9話
「……というわけで、最低限動けるようにはなりたい」
朝の空気は冷たい。
街外れの草地で、俺は両腕を組んで宣言した。
戦うにしても、逃げるにしても。
動けなきゃ話にならない。
「特訓、付き合ってくれるか?」
そう言うと、ルミエラは穏やかに微笑んだ。
「ええ。付き合いますよ」
あっさり。
断る選択肢など最初から無いかのように。
「リベルが自分で選んだことですから」
そう言って、俺の正面に立つ。
「まずは現状把握からですね」
その声音は、どこか楽しそうですらあった。
「リベルの魔力総量は、今はそれほど多くありません」
さらっと辛辣。
「肉体強度も平均よりやや上、といったところでしょうか」
ぐさぐさくる。
「ですが」
ここで少しだけ、声の調子が変わる。
「鍛えれば鍛えるだけ伸びるようにしてあります」
「……してあります?」
「ええ」
当然のように頷く。
「成長曲線はかなり素直です。努力がそのまま力になります」
それは、正直ありがたい。
「それに」
さらに続く。
「年齢も、最もポテンシャルの高い状態を維持し続けますから」
「……ん?」
「肉体的な衰えはありません」
にこり。
「老いることもありませんよ」
「さらっととんでもないこと言わなかったか?」
「そうですか?」
首を傾げるな。
不老って言ったよな今。
俺のツッコミを軽く受け流し、ルミエラは一歩近づく。
「そして、もう一つ」
嫌な予感しかしない前置き。
「リベルは種族で言えば吸血鬼です」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できない。
「吸血鬼?」
思わず自分の胸元を見る。
牙なんて、あったか?
「ですから」
ほんの少しだけ、楽しそうに。
「鍛えれば血を操れます」
「ちょっと待て」
情報量が多い。
「自らの血を武器に変えたり、刃を形成したり」
指先で空中に線を描く。
「攻撃の道具にすることも可能ですよ」
数秒、思考が止まる。
「……初耳なんだがそれ」
「説明していませんでしたか?」
「聞いてない。というか今初めて聞いた」
「そうでしたか」
悪びれない。
「まあ、今はまだ無理ですけれど」
「今は?」
「ええ。制御には魔力と集中力が必要ですから」
にこりと微笑む。
「ですが、目標としては悪くないでしょう?」
悪くないどころか。
ロマンの塊だろそれ。
血の剣ってなんだよ。
厨二心が騒ぐぞ。
「……やるしかないじゃん、それ」
思わず呟くと、ルミエラは少しだけ目を細めた。
「ふふ」
その笑みは、神というより。
少しだけ、楽しんでいる教師のそれだった。
「では、まずは走り込みからですね」
「急に現実」
「基礎が全てです」
容赦がない。
俺は大きく息を吐く。
不老。
成長特化。
吸血鬼。
血の武器。
スペックだけ聞けば化け物だ。
でも――
今はただの初心者。
「……よし」
拳を握る。
「付き合ってくれるんだろ?」
「ええ、最後まで」
その言葉は、冗談じゃなかった。
草原に朝日が差す。
守る神と、成長する少女。
その第一歩は、想像よりずっと地味な――
全力ダッシュから始まった。
ーーーーーーーー
特訓は、思っていたよりも地味で、思っていたよりもきつかった。
走る。
振る。
魔力を練る。
転ぶ。
また走る。
ルミエラは基本的に見ているだけだったが、フォームの崩れや魔力の乱れだけは容赦なく指摘してきた。
「そこ、重心が甘いです」
「魔力が散っています」
「呼吸を止めない」
ルミエラはスパルタだった。
半月。
たったそれだけの時間。
けれど、毎日続ければ体は変わる。
最初は一本もまともに振れなかった木剣も、今では形になる。
魔力も、暴れずに手のひらに留められるようになった。
そして――
「E級昇格、おめでとうございます」
冒険者証を見ながら、ルミエラが言う。
俺は思わずそれを見つめた。
本当に、E級と刻まれている。
まだ胸を張れるほどじゃない。
それでも、一歩だ。
ゴブリンも。
最初は震えた。
足も、手も。
でも今は――
「……倒せる」
慣れたとは言わない。
怖さも消えていない。
けれど、逃げるだけじゃなくなった。
木剣を握る手は、もう震えていない。
「順調ですね」
ルミエラの声は穏やかだ。
誇らしげでもなく、驚きでもなく。
当然のように。
「まだまだだけどな」
俺は苦笑する。
それでも、半月でここまで出来るようになった。
それだけで俺は嬉しかった。




