第一章・はじめての魔海釣行・その四
今回の魔海は小規模、暗礁アリ、根アリ、沖磯ナシ。
釣果は由宇が釣ったサンノジ(ニザダイ)のみですが、そうホイホイ釣れる魚ではないので、他に別の悪樓が潜んでいる可能性は極めて高し。
ただし特定は困難。
磯は魚種が豊富すぎて、なにが現れても不思議ではありません。
『よっし、かかった!』
古参組の一人である藍崎恋が、神楽杖をピンと立てました。
玉髄の揺れ具合からして、大物ではなさそうです。
「これは儂の出番ではないようじゃ」
巻網媛は露天艦橋で待機していました。
後甲板担当の玉網媛は今回が初めての釣行で、どんな粗相を起こすか見当もつきません。
そのため見晴らしのよい場所で様子を窺うのが妥当と判断しました。
小物の悪樓は砲塔跡の天板に直接落とすので、そこにいると邪魔になる、という理由もあります。
『よっと!』
恋が神楽杖の把手を回して悪樓を引き上げまると……。
『スズメダイか。まあ、こんなもんだよね』
サイズは十五メートル弱。
甲板のどこに落としても余裕で耐える大きさです。
恋は悪樓をゴボウ抜きにして、第一砲塔跡にドカンと落としました、
ちょっとした貨物トラックくらいの重さがありますが、天板の中心に当てたので、艦はほとんど揺れません。
「うむ、あちらも始めたようじゃな」
後部甲板の歩と小夜理が神楽杖の使い方を覚えたのか、宝珠の魚を魔海に投入しています。
小さすぎて魚種までは確認できませんが、おそらくネンブツダイでしょう。
二人は神楽杖を大袈裟に振っていますが、巻網媛はこれが疑似餌を使った釣りの作法であると知っています。
「なるほど、さすがは由宇殿の妹御らよ。堂に入っておる」
蕃神は宝珠の魚と共感し操れるので、本来は竿を振る必要がありません。
しかし釣りの基本を会得しているのなら、じきに気づいて方針を変えるでしょう。
魔海対策局に長く務める巻網媛は、釣り師の適応能力を高く評価していました。
『よっしゃ、こっちもかかったぜぇ!』
歩に神楽杖が撓ります。
疑似餌釣法でかかった悪樓なら、おそらくは獰猛な魚食性。
その重さと引きで、玉髄が揺れ始めました。
『キジハタだ! 結構でけぇ!』
最大で五十センチ以上にもなる中型のハタ。
もちろん悪樓なので、そのスケールは百倍になります。
蕃神たちにとっては大した重量ではありませんが、実際は三百トンを超えるでしょう。
「これは玉網の出番じゃな」
後部艦橋に控えていた玉網媛が、第二砲塔跡の天板に降り立ち、祝詞を唱え始めます。
たかまがはらにかむずまります
すめむつかむろぎかむろみのみこともちて……
海面から鼻先を出したキジハタが、玉網媛の神力で強引に引き上げられました。
悪樓特有のギザギザでちょっとカサゴっぽくなった、鮮やかな深紅の魚が空中に浮かびます。
「……よし、そのまま甲板上へ移動させるのじゃ」
小声で応援する巻網媛。
前途有望な可愛い姪っ子の初仕事に、思わず手に汗を握りました。
しなじなのそのえものを よこやまみきおたらして……
『あっ!』
早くも間違えたようです。
「祝詞を止めるな馬鹿者ッ!」
巻網媛は神力を噴射して跳躍、後部甲板へと一直線に飛びました。
第二砲塔跡にいる玉網媛は、真上から落ちてくるキジハタ悪樓に茫然としています。
「歯を食い縛れ!」
「きゃっ⁉」
低空飛行で玉網媛を鷹のように攫い、肩に担ぎました。
「うわっち⁉」
傍に歩がいるのを見つけて回収、反対側に担ぎます。
小夜理はすでに逃げ出しているのを確認済み。
そして錨鎖車を蹴って空中に飛び上がると神力を噴射、方向転換してキジハタ悪樓の真上に躍り出ました。
「せいやああああぁぁぁぁっ‼」
強大な神力を込めた踵落とし。
重装甲の天板に叩きつけられる悪樓。
空中で一回転した巻網媛は神力噴射で軌道修正し、今度は真下に向かって加速します。
「くらええええぇぇぇぇいっ!」
両膝神力落としを喰らったキジハタ悪樓は、衝撃で気を失い、天板に覆い被さって、すっかりおとなしくなってしまいました。
「すっげぇ!」
右肩に担がれた歩は大喜び。
左肩の玉網媛はのびています。
巻網媛が神力噴射で空中に静止していると、キジハタ悪樓は煙を上げながら、次第に縮み始めました。
あとに残ったのは深紅の宝珠。
悪樓の沈黙を確認して天板に着地すると、甲板に号笛が鳴り響き、玉髄が少しずつ傾き始めました。
「しもうた、少々やりすぎたようじゃ」
いまの衝撃で浮揚機関がいくつか損傷したようです。




