押し込めた想い
カナとエリアスが学院を出発し、森へ向かう姿を見送った後。
王宮の広間で、レイナルトはいつも通りの執務に没頭していた。
机上には積み上がった書類、次々と差し出される報告書。
彼は目を通し、冷静に署名をし、的確な指示を下す。
その姿は、まさに完璧な王子そのものだ。
周囲から見れば、王子として揺るぎない姿――。
だが、心の奥底では、鋭い刃で引き裂かれるような痛みが、絶え間なく襲ってきていた。
(カナを……失うかもしれない)
その恐怖と悲しみが、彼の胸を締め付ける。
だが、王子としての責務がある以上、弱さを見せることは許されない。
だから、彼は自分の心に固く蓋をした。
その中で渦巻く想いを、ひたすら執務の音と文字の海に沈め、動き続けることで押し殺していた。
そんな彼が唯一心の拠り所とするのは、学院の中庭にある精霊樹の前だった。
静寂に包まれた中庭に、レイナルトは一人佇む。
大きく広がる枝葉の下で、手を組み目を閉じて祈る。
(どうか、カナを守りたまえ。無事に戻れるよう……)
月明かりが枝葉を透かし、揺れる光が彼の頬を淡く照らす。
精霊樹の前で祈るその姿だけは、王子という仮面を脱ぎ捨て、ただひとりの青年のものだった。
――そのとき。
背後に、かすかな気配が走った。
反射的に身を翻すと剣を抜き、低く鋭い声を放つ。
「誰だ!!」
月光の中に、学院の制服をまとったひとりの少年が立っていた。
柔らかな栗色の髪が風に揺れ、眼鏡の奥の涼やかな瞳が、真っ直ぐこちらを見つめている。
「……精霊科の、セオ・クローヴァです」
落ち着いた声。
レイナルトは眉をひそめた。
その胸にあるバッジを見る。
(精霊科、初等部……?
カナのクラスメイトか……?)
次の瞬間、胸の奥に冷たい違和感が走る。
護衛たちの気配が――ない。
周囲に張られているはずの王家の警戒網が、陰が、何も反応していない。
はっと息を呑む。
少年はふっと唇の端を上げ、低く囁いた。
「ようやく、わかった? 兄さん」
少年は、ゆっくりと両手を頭に上げる。
茶色い髪を掴むと、すっと外れ、月光を受けて明るい金髪が現れた。
さらに眼鏡を外すと、そこに覗いたのは、レイナルトと同じ、深い蒼の瞳――。
「カツラと、認識阻害のメガネだよ」
低く響く声。
その姿に、全身の血が一瞬で熱くなる。
「……セオ」
――ルセオラス・アルセイン・ヴェルデン。
留学しているはずの第二王子が、そこに立っていた。




