セオの告白3
「兄さんは、そこまでカナのことを……」
セオはしばし沈黙し、やがてにっこり微笑むと、静かにカツラと眼鏡を外した。
「……分かった。
僕はたった今から、ルセオラスに戻るよ。
王子教育は終わっている。執務に何の問題もないはずだ」
その目は温かくも、揺るぎない決意を秘めていた。
視線をゆっくりと学院長に向けて問いかける。
「ですよね? 学院長先生」
セレスタンは微笑んで頷く。
「ええ。レイナルト殿下は体調を崩し、休養されていることにしましょう。
王宮ではなく、学院離宮で。
ルセオラス殿下が代行されることに、何の問題もありません」
「……だって。兄さん。
ま、僕は兄さんの執務の一割もできるかどうか、だけどね」
セオは場の空気を和ませるように、明るく言う。
レイナルトは静かに目を伏せ、深い息をついた。
「感謝する」
そう言うと、レイナルトはそっと自身の指輪を外した。
迷うことなく、その指輪をセオに差し出す。
「これは……王太子の証だ。
……もし、俺に万が一のことがあったら、お前が立て」
セオは笑顔をしまうと言葉を失った。
だがやがて、ふっと息を吐くと、手を伸ばし、指輪を受け取った。
「兄さん……これは、ただ預かるだけだ。
必ず、返す。
だからどうか……必ず、帰って来てほしい」
「……ああ」
深夜、レイナルトは極少数の護衛を伴い、静かに王都を旅立ったのだった。
*
レイナルトが学院長室を去った後、静寂がその場を包んだ。
「行ってしまわれた……か」
セレスタンの声が、静かに落ちる。
セオは差し出された指輪をじっと見つめる。
銀色に淡く輝くそれは、次期国王たる証。
王太子としての責務、そして兄の覚悟が刻まれている品だった。
彼の胸の内には、重責がのしかかる。
「……兄さん。僕、頑張るよ。
だから兄さんもどうか、無事で……」
不安と覚悟が交錯する中、セオはゆっくりと目を閉じ、深呼吸を一つした。
*
レイナルトは孤高の存在だった。
頭脳明晰で冷徹、その壁は誰にも容易く破られることはなかった。
誰も彼の内側に踏み込もうとはしなかったし、彼自身もそれを許そうとはしなかった。
しかし、カナに対してだけは違った。
彼は大事なものを壊さぬよう、そっと包み込むように、彼女のそばにあろうとしていた。
その姿は、普段の冷静さとは別人のように柔らかく、温かかった。
セオは静かに目を閉じ、穏やかな記憶を辿った。
カナが学院に入学してから、ずっとその近くにいた自分。
学院祭の華やかな日も、彼女のそばで静かに見守っていた。
あの日、カナとレイナルトが並ぶ姿を見つめていた。
レイナルトの瞳には、彼女を愛しく思う気配が漂っていた。
その気配は、まるで強い守護者のようで――それを見て、セオは密かに安心したものだった。
セオはカナに、心から感謝していた。
「兄さんの孤独を、癒してくれてありがとう」
――しかし、まさかレイナルトが、自らカナの元へ行くと言い出すとは、想像もしなかった。
兄の揺るがぬ決意を知った。
「――ルセオラスに戻るよ」
それは、兄の代わりに王都を守り、学院を背負う覚悟。
迷うことはなかった。素直に言えた。
セオの胸には、静かな決意が満ちていた。
(兄さんを、そしてカナも守るために)
夜風がそっと頬を撫でる。
静謐な空気の中で、セレスタンはそっと声をかける。
「……ルセオラス殿下、お覚悟、見事でした。
私も微力ながらお支えしましょう」
「……学院長先生。ありがとうございます……」
セオは小さく頷き、指輪を握りしめた。
その夜、学院の窓から見上げる星空は、彼らを見守るかのように、静かに輝いていた。
――遠く離れた場所で、レイナルトもまた同じ星空を見上げていた。
彼の表情は険しくも、どこか穏やかだった。
「……カナ、待っていてくれ。
そしてセオ、俺は必ず、戻る」
その言葉が風に乗り、夜の静寂に溶けていった。




