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マジカル!おじさん  作者: ウチぬっこ


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第三話 反社会勢力チェリー

金属扉をくぐった俺は、目の前に広がる光景に思わず足を止めた。


明るい照明に照らされた広い通路。白い壁には監視カメラが設置され、天井には配管やケーブルが整然と並んでいる。


通路の向こうからは、人の話し声や機械の作動音が聞こえてきた。


どう見ても、個人が秘密裏に作った隠れ家という規模ではない。


「……本当に地下なんですよね、ここ」


「見ればわかるだろ」


前を歩く村田が、振り返りもせずに答えた。


「いや、そうなんですけど……。外から見たら、ただのクリーニング屋でしたよ?」


「だからいいんだよ。目立たないだろ」


それはそうかもしれない。


けれど、だからといってクリーニング屋の地下に、こんな施設が広がっているとは普通思わない。


俺は改めて周囲を見回した。


通路の途中には頑丈そうな扉がいくつも並び、扉の横には電子式の認証装置が取り付けられている。


そのうちの一つが開き、中から二人の男が出てきた。


どちらも俺より年上に見える。片方は資料の束を持ち、もう片方はタブレットを操作していた。


二人は村田に気づくと、軽く頭を下げた。


「村田さん、お疲れさまです」


「おう。そっちもご苦労さん」


村田は気軽に返事をした。


二人の視線が、続いて俺へと向けられる。


「……そちらの方は?」


「今日から来ることになったやつだ」


「新入りですか?」


「まあ、そんなところだ」


「ずいぶん急ですね」


「いろいろあってな」


村田はそれ以上説明するつもりがないらしく、再び歩き出した。


俺は慌ててその後を追う。


「ちょっと待ってください。今の人たちもチェリーのメンバーなんですか?」


「ああ」


「ここには、ほかにもたくさんいるんですか?」


「そりゃいるさ。俺一人で組織をやってるわけじゃねえからな」


それはそうだ。


けれど、ここまでの施設を見せられると、いったい何人いるのか想像もつかない。


そもそも、チェリーとは何をする組織なのだろう。


オヤジ狩り隊と敵対していることはわかったが、それ以外は何も知らない。


そんなことを考えているうちに、村田は通路の突き当たりにある大きな扉の前で足を止めた。


扉の横には、小さなプレートが取り付けられている。


『会議室』


村田が認証装置に手をかざすと、電子音とともに扉が開いた。


「失礼します……」


中に入ると、広い部屋の中央に大きなテーブルが置かれていた。


その奥に、一人の男性が座っている。


年齢は五十代半ばくらいだろうか。


仕立てのよさそうなスーツを着こなし、白髪混じりの髪をきれいに整えている。落ち着いた表情には、年齢以上の貫禄があった。


その男性の隣には、丸い眼鏡をかけた細身の男が座っていた。手元の資料に目を落としており、こちらが入ってきても大きな反応は見せない。


「戻ったか、村田」


「おう。連れてきたぜ」


村田が俺の背中を軽く押した。


「こいつが佐久間大輔だ」


「佐久間大輔です。あの……よろしくお願いします」


状況がよくわからないまま、俺は頭を下げた。


すると、スーツ姿の男性が穏やかに微笑んだ。


「ようこそ、チェリーへ。私は大宮明利。この組織の代表を務めている」


「代表……?」


「そうだ。まあ、堅苦しく考えなくていい」


大宮と名乗った男性は、向かいの椅子を手で示した。


「まずは座りなさい。話をしよう」


俺は村田の顔をうかがった。


村田は顎で椅子を示す。


仕方なく、俺はテーブルの向かい側に腰を下ろした。


「さて、佐久間君。突然のことで混乱しているだろう」


「はい……正直、何が何だか」


「それも無理はない。今日一日で、いろいろなことが起きたはずだからな」


大宮は一度、手元の資料に目を落とした。


「まずは、我々チェリーについて説明しよう」


「お願いします」


「チェリーは、国家治安維持局による不当な拘束や、魔法能力者への非人道的な扱いから人々を守るために活動している組織だ」


「非人道的な扱い……?」


「君も今日、オヤジ狩り隊に連れていかれそうになっただろう」


「はい」


「彼女たちは、三十歳を迎えた性行為未経験男性の中から、魔法の素質がある者を調査している。だが、その調査や確保の方法には問題がある」


大宮の表情が少しだけ険しくなった。


「本人の意思を無視した強制的な連行。そして、連行された者がその後どう扱われているのか、外部にはほとんど情報が出てこない」


「でも、国の機関なんですよね?」


「だからこそ、厄介なのだ」


大宮は静かに答えた。


「国の組織だからといって、すべてが正しいとは限らない」


俺は今日の出来事を思い返した。


彼女たちは、俺を対象者と呼んだ。


まるで人間ではなく、管理すべき物でもあるかのように。


「チェリーは、そうした連中に対抗するための組織なんですか?」


「その通りだ」


大宮はうなずいた。


「もっとも、最初からこのような組織を作るつもりだったわけではない」


その声には、わずかな苦みが混じっていた。


「二年前、私の息子がオヤジ狩り隊に連れていかれた」


「息子さんが……?」


「ああ。何の説明もなく連れ去られ、その後、どこにいるのかさえわからなくなった」


大宮は一度、目を閉じた。


「私は資産家として、それなりの人脈も持っている。あらゆる手段を使って息子の行方を追った。だが、国の組織が相手では簡単にはいかなかった」


「それで、チェリーを?」


「そうだ。息子を取り戻すために、私は仲間を集めた」


大宮はテーブルの上で両手を組んだ。


「最初は数人だった。それが少しずつ仲間を増やし、今のチェリーになった」


俺は部屋の中を見回した。


この大きな施設も、すべて息子を取り戻すために作られたということなのだろうか。


「……息子さんは、まだ見つかっていないんですか?」


その質問に、大宮はすぐには答えなかった。


「残念ながら、現在も行方はわかっていない」


そう言って、彼は小さく息を吐いた。


「それでも、私は諦めていない」


その言葉には、強い意志が込められていた。


俺は何も言えなかった。


自分の子供が突然連れ去られ、その行方すらわからない。


想像するだけでも、胸が苦しくなる。


「さて、少し話がそれてしまったな」


大宮は表情を和らげた。


「佐久間君。君をここに連れてきた理由について話そう」


「それです。俺もずっと気になってました」


俺は村田を見た。


「村田さん、俺にチェリーへ入ってほしいって言ってましたよね?」


「言ったな」


「どうして俺なんですか? 俺、魔法なんて使えませんよ」


「それを今から確かめるんだよ」


村田が、隣に座っていた男へ視線を向けた。


「細田、頼むわ」


「わかりました」


男は静かにうなずき、手元の資料を閉じた。


「改めて自己紹介しましょう。細田盛仁です。チェリーでは、魔法能力の解析を担当しています」


「佐久間大輔です。よろしくお願いします」


「こちらこそ。では、少し調べさせてもらいます」


細田は眼鏡の位置を直しながら、俺を見た。


「まず、魔法について基本的な説明をしておきましょう」


「魔法の基本……ですか?」


「ええ。佐久間さんは、魔法を使うために必要な条件をご存じですか?」


「三十歳になった童貞に、まれに発現する……ということくらいです」


「そこまでは知っているのですね。では、発動条件については?」


俺は首を横に振った。


細田は一度うなずき、淡々と説明を始めた。


「魔法の発動には、性的な興奮が必要になります」


「……性的な興奮?」


「はい。男性の場合、性的な興奮によって勃起している状態でなければ、魔法を発動できません」


「えっ?」


思わず聞き返してしまった。


「勃起している間だけ、魔法が使えるということですか?」


「その通りです。勃起が収まれば、魔法も発動できなくなります」


「……つまり、魔法を使うには、その状態にならないといけないってことですよね?」


「簡単に言えば、そうなります」


細田は表情を変えずに答えた。


どうやら冗談ではないらしい。


俺は思わず自分の股間に目を落とした。


魔法というからには、もっとこう、精神を集中させたり、呪文を唱えたりするものだと思っていた。


まさか、そんな条件があるとは。


「ちなみに、魔法の種類や威力によって、必要な興奮の度合いにも差があります。能力を長時間維持する場合にも、それなりの負担がかかります」


「そんな仕組みだったんですね……」


「ええ。ですから、魔法能力者にとっては、能力そのものだけでなく、発動条件を理解することも重要なのです」


村田が横から口を挟んだ。


「まあ、慣れればどうってことねえよ」


「村田さんは慣れているんですか?」


「そりゃ、何年も使ってるからな」


「そ、そうですか……」


なんとも反応に困る話だった。


「では、佐久間さん。少しこちらを向いてください」


細田が椅子から立ち上がり、俺の正面に回る。


「私の魔法は《神眼解析(ラプラス)》。対象の構造や能力を解析することができます。魔法が発現しているかどうかも調べられます」


「それで俺の魔法がわかるんですか?」


「発現していれば、ある程度は」


細田の目が、わずかに細められた。


「では、始めます」


俺は言われた通りにする。


細田が、俺を見つめながら自身の股間を弄る。


すると、額のあたりに妙な感覚が走った。


何かに身体の内側まで見透かされているような、不思議な感覚だ。


数分後、細田の表情が変わった。


「……これは」


「どうした?」


村田が尋ねる。


細田は俺から目を離さないまま、ゆっくりと口を開いた。


「魔法の発現を確認しました」


「えっ?」


俺は思わず声を上げた。


「俺に、魔法があるんですか?」


「はい。間違いありません」


細田は手元の端末に目を向け、解析結果を確認する。


「魔法名は……《邪龍顕現(バハムート)》」


「バハムート……?」


聞き慣れない名前だった。


「かなり特殊な能力ですね。邪龍の力を自身に顕現させる魔法のようです」


「それって、強いんですか?」


俺が尋ねると、細田は少し考えるように間を置いた。


「解析できた範囲では、非常に高い破壊力を秘めています。通常の魔法とは性質が異なる可能性もあります」


「そんなにすごい魔法なのか?」


村田も興味を示した。


「ええ。ただし……」


細田の表情が曇る。


「現時点では、具体的な発動方法まではわかりません」


「発動方法?」


「魔法の存在と性質の一部は解析できました。しかし、どのように力を引き出し、どう制御するのかまでは読み取れないのです」


「つまり、俺は魔法を持ってるけど、使い方はわからないってことですか?」


「そういうことになります」


俺は自分の手を見つめた。


魔法。


しかも、邪龍の力を宿すような、とんでもない名前の能力。


それが自分に備わっている。


正直、まだ実感が湧かなかった。


「すげえじゃねえか、大輔」


村田が笑いながら、俺の肩を叩いた。


「いや、でも使い方がわからないんですよね?」


「これから調べていけばいい。最初から何でもできるやつなんていねえよ」


「それはそうですけど……」


細田は端末を操作しながら、さらに説明を続けた。


「ただ、一つ気になることがあります」


「何ですか?」


「《邪龍顕現》の魔力反応が、かなり強いのです。制御方法を知らないまま発動させるのは危険かもしれません」


「危険……?」


「ええ。能力の全容がわからない以上、無理に発動させるべきではありません」


俺は思わず息をのんだ。


せっかく魔法が使えるとわかったのに、今度は危険だと言われてしまった。


「まあ、焦る必要はねえよ」


村田が俺の肩を軽く叩く。


「まずは能力のことを知るところからだ」


「そうですね……」


「それに、使いこなせるようになれば、かなり頼もしい戦力になるかもしれねえ」


「戦力って……俺、戦うつもりはないんですけど」


「今はな」


村田は意味ありげに笑った。


俺はその言葉が少し気になったが、聞き返すことはできなかった。


「さて」


大宮が静かに口を開いた。


「佐久間君。君をここに迎えたい理由が、少しはわかってもらえたかな」


「……はい。でも、どうして俺の魔法のことを?」


「それについては、まだ話せないこともある」


大宮は穏やかな表情を崩さなかった。


「ただ、君の能力は、我々にとって重要なものになる可能性がある」


「俺が……?」


「もちろん、無理に答えを出す必要はない。まずは自分の能力を理解することから始めればいい」


大宮は真剣な目で俺を見た。


「チェリーにいれば、君を守ることも、魔法の使い方を学ぶこともできる」


俺は黙ってうなずいた。


まだ何もわからない。


自分の魔法がどれほどのものなのかも、どうすれば使えるようになるのかも。


ただ、一つだけ確かなことがある。


俺には、魔法が発現していた。


まさか自分が、本当に魔法使いになるとは思ってもいなかった。


「ところで、村田さん」


俺は気になっていたことを口にした。


「さっきの戦いで使っていた《反射壁》って、どんな攻撃でも防げるんですか?」


「何でもってわけじゃねえ。魔法にも相性があるし、限界もある」


村田は軽く答えた。


「まあ、詳しい話はまた今度だ」


「そうですか……」


「それより、腹減ってねえか?」


「え?」


「飯でも食いに行こうぜ」


村田が立ち上がる。


「細田、あとは頼むわ」


「わかりました」


「佐久間、行くぞ」


「は、はい」


俺は慌てて椅子から立ち上がった。


会議室を出る直前、ふと振り返る。


大宮は、俺のことをじっと見つめていた。


その表情は穏やかだったが、どこか気になるものがあった。


まるで、俺に何かを重ねて見ているような。


「……?」


「どうした?」


村田に声をかけられ、俺は慌てて前を向いた。


「いえ、何でもないです」


こうして俺は、自分に《邪龍顕現(バハムート)》という魔法が発現していることを知った。


だが、その力をどう使えばいいのかは、まだわからない。


三十歳の誕生日。


俺の日常は、もう戻らないところまで変わり始めていた。

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