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精霊たちと話せるので、転生先で聖女になりました  作者: 高梨美奈子


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フェイル村

馬車は、山道を抜けながら揺れるように進んでいた。

窓の外では、短い夏の終わりを告げる風が、木々の葉を舞わせている。


カナは、小さく息を吐きながら、隣に座るエリアスに視線を向けた。


「……あの、あの詩のことなのですが……」


エリアスは少しだけ目を伏せ、頷いた。


「かの黒き夢、魂を深く呑みしもの、白き息絶ゆとも魂は還らず。

彼のものら、深淵にて見果てぬ願いに縛られつつ、夢とて夢ならず……か」


その声には、淡い憂いがあった。


「この詩は、かなり古い記録にある“魂蝕の予兆”を語ったものだ。

正式な文献ではなく、語り部や夢見と呼ばれる者が口伝で残してきたらしい。

もともとは迷信の一つとされていたが……今となっては、無視できない」


カナはその詩の意味を、ゆっくりと反芻した。


「魂が……呑まれる?」


「そうだ。身体は生きているように見えても、魂が帰ってこない。

深い眠りのまま、二度と目を覚まさないかのように」





馬車はやがて、フェイル村の近くへ差しかかった。


山に囲まれたこの村は、外見こそのどかな山村だったが、どこか空気が張り詰めているようだった。

風が吹き抜けるたびに、木々の間に隠された何かが息を潜めているような気配がする。


村の入り口には、木彫りの風変わりな飾りが吊るされていた。

小さな木の札に、枝を束ねて編んだような装飾が取りつけられている。


「……あれは?」


カナが目を凝らすと、エリアスが答えた。


「夢よけだろう。悪夢や邪霊を避けるために吊るす護符だ。

こうした村では、昔から信仰に近い形で使われてきた」


その言葉を聞いた瞬間、やはりただならぬ異変が起きているのだと、

カナの胸に重くのしかかる。


馬車を村の入り口に停め、村長の屋敷に向かうと、

一人の初老の男性が、慌てて玄関から飛び出してきた。


「おおっ……カナか!」


エダンだった。懐かしさと安堵が混ざった表情で、彼はカナに駆け寄る。

続いて、中から小柄な女性が飛び出してきて――カナにしがみついた。


「カナっ……! 会いたかったわ!!

どうして……こんな時に……」


「マリナさん……っ!」


そのまま二人は抱き合い、短い再会の喜びを交わした。

マリナの腕は細くて震えていて、それがこの村の置かれた状況の深刻さを物語っていた。


エダンの目がエリアスに向く。

その眉が上がった。


「あなたは……あの時の……」


エリアスは一礼する。


「精霊庁より参りました、エリアス・グランです。

カナさんの護衛、及び精霊の森の異変について、調査に参りました」


「そうでしたか……長旅、ありがとうございます」


エダンは深く頭を下げた。


やがて二人は室内へと案内され、カナとエリアスはソファーに腰を下ろす。

エダンが、静かに語り始めた。


「……十日前の夕方だった。空が、一瞬、青黒く染まったんじゃ。

雲でも月でもなく……何か、重たいものが、空全体を押し潰すような感覚だった」


彼はそう言って、カップを持つ手を震わせた。


「その後しばらくして、“あれ”が出た。

黒く、澱んだ……まるで、靄のようなものが、森の奥から這い出すのを、村の者が見た」


マリナが隣で、小さく震える。


「……初めは、ただの濃い霧だと思った。

でも、次の日から……一人、また一人と、目を覚まさない者が現れたんだ」


カナが頷く。


「途中の村で、聞きました。目を覚まさない人がいると」


「ああ。眠ったまま、微動だにせず。

けれど……呼吸はしている。心臓も動いている。命はある。だが……魂が、帰ってこない。

そして……黒い靄に触れたり、近寄ったりした者は、人が変わったようになる」


その言葉が、室内の空気が凍るような静けさを帯びた。


「……わしらは、それを“夢に呑まれた”と呼んでおる。

あれは……不帰じゃ」


エダンの声には、諦めと祈りが入り混じっていた。

カナはゆっくりと、唇を噛み締めた。


――夢に囚われて、魂が戻らない。


それは、死よりも遠い場所に、意識だけが閉じ込められるということだ。

何がそこにいるのか。なぜ魂が還れないのか。


そして――自分がその“夢”に足を踏み入れたら、果たして無事でいられるのか。


不安と決意がないまぜになった視線を、カナはエリアスへ向けた。

彼もまた、じっとカナを見つめ返していた。

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