カナの決心
室内に荒れ狂う風。
レイナルトの魔力が溢れ、書類が宙を舞い、魔導等の光さえ揺らぐ。
今にも衝突しそうな二人の間に、セレスタンがゆっくりと歩み出た。
「やめなさい、二人とも」
その声は静かだったが、研ぎ澄まされた威圧感が一瞬で室内を支配した。
レイナルトの肩がびくりと揺れ、エリアスの青い瞳がセレスタンに向けられる。
「殿下、あなたが彼女を守りたい気持ちはよくわかります。
だが……怒りに任せては、何も守れません」
レイナルトは奥歯を強く噛み、掴んだ手をようやく離した。
風がすっと止み、紙がゆっくりと床に舞い落ちる。
誰一人、すぐには言葉を発せなかった。
重苦しい沈黙の中、カナは胸の奥で波打つ感情を必死に抑えながら、
ぎゅっとスカートの裾を握りしめる。
そして、決心したように顔を上げると、震える声で口を開いた。
「……あの……わ、私……行きます」
その言葉は小さくても、はっきりと、室内に響いた。
視線が一斉にカナへと集まる。
レイナルトの蒼い瞳が揺れ、エリアスの眼差しが、一瞬だけ切なさを帯びる。
セレスタンは黙したまま、ただじっと見守っていた。
カナは両手を胸の前で握りしめ、涙でにじむ視界をこらえながら続ける。
「……森に行って、もし元の世界に戻ってしまうかもしれなくても……
フェイル村や、あの森の精霊たちが困っているなら、行かないわけにはいきません。
あの村は……私にとって、もう大切な故郷なんです……」
声が震え、喉が詰まる。
それでも、一度も目を逸らさず、まっすぐに三人を見つめる。
「フェイル村は……私が初めて、この世界で“居場所”だと思えた場所なんです。
森の精霊たちも、村のみんなも、私を受け入れてくれて……。
あそこがあったから、私はここまで頑張ってこられました」
涙が一筋、頬を伝った。
「だから……もし、あの森や村に危険が迫っているなら……。
私が……守りたいんです。
どんなに怖くても、どんなに不安でも……。
このまま見て見ぬふりなんて、できません。だから……」
カナは息を吸うと頭を深く下げ、絞り出すように声を震わせる。
「どうか……お願いです……! 行かせてください……!」
静かな学院長室に、その願いだけが真っ直ぐに響いた。
レイナルトの胸に、どうしようもない切なさが広がり、
セレスタンは目を閉じ、わずかに眉を寄せる。
エリアスの唇が、何か言いかけて止まる。
誰も、すぐには返事ができなかった。
ただ、カナの決意だけが、揺るぎなくそこにあった。




