月が天頂に至る時
エダンとマリナと別れ、カナはひとり、部屋に戻った。
月の光が、窓からそっと差し込んでいる。
薄明かりの部屋の中、カナは静かに鞄を開けた。
取り出したのは、サラからもらった深い青の繊細な髪飾りと、ミリアの明るいピンクのリボン。
指先でそっと触れながら、その温もりを感じた。
友の優しさ、励まし、そして願いが込められた、かけがえのない”お守り”。
髪にそっとつけると、心が少し軽くなったような気がした。
心の中で、静かに言葉を紡ぐ。
――きっと帰る。どうか見守っていて。
窓の外の月は、白く澄み渡った光を放ち、夜空の頂へと昇っていく。
しばしの沈黙の後、カナはもう一度鞄の中を見つめた。
何かが彼女を強く呼び戻すように。
その手は震えながらも、ためらいを押し切るように動いた。
ゆっくりと、そして丁寧に花冠を取り出す。
それはレイナルトが彼女に贈ったもの。
言葉にならない想いが詰まった、大切な証。
「どうしても……置いてこれなかった」
その言葉が胸の奥からこぼれ落ちた。
花冠を両手で抱きしめると、自然と涙が溢れそうになる。
それは、覚悟と切なさが混ざり合った感情だった。
カナは静かに立ち上がり、胸に花冠を抱えながら、深く息を吸い込む。
夜の静けさが部屋を包み込み、彼女の心のざわめきが際立つ。
「――きっと帰る」
その言葉が、自分の中で強く響き渡る。
覚悟を胸に、カナは部屋を後にした。
月明かりが差し込む廊下を歩きながら、彼女の瞳は静かに輝いていた。
階下では、既にエリアスが待っていた。
エダンとマリナも玄関に立ち、静かな眼差しで二人を見つめる。
「行ってきます」
カナは小さく頭を下げた。
「気をつけて」
マリナの声は柔らかく、それでいて奥に祈りのような強さがあった。
エダンは何も言わず、ただ深く頷いた。
エリアスが玄関の扉を押し開ける。
夜の冷たい空気が流れ込み、カナの頬を撫でた。
月明かりが二人の足元を照らす。
その光を辿りながら、カナとエリアスは静かに家を後にした。
*
カナは花冠を胸に抱きしめ、エリアスとともに家を後にした。
夜風が肌を撫で、月明かりが二人の影を長く伸ばす。
静かな村の道を歩きながら、心は張り詰めていた。
これから迎える儀式の重みが、足取りを一層重くする。
村の入り口が見えたそのとき、ふと視線を奪われた。
そこには、長旅の疲れがにじむ、土埃にまみれた一人の男の姿があった。
「……っ!!」
「……えっ?! レイナルト……様?」
エリアスはその姿を見て硬直し、カナの声は震えた。
男はゆっくりと二人のほうへ歩み寄る。
満身の疲れを押し隠すように、しかし確かな強さを湛えた瞳で、静かに微笑んだ。
「間に合った……」
その一言が、静かな夜の空気を、一瞬だけ和らげた。




