――出発
学院の門前に、立派な馬車が用意されていた。
淡い朝霧の中、二頭の白馬が静かに鼻息を鳴らし、御者台には精霊庁所属の騎士が座っている。
馬車のそばには、すでにエリアスが立っていた。
いつもの落ち着いた笑みではなく、護衛の顔つきで、森へ向かう覚悟を帯びている。
カナはサラとミリア、マーサに見送られながら、ゆっくりと馬車へと歩み寄った。
胸元には、二人からもらった髪飾りとリボン。
しっかりと抱きしめたまま、涙で滲む視界の中、必死に笑顔を作る。
「……行ってきます」
ミリアはこぶしをぎゅっと握りしめ、泣きながらも声を張った。
「ぜったい、帰ってきてよ!
約束だからね、カナ!」
サラは少しだけ目を細め、淡く微笑んで静かに言った。
「待ってるから。
だから……必ず戻ってきて」
マーサも涙を浮かべながら、カナの肩にそっと手を置いた。
「どうぞ無理はしないでくださいね。
大丈夫、きっと無事に帰って来れます」
その言葉に背中を押され、カナは深く一礼し、馬車に乗り込んだ。
エリアスがカナの後に続き、扉が閉まると、馬車は静かに動き出す。
窓から見える学院の門、そして三人の姿が、徐々に遠ざかっていく。
カナは窓から大きく手を振りながら、胸に秘めた誓いを噛みしめた。
――必ず、帰ってくる。
――待っていて、みんな……!
白馬の蹄音が朝の石畳に響き、学院を後にした馬車は、
ゆっくりと王都の外れへ、そして精霊の森へと向かっていった。
*
馬車が学院を離れてしばらく走ったころ、揺れる窓から外を眺めていたカナは、
遠くの丘に白い影を見つけた。
風を切るように光る白馬――。
その背に、見慣れた紺色の騎士服が映る。
「……レイナルト……様?」
小さく呟いた瞬間、白馬が速度を緩め、丘の上で止まった。
レイナルトは馬上からこちらを見つめ、右手を胸に当てると、ゆっくりと、敬礼をした。
その仕草には、王子としての威厳よりも、一人の騎士が、戦場に向かう友を見送る――
そんな深い想いが込められていた。
エリアスも窓の外に目をやり、低く呟いた。
「……戦場に赴く仲間を送る、騎士の敬礼だ。
あれは……ただの見送りじゃない。
本気で君を信じ、願っている」
その言葉に、カナの目から涙がこぼれた。
胸が熱く、苦しくなる。
ブレスレットにそっと手を添え、
震える唇で、その銀の輝きにキスを落とした。
エリアスは、そのブレスレットがレイナルトからの贈り物だと気づく。
目を伏せ、深く息をついた。
「……あいつの想いが……痛いほど伝わってくるよ」
馬車の中には、蹄の音と、カナの押し殺した嗚咽だけが響いていた。
*
カナは涙を拭おうとするが、何度拭っても溢れ出して止まらなかった。
その向かいでエリアスはしばらく黙っていたが、
やがて静かに、真剣な瞳でカナを見つめた。
「……カナ」
呼ばれて顔を向けると、エリアスは胸に手を当て、深く頷く。
「約束する。
君の帰りを待っている仲間たちに、笑顔で君を返すって……改めてここに誓う」
その声は低く、揺るぎない決意に満ちていた。
カナの目が大きく見開かれ、胸の奥に熱いものがこみ上げる。
「……エリアス、さん……」
彼は優しく微笑む。
けれどその瞳の奥は、鋼のように強い光を宿していた。
カナは頷くと、微笑んで微かに首を振る。
「……ありがとうございます。
でも、それはエリアスさんもです。
絶対一緒に……笑顔で、帰りましょう」
「……カナ。……君ってやつは……」
エリアスは一瞬目を見開いたが、優しく微笑み、
大きな手を伸ばすと、カナの頭をポンポンと撫でた。
「そうだな……二人で、戻ろう」
馬車は揺れながら、精霊の森へと静かに進んでいった。




