精霊の森、封印4
精霊層に深く入りすぎれば、戻れなくなることもある。
心の均衡を崩せば、戻っても、かつての自分ではいられなくなる――
その言葉は、カナの心に重く響いた。
だが――
カナはぎゅっと杖を握ると、片手をそっと花冠に手をあてた。
次いで、サラの髪飾り、ミリアのリボンに触れ……。
最後に、銀のブレスレットにそっと口づけを落とすと、目をつぶった。
(どうか……見守っていて……)
カナは目を開けると、ナイアリスの瞳を見つめる。
「……行きます」
ナイアリスは頷くと、その手にある杖を振った。
その瞬間、泉の水面がさざめき、生命を宿したかのように水が立ち上り始めた。
清らかな水が渦を巻き、透き通る道筋が泉の底へと伸びていく。
『……中へ』
ナイアリスが静かに呼びかけ、先導するようにその水の道を歩み始めた。
シルヴィアもその後に続き、泉の中へと身を沈めていく。
カナは覚悟を胸に、二柱の精霊王と共に、深い泉の底へと足を踏み入れた。
*
泉の底は、別世界のように静寂で神秘に満ちていた。
水の粒子が柔らかな光を散りばめ、周囲を淡く照らし出す。
漂う泡は星屑のように煌めき、無数の微細な精霊たちがゆるやかに舞っている。
岩の間を、冷たく澄んだ水が静かに流れていた。
ナイアリスは静かに、神秘の奥へと進んでいく。
その背を追い、シルヴィアとカナが続いた。
突然、視界が開けた。
そこに浮いていたのは――
赤黒く濁った、禍々しい光を放つ精霊石だった。
その異様な存在感が、静かな泉の底に不穏な空気を漂わせていた。
「これは……」
カナとシルヴィアは、そっと息を呑んだ。
その赤黒く濁った精霊石から放たれる禍々しい気配が、彼女たちの胸に重くのしかかる。
ナイアリスは静かに言葉を紡ぐ。
『これが、精脈を歪めている元凶だ。
この精霊石が浄化されなければ、この森を救うことはできない』
カナは深く頷き、小さく答えた。
「……分かった」
シルヴィアは優しく、しかし強い眼差しでカナを見つめて囁く。
『カナ……どうか無理はしないで……』
その声は、静かな決意を支える、やわらかな灯火のように響いた。
カナは頷くと静かに跪き、杖を胸に抱きしめた。
「どうか……届いて」
精霊層へと真っ直ぐに思いを届けるように、心を澄ませ、深い祈りに沈んでいく。
周囲の水の揺らぎと共鳴しながら、祈りは次第に強さを増していった。
やがて、彼女の視界の奥底に、真っ黒く禍々しい歪みが浮かび上がる。
それはまるで生き物のように蠢き、底知れぬ闇が渦巻いていた。
黒い影は不気味に形を変え、じわじわとカナへと迫ってくる。
その瞬間、静寂が破られ、強烈な圧迫感が彼女を襲った。
――歪みが、襲いかかってきた。




