精霊の森、封印1
時間軸としては、ep.83「月が天頂に至る時」の続きです。
カナは、目の前の光景を信じられずにいた。
王都で別れたはずのレイナルトが、そこに立っている。
胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に決壊する。
学院で別れてからずっと、不安だった。
平気なふりをして、必死に堪えてきた。
それなのに――もう、抑えられない。
頬を伝う涙は、途切れることなく溢れ出す。
「……レイナルト、様」
ただその名を呼ぶだけで、心が解けていく。
レイナルトは、その声に胸を締めつけられた。
ここまで、一刻を惜しむように馬を走らせてきた。
道中、彼女が無事でいるかという不安が、幾度も心をかき乱した。
今、目の前で泣く姿に触れ、張り詰めていたものが静かに崩れていく。
レイナルトはそっと一歩近づき、ためらいなく彼女を抱き寄せた。
指先が震えているのを自覚しながら、背をゆっくりと撫でる。
その腕の強さが、離れていた時間のすべてを埋めていくかのようだった。
「殿下……どうして」
驚愕を隠せぬまま、エリアスが問いかける。
「……これを、届けに来た」
レイナルトは、外套の内から長い杖を取り出した。
杖は白銀に輝き、精霊石がはめ込まれ、淡く虹色の光を返す。
「セオから預かった」
「……セオ? なぜレイナルト様がセオから?」
カナは不思議そうに瞬きを繰り返す。
レイナルトはわずかに視線を伏せ、一瞬だけためらった。
だが次の瞬間、真っすぐに二人を見つめて、静かに告げる。
「――これは内密にして欲しい。
彼は……俺の弟だ。名を、ルセオラスと言う」
その言葉に、カナの瞳が大きく見開かれる。
「……ルセオラス、殿下……?
うそ……セオが、第二王子……?
レイナルト様の、弟……?」
カナは混乱して言葉が続かない。
レイナルトは微笑むと、彼女の手にそっと杖を渡しながら続けた。
「詳しい話は後で。
この杖は、セオの研究の結晶だ。
……君に、と託された」
「そうだったんですか……ありがとう、ございます」
カナは花冠を持ち直し、静かに受け取った。
指先が木肌に触れた瞬間、ひやりとした感触が掌を走る。
それはすぐに、柔らかな温もりへと変わり、脈打つように彼女の鼓動と重なった。
「……これは」
はめ込まれた精霊石が、ふわりと輝き出す。
最初は淡い光だったが、カナの手の中で色を増していく。
青は深く、緑は瑞々しく、金は陽光のようにきらめき――精霊たちが光の舞を見せているかのように輝く。
その瞬間、精霊石から零れた光が、糸のようにほどけて空間に広がっていく。
淡い粒子が空気を満たし、カナの周囲にゆるやかな渦を描く。
ひとつひとつの光は小さな息吹のように揺れ、彼女の髪や頬に触れては消えた。
それは、さながら彼女を祝福するかのようだった。
*
光はなおもカナの周囲を漂い、彼女を中心に静かな輝きの輪を作っていた。
虹色の粒子が髪を撫で、瞳に映り込む――その姿は、神秘の女神の絵画のようだった。
レイナルトもエリアスも、その光景に言葉を失い、ただ見惚れていた。
しかし、次の瞬間――エリアスが小さく息を呑み、我に返る。
「……カナ、時間がない」
声には焦りが滲んでいた。
彼はすぐにレイナルトへ視線を向ける。
「急ぎ、精霊の森に向かわなくてはいけません。
お話は、道中で」
光の粒子がまだ舞う中、緊張の空気が静かに満ちていった。




