精霊の森、封印2
「お話は、道中で」
エリアスの言葉に、レイナルトは短く頷いた。
カナは少しだけ視線を伏せ、申し訳なさそうに口を開く。
「……歩いて行きますが、大丈夫ですか?」
レイナルトはわずかに微笑み、その瞳に柔らかな光を宿す。
「ああ。大丈夫だ」
三人は並んで歩き出す。
道すがら、カナは精霊の森で起こった出来事を語った。
精脈のこと、黒い靄の正体、水の精霊王の加護を受けたこと。
靄が消えれば、人々が元に戻ること――その希望の話も。
レイナルトは黙って耳を傾け、時折うなずきながら歩を進める。
やがて、鬱蒼とした森の入り口が姿を現す。
その前でカナは立ち止まり、振り返った。
光の中で、真剣な瞳が二人を見つめる。
「……ここから先は、一人で行かせてください」
森の奥から、微かな風と、遠い精霊たちの囁きが聞こえてくるようだった。
風が、三人の間に静かに流れていく。
その中で、レイナルトが一歩近づき、低い声で告げた。
「……カナ。気持ちはわかるが、どうかそばで見守らせて欲しい。
今度こそ、君を離したくないんだ」
その瞳には、迷いもためらいもなかった。
ただ、深く、強く――彼女を想う色だけがあった。
カナは一瞬視線を落とし、胸の奥で揺れる思いと向き合う。
やがて顔を上げ、微かに笑みを浮かべて頷く。
「……わかりました。
でも……レイナルト様も、エリアスさんも……。
どうか、危ないと思ったら逃げてください」
その声には、確かな決意と、二人を気遣う温もりが宿っていた。
後ろでその言葉を聞いたエリアスは、ふっと息を吐くと、胸の内で呟いた。
(カナ……不安に押しつぶされそうだろうに、俺たちのことを気遣うなんて)
*
カナは精霊の囁きに導かれるまま、森の奥へと迷いなく進んだ。
足元の葉擦れも、風の音も、すべてが彼女を後押しするかのようだった。
やがて、泉の近くまで辿り着くと、カナは静かに振り返った。
その瞳は揺るぎなく、月明かりに決意の光を宿している。
「ここまでです。この先は、本当に私一人で行かせてください」
レイナルトはその強さを感じ取り、息を吐くと黙って頷いた。
「それなら……これは俺の役目だろう?」
そう言って、カナの手からゆっくりと花冠を取る。
「持ってきて、くれたんだな」
柔らかな光を纏ったそれを、慎重にカナの頭に載せた。
その瞬間、周囲の空気が一層澄み渡ったように感じられた。
レイナルトは迷うことなく彼女を抱きしめる。
その腕は優しく、けれど確かな力で彼女を包み込んだ。
「ここにいる。必ず、帰って来い」
その言葉は、未来への約束であり、祈りのように響いた。
*
カナの小さな背中が、闇夜の帳にゆっくりと溶け込んでいく。
その姿が完全に闇に消えたのを見届けると、レイナルトは前を見たまま低く言った。
「エリアス。カナが隠している秘密は何だ?」
その言葉に、エリアスの顔色が一変する。
「え……殿下……?」
彼の声は震えた。
レイナルトは振り返ると語気を強め、鋭く問い詰める。
「道中、カナが言わなかったことがあるはずだ。
それは何だ? やはりお前は知っているな?」
エリアスは深く息をついた。
葛藤の影がその表情を曇らせる。
しばらくの沈黙の後、静かに口を開いた。
「……風の精霊王が、言っていたそうです。
カナの魔力が浄化に耐えられなければ――」
言葉がそこで途切れ、彼はしばらく沈黙した。
その沈黙は重く、空気までも凍りつかせるかのようだった。
レイナルトは、眉をひそめて不安そうに問いかける。
「……耐えられなければ、何だ?」
エリアスは目を伏せ、しばらくの間、自分の胸の内と戦っていた。
やがて、決心を固めたようにゆっくりと顔を上げ、言葉を紡ぐ。
「耐えられなければ……カナはこの世界から消えると」
「消える……だと?!」
その一言は、氷のようにレイナルトの胸を冷たく貫いた。
レイナルトの身体が一瞬硬直したかと思うと、彼は膝から崩れ落ちる。
膝をつき、月影が視界の端で揺れる中で、彼は声にならない呻きを漏らした。
目の前で泣き、笑い、強く生きようとしているあの小さな少女が――
もしも、そんな運命に飲み込まれてしまうのだとしたら。
その想像だけで胸が締め付けられ、全身の力が抜けていく。
それでも立ち上がり、森の奥へ向かおうとする。
エリアスは、レイナルトの前に立ちふさがった。
「なりません、殿下!」
「……そこをどけ。エリアス。どかなければ、切る」
「……どきません。
カナが言っていました。我々が行けば、精霊は現れないかもしれないと」
エリアスは、そこで深く息を吸うと、レイナルトに向かって叫んだ。
「あなたは、彼女の努力を、想いを、無駄にするつもりか!!
彼女が……どれほどの覚悟をもって向かったのか、わかってるのか?
……それを踏みにじることになるんだぞ!!」
その言葉に、彼は再び膝をついた。
喉の奥から、叫びが漏れる。
「カナ……どうか……」
彼の心は祈るように震え、ただひたすらに願いを込めて森の中に響いた。




