精霊庁・特別授業
静まり返った訓練室に、六つの宝珠が台座に乗せられ、円を描くように並べられていた。
その床には、六角形の魔法陣が、静かに揺らめく光を放っている。
その宝珠は、風、水、火、土、光、闇を象徴する色を帯び、
触れる者の属性に応じて淡く輝く仕組みだという。
エリアスがカナの前に立ち、説明する。
「通常は、この中で一つだけが反応する。
それがその者の属性適性を示すんだ。
カナ、怖がらず、一つずつ触れてみてくれ」
カナは息を呑む。
ふと、小さな風の精霊が寄ってきて、カナの肩へと降りた。
『がんばって』
囁きが聞こえる。
(――うん。ありがとう)
カナは心の中で答えると、その声に背中を押されるように、
魔法陣の中央に立つと、風の宝珠に手を伸ばした。
――ふわり、と風が起こり、宝珠が輝く。
「やっぱり、風……」
そう呟いた瞬間、床の魔法陣からまばゆい光が立ち上り、
水の宝珠が自ら光を放ち、土、火、光、闇と次々に煌めき始めた。
ざわめきが広がる。
試験官たちが慌てて記録を取り、エリアスは言葉を失っていた。
「なっ……全、属性……?」
見つめていた教師陣の中から、ソフィーネの震える声が上がった。
レフルは頷いて呟く。
「こんな現象、記録にない……。
そうか、黒い髪、黒い瞳……」
ハルドが引き継いだ。
「うむ。通常、属性が決まれば髪や瞳に色が宿る。
火なら赤、土なら茶色、風は緑……。
だが、黒は――全ての精霊に等しく愛される者だということか……」
エリアスがカナに向き直り、真剣な声で告げる。
「カナ……君は特別だ。
すべての精霊たちが、君を友と認めている」
*
しばしの沈黙の後、エリアスがゆっくりと口を開いた。
「……カナ、覚えているか? 大聖堂での適性検査の時のことを」
カナは小さく頷く。
「大聖堂? はい。覚えてますが……。あの、何か……?」
エリアスは穏やかに微笑んだ。
「あの時、さまざまな色が重なり合うように強く輝いたんだ。
だから、あらゆる属性の精霊が同時に反応したんだと確信してたよ。
カナ、やはり君はすべての精霊に愛されていたんだ」
その言葉に、カナは息をのむ。
肩に座った小さな水の精霊が、くすぐったそうに笑い、
風の精霊がふわりと髪を揺らす。
まるで、エリアスの言葉を肯定するかのようだった。
エリアスは教師陣を振り返る。
「先生方、カナの魔力覚醒状況はいかがでしょうか?」
レフルが代表して応える。
「覚醒は未だ。ですが、感応練習では素晴らしい結果を見せています。
覚醒も遠くないのではないかと思います」
「そうですか……。ありがとうございます」
エリアスはカナに向かうと言った。
「試してみよう。
カナ、精霊に、力を貸してくれるよう頼んでみてくれ」
「……はい」
しかし、カナが力を借りようとした瞬間――
火の精霊はやさしく頬に触れるだけで、
水の精霊は肩に座ったまま微笑み、
どの精霊も魔法としての力を貸してはくれなかった。
「……あれ? 動かない……」
カナが首をかしげると、風の精霊だけが小さく渦を巻く。
他の精霊は、ただ寄り添うだけで、術にはならない。
少し離れていた場所で見つめていた、学院長のセレスタンが静かに言った。
「精霊は君を信じている。
だが、その力を扱うにはまだ早いということだろう。
……覚醒の時を、待っているのかもしれない」
*
レイナルトは黙ってその様子を見つめていた。
宝珠の輝き、精霊たちの光のざわめき、そしてカナの黒い髪と黒い瞳――
心の奥に、古い伝承の一節が浮かぶ。
<――すべての精霊に愛されし子、
やがて聖印を宿し、契約を果たさん――>
彼は胸の内でそっと呟く。
(……やはり、ただの適性者ではない。
彼女は、国の未来を変えるかもしれない存在だ……)
淡い光が訓練室に揺れ、
特別授業は静かな驚きと共に幕を下ろした。




