祈りの書
中庭で花を選んだあと、カナはレイナルトに見送られて寮へ戻った。
扉を閉めると、外の賑やかな夏の音が遠のき、静かな空気が広がる。
ホールに入ると、先に着いていたミリアが大きく手を振る。
「カナ! こっち!」
サラも隣で柔らかく微笑み、軽く手を挙げる。
三人でテーブルを囲み、香ばしい焼き立てのパンとスープが並ぶと、
カナは少し緊張しながら口を開いた。
「……あのね、今日、学院長に呼ばれて……私、祝祷者に決まったの」
ミリアはスプーンを置き、ぱっと目を輝かせる。
「本当に!? すごいじゃない! やっぱりカナだと思ってた!」
勢いに押されてカナは恥ずかしそうに笑う。
サラは落ち着いた調子で、パンをちぎりながら言った。
「カナなら当然だと思ってたよ。
学院祭の準備も進んでるし、祭りの中心になるのはきっと忙しいよ」
その声は優しく、応援の色がにじんでいた。
ミリアがすぐに頷く。
「そうそう! 中庭の飾り付けももうずいぶん終わって、本格的になってきたよ。
……あ、そうだサラ! 魔術科の出し物って、まだ秘密なの?」
サラは少し肩を竦めて視線を逸らす。
「うん、秘密。当日までのお楽しみってことで」
「えー、ずるい!」
ミリアは頬を膨らませ、身を乗り出す。
「うちの精霊科の”光の庭”はもうみんなに知られてるんだから、
サラも少しくらい教えてくれてもいいじゃない!」
サラはしばらく頑なに口を閉ざしていたが、
ミリアの熱気と、カナの興味津々な目に、観念したようにため息をついた。
「……仕方ないな。
魔術科は、光と幻術を使った“精霊の舞”を披露する予定だよ。
舞台全体が星空みたいに光って、観客を包み込むような演出を考えてる」
「えっ……すごい! 絶対きれいだよ! 今から楽しみだなぁ!」
ミリアがぱっと笑顔になり、声を弾ませる。
サラは肩の力を抜き、少しだけ頬を緩めた。
「本当は驚かせたかったんだけどな……ミリアには敵わないな」
三人は食事を進め、学院祭や聖精霊月の話で笑い合う。
緊張していたカナの胸に、じんわりと温かさが広がっていった。
*
食後、部屋に戻ったカナは、机に置いていた『祝祷者の祈りの書』を手に取った。
ページをめくると、やわらかな文字が心に沁みる。
『精霊は、人の心の音色に寄り添う。
力強さよりも、静かな祈りにこそ耳を澄ませる。
祝祷者は精霊に命じるのではなく、
ただ共に在り、願いを紡ぐのだ』
中庭で見た、レイナルトの肩に寄り添う、光の精霊が脳裏に浮かぶ。
あの精霊は、確かに彼の心に寄り添い、そしてカナに花を示した。
「……共に在る、か……」
そっと呟いたその時、窓辺にふわりと舞い降りた光が、小さく揺れて微笑んだように見えた。




