情報収集
学院を出て数時間、馬車は揺れることなく順調に進み、
ふたりの焦燥を現すかのように、早く王都を離れていった。
カナはようやく落ち着き、そっと窓の外を見る。
そこには、懐かしい草原が広がっていた。
彼女は少し緊張した面持ちで、エリアスの方へ身体を向けた。
「……エリアスさん、
精霊の森の異変って……今、どこまでわかっているんですか?」
エリアスは腕を組み、真剣な表情で答えた。
「報告によると……森の奥の木々が、一斉に枯れ始めたらしい。
代わりに、見たことのない黒い靄が漂い、
森の動物たちが怯えて外に逃げ出しているという。
周囲の住民にも、眠りから目覚めない者が出ている……」
「……そんな……」
カナの胸がざわつき、シルヴィアの姿が脳裏をよぎる。
「森にとって、ただ事じゃない現象だ。
精霊庁では、強力な魔力干渉か、封印の類いが解かれた可能性を疑っている」
エリアスの声は低く、その表情からも事態の深刻さが伝わる。
「村の者たちによれば、ほんの数日前までは何もなかったそうだ。
ある日を境に、急激に枯れ始め、眠り続ける者が現れたと……」
「……」
カナは、深刻な状況に絶句した。
やがて馬車は小さな村の前で止まった。
王都にも近い、商人や旅人がよく立ち寄る集落だ。
「ここで一度、情報を集める。
フェイル村や森の様子を 詳しく聞いておきたい」
エリアスの声に、カナは静かに頷いた。
エリアスが馬車を降り、カナにも手を差し伸べる。
カナは緊張を押し殺しながらその手を握り、静かな村の通りに足を踏み入れた――。
*
村はこぢんまりとしていたが、騎士団の駐留地としても使われているのか、
外れに立つ酒場には、それなりに人の出入りがあった。
カナとエリアスは馬車を宿の裏手に止め、目立たぬようにフードをかぶって酒場の中へと入った。
木造りの広間には暖炉があり、旅人らしき男たちが数人、ぬるめの酒を片手に談笑している。
「こう言う場所で、皆、情報収集をするんだ」
エリアスが低く囁く。
カナは小さく頷き、耳を澄ました。
「……黒い靄が、森の奥から這い出してくるのを見たってやつがいたな」
「なんだそりゃ、化け物でも出るのか?」
「いや、見たやつはおかしくなっちまった。昼間なのに、ずっとぶつぶつ独り言を……」
「それに、あの音……」
別の男が低くつぶやく。
「森の奥から、まるで獣でも呻いてるような、不気味な音がするって話だ」
「夜になると、森の奥からうなり声みたいな音がするって……あれ、聞いたら眠れなくなるってよ」
「そんな……」
カナが思わず呟いた言葉に、近くにいた給仕の娘が小さく首を横に振った。
「精霊の森の異変。最近、その話ばっかり。
……あの森は、本来、静かで、優しい場所だっていうのに」
酒場を出たあと、カナは小さく唇を噛んだ。
「黒い靄、獣のような音……森の奥で、何かが起きてる……」
エリアスは頷き、カナを見る。
「噂がここまで広がっているとはな……。
今日はここに泊まろう。
もう少しフェイル村に近づけば、核心的な情報がつかめるかもしれない」
エリアスの声に、カナは静かに頷いた。
胸の奥に、不安の種がじわじわと根を張り始めていた。




