リクエストIF・SS カナの休暇1
リクエスト頂きました、サラとカナのIFストーリーになります。
(読まなくても本編には関係ありません)
時間軸としては、エピソード62あたりになります。
学院は長期休暇に入り、学生たちは次々と故郷や旅行先へと旅立っていった。
中庭の噴水前も、荷物を抱えた生徒たちの笑い声が響き、いつもより少し賑やかだ。
「カナは、休暇はどうする?」
サラが声をかけてくる。薄紫の瞳が、ふと気遣うように揺れる。
「うん……村には帰り方が分からないし。寮に残って勉強しようかなって」
カナは笑って答えるが、その笑みはほんの少し心細げだ。
サラは少し考え、すぐにさらりと言った。
「じゃあ、うちに来る?」
「えっ……サラの家に?」
「うん。どうかな?」
カナは戸惑いながらも、サラの優しい誘いに胸が温かくなる。
学院で過ごした日々の中で、彼女がこうして自分を思ってくれることが、何より嬉しかった。
「……じゃあ、お言葉に甘えて、行ってもいい?」
「……よし。決まり」
サラの口元がふわりと緩む。
こうして二人の、少し特別な休暇が始まった——。
*
サラの家は、王都の中心部に建つ堂々たる屋敷だった。
白い石造りの外壁は陽を受けて淡く輝き、門をくぐると広い庭園が広がっている。
噴水の水音と、夏花の香りが、心地よい風に乗って漂った。
「……すごい……」
思わず小さくつぶやくカナに、サラは少し照れたように笑う。
「父の仕事柄、来客が多いから。
慣れれば、ただの家だよ」
――やがて、馬車は玄関にたどり着く。
*
「ようこそ、リンドール侯爵邸へ。
そして、お帰り、サラ」
屋敷の玄関で、執事と、サラの兄がにこやかに出迎えた。
背筋の伸びた立ち姿、穏やかな笑み。けれど、その瞳には鋭さも宿っている。
「サラから話は聞いているよ。
学院で妹がお世話になっているそうだね」
「い、いえ……こちらこそ……!」
カナは慌ててお辞儀をしたが、心の中で小さく衝撃を受けていた。
(こ、侯爵邸? サラって……侯爵令嬢だったの?!)
「ありがとう、お兄様。
……ただいま」
サラに続いて玄関に入る。
そこに立っていたのは、穏やかな笑みを浮かべたサラの母だった。
「まあ、カナさん。ようこそいらっしゃいました。
サラも元気そうでよかったわ。おかえりなさい」
「お母様……ただいま戻りました」
「は、はじめまして……お世話になります……」
カナは深く頭を下げた。
*
夕食時。
広い食堂の中央には、磨き上げられた長いテーブル。
燭台の灯りが金の縁取りを淡く照らし、白磁の皿の上に香り立つ料理が並んでいる。
カナはサラと並んで腰を下ろし、向かいにはサラの兄、
その隣には優雅な微笑みをたたえたサラの母――侯爵夫人が座っていた。
「学院での生活は、いかがかしら?」
侯爵夫人が穏やかに問いかける。
「はい……まだ不慣れなことも多いですが、皆さんに助けられています」
カナの答えに、サラの兄が軽く頷いた。
「妹は昔から人見知りだが、君と一緒だと楽しそうだ。感謝しているよ」
食卓では、学院の授業や行事の話、寮でのちょっとした出来事まで、笑いを交えながら話が弾んだ。
気づけば、緊張していたカナも自然と笑顔になっていた。
「少し部屋で話さない?」
食後、サラが声をかけてくる。
彼女の部屋は、落ち着いた色合いの家具とレースのカーテンが揺れる、静かで温かな空間だった。
ベッドに腰掛け、お互いの学生生活や、将来のこと、
好きな食べ物の話まで――時が経つのを忘れるほど語り合った。
「――もうこんな時間か。そろそろ休もうか」
サラが笑みを浮かべると、メイドがそっと近づき、カナを客室へと案内した。
客室の扉を開けると、そこにはかわいらしい部屋が待っていた。
白銀のレースが縁取られた天蓋付きのベッド。
窓辺には薄いピンク色のカーテン。
高い天井と、淡く灯るシャンデリアが、部屋全体をやわらかな光で包んでいる。
暖かい色調の絨毯と、薔薇模様の壁紙。
「かっ……かわいいっ! お姫様の部屋みたい……」
カナが目を丸くしてサラを振り返る。
彼女はふっと微笑んだ。
「喜んでもらえてよかったよ。
じゃ、おやすみ、カナ」
「おやすみなさい、サラ」
扉が閉まったあとも、カナの胸は温かく満たされていた。
この休暇は、きっと忘れられないものになる――そんな予感とともに、眠りへと落ちていった。
*
翌朝、食事を終えると、サラが言った。
「今日の午後から、領地にある別荘へ行くよ。
結構涼しい場所で、空気も澄んでいるんだ」
「別荘……?!
え、私も一緒に行っていいの?」
カナは目を見開く。
サラは微笑んで頷く。
「もちろんだよ。
それで……別荘に行く前に、王都を少し回らない?
市場も見せてあげたいんだ」
家紋がついていない、侯爵家のお忍び用馬車に乗り、石畳の大通りをゆっくり進む。
窓から見える王都は活気に満ちていた。
色とりどりの布が翻り、行き交う人々の笑い声が響く。
カナは、初めて王都の土を踏んだ頃を思い出す。
市場に着くと、サラがひらりと馬車から降りた。
「カナ、降りるよ」
「えっ、でも……」
「大丈夫。護衛もいるから」
市場では香辛料の香りが漂い、果物や焼き菓子の屋台が並ぶ。
サラは慣れた手つきで小銭を払い、包みを二つ受け取った。
「はい、ミートパイ。熱いから気をつけて」
「ありがとう……!」
歩きながら頬張ると、パイの中からスパイスたっぷりの肉が顔を出す。
「すっごく、美味しい……」
カナは思わず呟いた。
サラはその横で、少しだけ子どものように笑う。
「……本当はこういう賑やかな場所、好きなんだ」
そう言って微笑む姿に、カナはふと、これまでとは違う距離の近さを感じた。
二人はそれからも街を歩き、気の向くままに通りの本屋に入ったり、
アクセサリーショップを覗いたりして楽しんだ。
そして二人は、来た時の馬車に乗り、侯爵邸へと戻っていった。
馬車で向かう道中、カナは窓の外に広がる景色を眺めながら、この非日常に心を躍らせるのだった。




