自室にて
そして夕食もミリアとサラと一緒に済ませ、カナが自室に戻ったところで、控えめなノックの音が響いた。
「カナ様、失礼いたします。入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。どうぞ」
扉を開けると、管理者のマーサが立っていた。
「明日からの授業に向けて、こちらをお持ちいたしました」
その手には、上質な革装丁のノートと銀細工の羽根ペンを抱えている。
マーサは柔らかな微笑みを浮かべながら、続けた。
「明日の午前中は、精霊科のオリエンテーションから始まります。
学院の規則や、授業の流れを学んでいただきますが、特別に難しいことはございません。
安心して臨んでくださいませ。
……午後には、初めての感応練習も予定されております」
カナは、差し出されたノートとペンを両手で受け取ると、静かに頷いた。
「……ありがとうございます。少し緊張していますけど、頑張ります」
「そのお気持ちだけで十分でございます。どうか今夜はゆっくりとお休みください」
深く礼をして、マーサは静やかに部屋を後にした。
*
部屋に再び静けさが戻る。
カナは机に積まれた教科書を一冊手に取り、そっとページを開いた。
曲線的で流麗な文字が並んでいる。
見たこともないはずなのに――不思議と意味が頭に浮かび、読み進めることができた。
「……読めるんだ……」
小さく呟き、窓に映る自分の姿を見ながら苦笑する。
「……まあ、話せてるし……文字が読めても、おかしくないのかも」
再び教科書に目を落とす。
『精霊との初歩的感応』『属性と契約』『聖印術入門』『精霊史』――
ページをめくるごとに現れるのは、どこまでも異世界らしい幻想的な科目ばかり。
数学や英語の授業が当たり前だった前世の記憶が、ふとよぎる。
「……本当に、全然違う世界の学校なんだなぁ……。
でも、ちょっと面白そうかも」
心の奥で少しだけ高揚感が芽生える。
未知の世界で、これからどんな学びが待っているのだろう――そんな期待が胸を満たしていく。
ペンを手に取り、見慣れない単語を書き写していく。
不思議なことに、手の動きも自然で、インクが紙を滑る感触が心地よい。
窓の外では、学園の中庭に夕陽が差し込み、精霊樹の枝葉が金色に染まっていた。
カナはそっとペンを置き、深呼吸を一つ。
明日からの新しい一日を思い描きながら、静かにページを閉じた。




