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女神の趣味で美少女吸血鬼に転生しましたが、地上で一緒に暮らすことになりました  作者: こはくさ


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7話

街の南に広がる林は、朝の光を受けて淡く輝いていた。


木々の間から差し込む陽光。

湿った土の匂い。

風に揺れる草のざわめき。


「この辺りに群生しています」


ルミエラが静かに指差す。


地面に目を落とすと、小さな緑の葉がいくつも顔を出していた。


「あ、これか」


依頼書に描かれていた形と一致する。


慎重に根元を持ち、引き抜く。


思ったより簡単だ。


「意外と楽勝だな」


籠に入れると、ルミエラが穏やかに言う。


「最初の依頼ですからね」


その言葉に、少し誇らしくなる。


森は静かだ。


魔物の気配もない。


採取は順調だった。


一つ見つけては籠へ。

また一つ。


いつの間にか、俺はルミエラから少し離れていた。


「この辺、結構あるな……」


足取りが軽くなる。


もっと奥へ。


もっと多く。


早く終わらせれば、報酬もすぐ手に入る。


そのときだった。


――がさり。


茂みが揺れた。


動きが止まる。


音のした方を見る。


ゆっくりと、緑色の影が姿を現した。


小柄な体。

濁った黄色の目。

手には粗末な棍棒。


ゴブリン。


喉が、ひくりと鳴る。


腰に差している初心者用のナイフが、やけに重く感じた。


ルミエラが念のために、と渡してくれたものだ。


手を、ゆっくりと柄に置く。


抜くか?


まだだ。


ゴブリンもこちらを見ている。


すぐには襲ってこない。


低く唸りながら、距離を測っている。


森の音が消えた気がした。


風も、鳥の声も、遠い。


一歩。


ゴブリンが動く。


反射的にナイフを握り締める。


心臓がうるさい。


いけるのか?


俺に。


戦えるのか?


ゴブリンも迷っているようだった。


踏み込むか、逃げるか。


互いに、決めきれない。


その均衡を破ったのは――


「――凍てつけ」


静かな声。


次の瞬間、空気が変わった。


背筋を撫でる冷気。


視界の端から、白い閃光が走る。


ぱきん、と乾いた音。


ゴブリンの足元が一瞬で凍りつき、次の瞬間、氷柱のような塊が横から叩きつけた。


衝撃。


ゴブリンの身体が宙を舞い、木に叩きつけられる。


鈍い音とともに、肉と骨が嫌な方向に歪む。


そのまま、地面に崩れ落ちた。


ぐちゃり、と湿った音がする。


潰れた頭部から赤黒いものが滲み、土と混ざる。


折れ曲がった腕が不自然な方向を向いている。


さっきまでこちらを睨んでいた黄色い目は、もう焦点を結んでいなかった。


森に、再び静寂が戻る。


遅れて、胃の奥がひっくり返る。


「……っ」


喉の奥が焼ける。


思わず口を押さえる。


うっ、と込み上げるものを必死に飲み込む。


さっきまで“敵”だったものが、ただの“壊れた肉の塊”になっている。


これが。


これが、戦いの結果。


遅れて、冷気が肌を刺す。


吐く息が白い。


俺は振り返る。


少し離れた場所に、ルミエラが立っていた。


白い霧のような魔力が、指先からゆっくり消えていく。


表情は穏やかだ。


だが、目は冷えていた。


「ひとりで勝手に行くのは危ないですよ」


静かに言う。


足音もなく近づいてくる。


俺の握ったままのナイフに視線を落とす。


「まだあなたは、戦うことを知らないのですから」


そう言って、そっと俺の手を包み、刃を下へ向けさせる。


力は強くない。


だが、逆らえなかった。


戦うということは、相手を止めることじゃない。


傷つけることでもない。


――壊すことだ。


壊される前に、壊すこと。


目の前のぐちゃぐちゃになった死体が、それを物語っている。


あれを、自分がやるかもしれない。


あるいは、ああなるかもしれない。


膝が、わずかに震える。


ルミエラは一瞬だけ、柔らかく微笑んだ。


「生きているなら、それでいいのです」


凍った地面が、ゆっくりと溶け始める。


赤黒い色が、土に吸い込まれていく。


「戻りましょうか。薬草も充分集まりましたし」


そう言って、俺の手を取る。


温かい。


さっきまであんな冷たい魔法を放っていたのに。


引かれるまま、一歩踏み出す。


森の奥から、風が吹く。


その冷たさは、先ほどの氷よりも、ずっと現実味を帯びていた。


ーーーーーーーーー


街へ戻る頃には、日が傾き始めていた。


門をくぐり、石畳を歩きながらも、俺の頭の中にはさっきの光景が焼き付いて離れなかった。


ぐちゃり、という音。


折れ曲がった腕。


焦点を失った目。


あれをやったのは、ルミエラだ。


何の迷いもなく。


冒険者組合に入ると、昼間の喧騒は少し落ち着いていた。


カウンターの奥から、見慣れた顔がこちらを見る。


「お、戻ったね」


エミルが肘をつきながら笑う。


「どうだった?」


依頼書と薬草の入った籠を差し出す。


エミルは中身を確認し、目を丸くした。


「初めてでこんなに集めてくるなんてやるじゃないか」


ぱん、と軽くカウンターを叩く。


「筋がいいかもねぇ」


――ぐちゃり。


頭の中で、あの音が重なる。


「……ああ」


うまく反応できない。


エミルは少し首を傾げたが、深くは追及しなかった。


「ま、無事ならそれでいいさ」


手際よく換金処理を進め、硬貨を差し出す。


「はい、今回の報酬」


掌に乗る金属の重み。


それが、命のやり取りの結果だと思うと、妙に冷たく感じた。


組合を出る。


外は夕暮れ。


「ご飯を食べましょう」


ルミエラが静かに言う。


「初依頼の成功です。祝うべきですよ」


成功。


その言葉が、胸に引っかかる。


宿に戻り、一階の食堂で簡単な食事を頼む。


湯気の立つスープ。


焼いた肉。


温かい匂い。


だが。


スプーンを持つ手が止まる。


もし。


もし、ルミエラが敵だったら。


あの時。


氷がこちらに向けられていたら。


宙に舞って、木に叩きつけられて、ぐちゃりと。


俺が、ああなっていたら。


喉が締まる。


食べ物の匂いが、さっきの血の匂いと重なる。


「……どうしました?」


向かいに座るルミエラが首を傾げる。


穏やかな顔。


昼間と同じ、静かな声。


けれど、その指先から放たれた氷は、確かに命を砕いた。


「いや……」


言葉が続かない。


自分にできるのか。


あれを。


壊す側に、なれるのか。


あるいは。


いつか、壊される側になるのか。


スプーンを置く。


「……ごめん」


立ち上がる。


「先、戻る」


ルミエラは引き止めなかった。


ただ静かにこちらを見る。


その視線が、少しだけ怖いと感じてしまった。


部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。


震えが、遅れてやってくる。


冒険者になると決めた。


けれど。


今日初めて知った。


戦うというのは、壊すことだ。


そして壊されることだ。


目を閉じると、氷の白が浮かぶ。


その中心に立つ、ルミエラの姿。


――もし、あれが自分に向けられたら。


それだけが胸の中に残っていた。

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