レイナルトの決心
カナの震える声が学院長室に落ちたあと、沈黙がどれほど続いたのかわからない。
やがて、レイナルトがゆっくりと歩み寄った。
彼の足音が、カナの心臓の鼓動と重なる。
彼はそっとカナの目の前に立つと、深く息をつきながら、震える声で言った。
「……無茶はするな」
次の瞬間、レイナルトの両腕がカナを優しく包み込み、胸の奥からあふれる想いごと抱きしめた。
カナは驚いたように目を見開き、すぐに彼の胸に顔を埋める。
張り詰めていた心がほどけ、抑え込んでいた涙が一気に溢れ出した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
嗚咽まじりに、ただその言葉だけを繰り返す。
レイナルトは黙ってカナの小さな背を支えながら、細い肩が震えるたび、静かに髪を撫でた。
温かな掌が、涙で揺れる心を包み込むようで、カナはさらに胸の奥が熱くなる。
「……帰ってこい、必ず」
レイナルトの低く掠れた声が、カナの耳元に落ちる。
その声は、震えていた。
カナは頷くことしかできず、ただ、彼の胸の中で泣き続けた。
*
しばらくの間、学院長室にはカナの泣き声と、レイナルトが静かに髪を撫でる音だけがあった。
ようやくカナの肩の震えが少し落ち着いた頃、その背後から静かな声が響く。
「……殿下」
レイナルトが振り向くと、そこにはエリアスが立っていた。
真剣な青の瞳が、まっすぐに彼を捉える。
「……心配する気持ちは、痛いほどわかります。
だから、俺は、誓います。
この命に代えても、カナを守り抜くと」
その瞳には、揺るぎない騎士の覚悟を宿していた。
エリアスは跪くと剣を置き、胸に手をあて、深く頭を下げた。
それは、正式な騎士の誓いだった。
レイナルトはしばし睨むように黙っていたが、やがて深く息を吐き、カナを抱く腕を少し緩めた。
「……必ず、無事に……戻してくれ」
低く絞り出すような声に、エリアスは力強く頷いた。
その様子を見守っていたセレスタンが、ゆっくりと立ち上がる。
深い皺が刻まれた額に、厳しさと優しさが同時に浮かぶ。
「……決まりですね」
静かな声が学院長室に響く。
「エリアス、カナさん……君たち二人で精霊の森へ向かいなさい。
レイナルト殿下には、学院と王都の留守を守ってもらいます」
セレスタンはそこで一拍置き、深く息をついて、静かに続けた。
「……もし、彼女が元の世界に戻ることになっても……。
その決断を下したのは、学院長であるこの私。
恨むなら、私を恨みなさい。
だが――彼女の意志を無視するわけにはいきません」
その言葉に、室内が再び静まり返る。
レイナルトは何も言わなかった。
ただ強く目を閉じると、再びカナを抱き寄せ、その耳元で低く囁いた。
「……必ず……帰ってこい。俺のところに……」
カナは涙に濡れたまま、小さく頷く。
その姿を見て、セレスタンは静かに目を閉じ、カナの決意を胸に刻んだ。




