ミリアの涙
翌朝。
まだ陽が昇りきらない早朝の学院は、しんとした空気に包まれていた。
旅支度を整えたカナは、深呼吸をひとつして、寮の階段を降りていく。
――そして、目の前の光景に息をのむ。
階段の下で、ミリアが腰に手を当てて立っていた。
けれど、その瞳は真っ赤に腫れ、涙の跡が頬に残っている。
「……ミリア……?」
カナが驚いて声をかけた瞬間、ミリアの瞳から再び涙があふれた。
「黙って……行くつもりだったの……?」
その震える声にはっとする。
「どうして……?」
カナが小さく呟くと、ミリアは唇を噛みしめ、声を震わせながら言った。
「カナの様子が変だった。
……ずっと何か隠してるって、わかったもん!
だから……サラを問い詰めた!」
そこまで言った途端、ミリアは堪えていた涙を一気にこぼし、カナに向かって叫んだ。
「全部、聞いたよ……!
本当は止めたい!
行かないでって……叫びたいよ……!!」
声が嗚咽で途切れ、ミリアの肩が小さく震える。
その必死な想いが、カナの胸に深く突き刺さった。
「どうしてよ……」
嗚咽の中で、ミリアが言った。
「どうして、何も言ってくれないの……!」
ミリアの声が、朝の静けさを切り裂く。
「友達だと思ってたのは……私だけ……?
なんで、なんで、何も言ってくれなかったのよっ……!!」
その叫びの後、ミリアは声を上げて泣き、そのまま膝をついてしゃがみ込んだ。
肩を震わせ、子どものように涙を流す。
カナはミリアの元へ駆け寄り、しゃがみ込んで彼女を強く抱きしめた。
「……ミリア……! ごめん……ごめんね……!」
その声は涙に震え、ミリアの肩に顔を埋めながら、必死に言葉を紡いだ。
「友達だからこそ……言えなかったの……。
もし伝えたら……絶対に、ミリアが泣くってわかってたから……」
「カナは……ばかだよっ……!」
ミリアはしゃくり上げながら、カナの背中にしがみついた。
「私は……言ってほしかった……!
友達なのに……一緒に悩みたかったのに……!」
その言葉に、カナの胸が締めつけられ、堪えていた涙が零れ落ちる。
「……本当に……ごめん……。
でも、約束する……必ず帰ってくるから……!」
カナの言葉に、ミリアは力いっぱい抱き返した。
「……許さないんだから……っ!
ただいま、って言ってくれるまで、絶対に、許さないんだから……っ!!」
二人の涙が肩を濡らし、離れたくないという想いだけが、互いに痛いほど伝わっていた。
*
二人の涙がようやく落ち着き、しがみつく腕が少し緩んだその時――
「……ごめん、カナ」
柱の影から、そっとサラが姿を現した。
その声は落ち着いているようだったが、その目は真っ赤に泣きはらしていた。
「ミリアに……話した。
どうしても……黙っていられなかった」
カナは涙で潤んだ目でサラを見つめ、小さく首を横に振った。
「ううん……ありがとう……」
その言葉をきっかけに、サラも歩み寄り、三人は自然と抱き合った。
もう言葉はいらなかった。
ただ、互いの温もりを確かめ合うように、声を殺して泣いた。
やがて、サラとミリアが、ポケットから小さな包みを取り出した。
「これ……」
サラが差し出したのは、深い青の小さな髪飾り。
ミリアが手にしていたのは、明るいピンクのリボンだった。
「私たちからのお守りだよ」
ミリアが涙でくしゃくしゃの顔で笑う。
「これつけて……必ず帰ってきてね」
サラも微笑む。
「そう。絶対に、帰ってきて……。
この学院で、また三人で笑うんだから」
カナは、二人から受け取った髪飾りとリボンを、そっと胸に抱きしめた。
その時、ホールからあたたかい声が響いた。
「カナ様、よかった。まだこちらにいらしたのですね」
振り向くと、マーサが、籠いっぱいの焼きたてのパンを手にして立っていた。
微笑みながらカナに差し出す。
「お話、聞きました。
道中、きっとお腹が空くでしょう?
厨房の皆で作りました。しっかり食べて、無事に帰って来てくださいね」
「マーサ、さん……っ」
その言葉に、カナはもう堪えきれず、涙をこぼしながら大きく頷いた。




