをもって支配者とするかは、吾輩にも分からン。知っているのは本人だけサ」


「アテンさんも」


「アテン」


「アテ……ンも、その一人なんですか?」


 アテンは湯気の向こうに視線を落とした。


「そうだヨ」


「じゃああなたは何を——」


「ボーナスタイム終了」


「ちょっとさっきから何なんですか!アテン!」


 マルクが机から身を乗り出す。


「ボーナスタイムは、終わるからボーナスタイムなんだヨ」


「ぐぅ〜!」


 マルクが恨めしそうにアテンを睨む。


「冗談は置いといテ」


 アテンはティーカップを机に置いた。


「奴らには気をつけたまエ」


 マルクは小さく息を呑んだ。


 アテンの声色が、僅かに変わった気がした。


「それは、何故……?」


「夜会には未だ、一つの空席があル。そして奴らは常に“七人目”を探していル」


「僕はその候補として、あの場に呼ばれた……」


「そうダ」


 アテンは冷めかけた紅茶へ視線を落とした。


「しかし、君にはランプに灯す魂が——そもそも、存在しなかった」


 マルクは黙って続きを待った。


「奴らは未知に敏感ダ」


「ある者は君を壊シ」


「ある者は独占シ」


「ある者は、愛そうとするだろウ」


 つまりサ、とアテンが続ける。


「この世で一番厄介な“六人”に、君は目をつけられてしまったんだヨ」


 アテンの声には、隠しきれない愉悦が滲んでいた。


——“六人”


 マルクは、その数字の意味をゆっくりと咀嚼した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ