精霊の森、封印5
襲いかかってきた歪みの黒い影が、カナを包み込もうとしたその瞬間、
突然、無数の精霊たちの光が彼女を取り囲んだ。
澄んだ輝きが波紋のように広がり、漆黒の闇を切り裂いていく。
「あなたたち……」
カナの瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
歪みに囚われ、消えていく精霊たちの悲痛な姿が、彼女の胸を締めつける。
それでもなお、彼らは必死に彼女を守ろうと光を放ち続けていた。
その優しさと献身に触れ、カナの心は激しく震えた。
歪みを生み出し、精脈を蝕む存在への耐え難い怒りが、彼女の内から沸き上がる。
「許さない……」
その怒りは、魔力となって一気に噴き出した。
まるで荒れ狂う波のように、怒涛の力がカナの身体を満たし、周囲に轟音の如く響き渡った。
光と闇の境界が揺らぎ、戦いの舞台が今、激しく揺れ動く――
*
カナの全身からほとばしる光は、世界そのものを塗り替えるかのようだった。
魔力の奔流は泉の底の水を震わせ、精霊層の空間を眩い波紋で満たしていく。
轟く光の本流が、黒き歪みへと突き進む。
闇は獣のような咆哮を上げ、幾重にも形を変えて抵抗したが、その全てが次々と光に裂かれていく。
光と闇が幾度も衝突し、空間は軋むように震えた。
だが、その度にカナの瞳は揺るぎなく輝きを増し、杖を握る手に宿る力はさらに強く脈打った。
――バシュッ!!
裂け目が走る。
黒き歪みの中心が引き裂かれ、そこから濁流のような闇が噴き出した。
それをも光が飲み込み、やがて闇は細い糸となり、霧散していく。
静寂。
泉の底に残ったのは、ただ柔らかな金色の光と、穏やかに揺れる水の気配だけだった。
カナはその場に膝をつき、胸の奥から静かに息を吐き出した。
*
泉の底で、精霊石が静かに青く淡い光を放ち始めた。
それは長い悪夢から目覚めたように、柔らかく、澄んだ色を広げていく。
シルヴィアが歓喜に満ちた声を上げる。
『カナ!! やったわ!!』
ナイアリスの低く静かな言葉が、深く水底に響いた。
『……見届けた。歪みは浄化された。
この森はじき元に戻るだろう。見事だった』
カナは胸に広がる安堵を感じながら、そっと息を吐いた。
精霊たちが祝福するように周囲へ集まり、その光のぬくもりが全身を包み込む。
「よかった…」
微笑みが浮かび、足に力を込めて立ち上がった、その時。
空間の奥で、かすかな歪みの残響が脈打った。
細く鋭い刃のような黒光が、音もなく水を切り裂き、一直線にカナの胸を狙ってくる。
歪みが息絶える際に放った、最後の怨嗟の牙。
カナの瞳が見開かれ、反射的に杖を振るう。
水底を震わせるほどの閃光が弾け、刃を正面から受け止める。
だが、その瞬間――
黒い刃の先端は砕けながらも、一筋の黒が突破し、カナの胸を深く貫いた。
『カナっ!!』
シルヴィアの叫びがこだまする。
冷たい重みが胸奥に落ちる。
息が詰まり、視界が白くにじむ。
それでもカナは声を上げず、両手に力を込めて杖を振り抜いた。
金の奔流が黒を飲み込み、残響は苦鳴にも似た振動を残し、塵のようにほどけて消えていった。
静けさが戻る。
しかし、カナの胸の奥には、氷片のような感触が残されたのだった。




