第二章・雪辱戦・その一
玉髄は魔海近隣の海上で停泊する事になりました。
問題は悪樓釣りを中断された蕃神たちです。
この世界の人間は、皇族を除けば蕃神たちとの会話が禁じられ、神官たちですら条件つきでの接近しか許されていません。
そのため釣行中は後組員の中甲板(艦内上層)への立ち入りが禁じられているのですが、航海中すべての時間を立ち入り禁止にする訳には行きません。
そしていま、玉髄は巻網媛が壊した浮揚機関を絶賛修理中。
中甲板の往来を止める訳には行かないのです。
こうなると蕃神たちの居場所は、後部艦橋の海図室か伝馬船用格納庫、もしくは甲板くらいしか存在しません。
「それじゃあ、釣りでもしましょうかぁ」
そんな訳で日暮坂由宇の提案により、蕃神たちは二組に分かれ、前甲板と後甲板で釣りを行う事になりました。
魔海での悪樓釣りではなく、ごく一般的な普通の釣りです。
「玉網よ、しばらく神官の仕事はのうなった。蕃神様方と共に釣りでもするがよい」
局長兼神官長にいわれては反論できません。
玉網媛はこれを蕃神たちの接待と解釈し、倉庫から釣り道具を持ち出して甲板に運びます。
「一人じゃ七人分なんて大変だろ。俺が手伝うよ」
なぜか歩がついてきました。
「ではお願いします」
玉網媛は布袋に入った竿とバケツを歩に渡し、釣り道具の入った背嚢を担ぎます。
「いくら悪樓が釣れないからといって、ただの魚で慰めなんて、くだらないと思います」
釣行が中断されて悔しいのは、玉網媛も一緒でした。
しかも取り込みをしくじって機関損傷の原因を作り、名誉挽回の機会もなしでの中断では、イライラが募るばかりです。
「慰めでも気休めでもねぇよ。夕食の魚を釣りてぇだけだ」
「帰港すればご馳走が待っておりますのに……」
「それはそれで楽しみなんだけど、それは明日になるんだろ? ひょっとしたら俺たちゃその前ぇに帰っちまうかもしれねぇって聞いたぜ」
そうなったら、今回の釣行は中止となります。
「それに、やっぱ手前ぇで釣った魚を食うのが一番旨ぇに決まってるからなぁ」
「そんなものでしょうか……?」
本職の料理人が作ったものしか食べた事のない玉網媛には、想像もできない発想でした。
「魚肉はちょいと寝かせたり干した方が旨ぇもんもあるけど、やっぱ釣りたては格別だぜ」
「まさか丸齧りとかしていないでしょうね」
「ちゃんと鱗と内蔵は取ってるぞ?」
南海では、イトヨリダイは漁師や釣り師のおやつ。
簡単に処理してバリバリ食べるのが作法です。
「なんて野蛮な……」
「豪快なのも楽しいぜ? お上品なのもいいけど、たまにゃ羽目を外さねぇとな」
「そんなものでしょうか……?」
傾斜梯子を上って後甲板に出ると、由宇たち三人とが待っていました。
そのうしろには小夜理が、不機嫌そうな顔で、壊れて斜めになった錨鎖車に座っています。
「これで道具と面子が揃ったな」
短髪でちょっとボーイッシュな藍崎恋。
「仕掛けはなにがあるかなー?」
長髪巻き毛の須久原喜美代。
「ちょっと見せてねぇ」
由宇が玉網媛から背嚢を受け取り、中身を確認します。
「おおっ、弓ヅノだ! バケまであるぞ!」
由宇が取り出した小さな金属片を見て、歩が興奮しました。
「なんですのそれ?」
首を傾げる玉網媛。
「ルアー……小魚に見せかけた疑似餌だ。船釣りで青物狙いなら、こいつに勝る代物はそうそうねぇ」
「キラキラしていますね」
七色に光る三日月形の胴体から、鋭い鈎が生えています。
「ああ。削った貝殻で作ってあるんだ」
正直、釣り未経験者の玉網媛には、ここまで綺麗にする理由がわかりません。
「これ上物じゃん!」
「お店で見かけたら絶対に買っちゃいますねぇ」
「いやこれ、そこらの店じゃ売ってないぞ。漁師の注文しか受けてくれないやつだ」
古参組も興奮しています。
「バケは見ての通り、魚の皮で作った疑似餌」
干してそれっぽく切っただけですが、これもそれなりにキラキラして魚の食欲を誘いそうです。
少なくとも玉網媛の興味は誘えています。
「弓ヅノにつけると効果は抜群だ。こうやってエサの代わりにハリにかける」
「使うのが勿体なくありませんか?」
綺麗すぎて傷をつけたくなくなってきた玉網媛でした。
「道具は使ってなんぼだ」
「そうそう、箪笥の肥やしにしたら、バチが当たりますよぉ」
「そうなんですか……」
漁港っ子の発想は理解できません。
玉網媛が知らずにこれを見たら、装飾品と間違えて宝石箱に入れてしまいそうです。
「とにかく釣りだ! 早くしねぇと夕食始まっちまうぞ!」




