平穏7
通された自室の扉を開けた瞬間、カナは思わず息をのんだ。
そこに広がっていたのは――あの日のまま、何ひとつ変わらぬ光景だった。
窓辺の小物も、棚に置かれた人形も……。
彼女の帰りをずっと待ち続けていたかのように、部屋は丁寧に整えられていた。
そっと近づき、布団に触れる。
そこからは、やわらかな陽だまりの匂いがした。
(マリナさん……)
胸の奥に、じんわりと温もりが広がる。
カナは力を抜くと、ぽふりとベッドへと身を預けた。
背中に伝わる柔らかさが、懐かしい記憶を優しく呼び起こす。
傍らには、マリナが自分のためにと作ってくれたクッション。
見上げれば、見慣れた天井の小さな染み。
何も変わっていない。
けれど、その何も変わらないことが、こんなにも愛おしい。
階下からは、楽しげな声がかすかに届いてきた。
マリナとエフィ、そしてオルレーナとリュシエル。
エフィがマリナの手伝いをする傍ら、オルレーナとリュシエルが、興味津々といった様子で覗き込んでいる――そんな光景が、ありありと浮かんだ。
(ふふ……本当に、幸せ……)
小さく笑みをこぼしながら、カナはゆっくりと寝返りを打った。
――その時だった。
窓の外から、聞き覚えのある声が、風に乗って届く。
「――っ」
はっとして身を起こし、窓辺へ駆け寄る。
(――あっ)
胸が、強く跳ねた。
そこにいたのは、ティオだった。
記憶の中の彼よりも、背はぐっと伸び、幼かった面差しは、今や凛とした精悍さが宿っている。
マリナが話してくれたことを思い出す。
精霊の森の異変から目を覚ましてすぐ、彼は騎士を目指し、遠くの町の道場へと、住み込みで修行に出たのだと。
その彼が今、レオニスとアルトリウスの間に立ち、木剣を握っている。
繰り返される素振り。
真剣な眼差しで振るうその一振り一振りを、二人は静かに見守っていた。
「……なかなか、筋がいいんじゃない?」
アルトリウスが、口角を上げる。
「ねえ? レオ?」
「……そうだな」
レオニスもまた、穏やかに頷いた。
その言葉に、ティオは顔を輝かせる。
「……ありがとうございます! 俺、頑張ります!」
その声は、まっすぐで、力強い。
いつの間にか、周囲には村の子どもたちが集まってきていた。
興味と憧れの入り混じった、きらきらとした眼差しで、彼らのやり取りを見つめていた。
ティオは彼らを振り返り、少し躊躇うように口を開く。
「こいつらも……騎士に興味があるんです。それで、あ、あの……」
一瞬、言葉を選ぶように視線を落とし――やがて、意を決して顔を上げた。
「あの、お二人の模擬戦……見せていただくわけにはいきませんか?
お願いします!」
深く頭を下げる。
その願いに、レオニスとアルトリウスは顔を見合わせる。
アルトリウスの唇に、いたずらめいた笑みが浮かんだ。
「どうする? レオ」
問われたレオニスは、ふっと柔らかく笑みをこぼした。
「――いいだろう」




