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婚約破棄されたら幸せを拾いました  作者: 夏つばき


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137 友情の行方


大通りに出た途端、アルバート殿下の結婚式を控えているためか、あたりは観光客で溢れ返っていた。

人混みに一瞬うんざりしたが、この観光客たちがうちの商会を潤しているのだと思えば、我慢できた。

人の波を縫うように歩いていると、背後から私の名を呼ぶ声が聞こえた。


「ジェシカ、ジェシカじゃないの?」

「ああ、シャーロット!久しぶりね」


人混みの中、後ろから声をかけてきたのは、友人のシャーロットだった。

手には、綺麗なドレスに似つかわしくない買い物袋を提げている。

パンパンに膨らんだ袋の中身は、食料品や生活用品だろうか。


「今からルナの家へ行くんだけど、よかったらジェシカも一緒に行かない?」

「誘ってくれて嬉しいんだけど、これから夫と待ち合わせしているの」

「あら、いいわね!二人でデートなの?」


「残念ながら、仕事なのよ。お客様のところに行かないといけないの」

「まあ、そうなの?」

「商売繁盛ってことで、いいことなんだけどね」


婚家は、小さいながらも土産物を扱う商会を営んでいる。

夫と共に切り盛りする日々は、かつて思い描いたようなロマンチックな生活ではないが、心は穏やかで幸せに満ちていた。


「そうね。明日は、アルバート殿下の結婚式だものね。ご主人もジェシカも、何かと忙しいわよね」

「まあね。でも、儲かるから、みんなアルバート殿下様様って感じよ」

「うふふ、そうね」


王弟のアルバート殿下の結婚式が、明日行われる。

王族の結婚式の開催に伴い、国外からの賓客を迎えるために街中が整備された。

その結果雇用が生まれ、人々が金を使い、王都は今、好景気に湧いている。

おかげでうちの売り上げも大きく伸びたと、夫は喜びを隠さなかった。


「妃になるアンナ様ってどんな方かしらね。あの美しいと評判のアルバート殿下のお妃になる方だもの。きっと綺麗な方よね」

「・・・ええ、そうね」


ルナの披露宴に遅れてきたシャーロットは、アンナ様の顔を知らない。

シャーロットは披露宴へ向かう途中、陣痛に苦しむ妊婦に遭遇し、病院へ送り届けたために遅れてきた。


先に披露宴会場に着いた私たちが目にしたのは、会場の扉の前で、耳を澄ませている招待客たちの真剣な姿だった。

その異様な光景に怯え、私たちは廊下の隅で、身を寄せ合って固まるしかなかった。

戸惑いの最中、扉が開き、美しい男女が姿を現すや否や、招待客たちはひれ伏するように頭を下げた。

それに倣って慌てて頭を下げたため、ちらりとしか見えなかったが、後になって、あの美しい男女がアルバート殿下とアンナ様だと気がついた。


「でも、ジェシカの花嫁姿も、すごく綺麗だったわよ」

「ふふっ、ありがとう」

「ルナも綺麗だったしね。やっぱり花嫁姿って、いいわよね」


私たちの花嫁姿を素直に褒めるシャーロットは、本当に友人思いで、情に厚い。

私の結婚式で、シャーロットは身内のように招待客一人ひとりに気を遣い、式の終わりには感動のあまり大粒の涙を零していた。


「ルナもジェシカに会いたがっていたわよ。ルナとは出産祝いを届けに行った以来、会っていないんじゃないの?」

「ええ、そうね。ごめんね、私も忙しいのよ」

「いいのよ。結婚すると家のこともあるし、なかなか時間も合わないわよね」


「・・・今日ルナの家に行くのは、お手伝いをするためなの?」

「まあね。でも、いいのよ。手伝いがてら、おしゃべりもするしね」


(ルナは、シャーロットを頼りすぎじゃない?)

シャーロットが手に持つ買い物袋の中身は、恐らくルナに頼まれたものだろう。

人のいいシャーロットは、自分がルナに使われているとは思わないのだろうか。


だが、純粋な好意でルナを手伝えるシャーロットが、少し羨ましくも感じられる。


「でも、わざわざ人の家まで手伝いに行くなんて、大変でしょう?」

「ルナの助けになるなら、いいわよ。赤ん坊がいたら、なかなか家のことまで手が回らないわよね。ルナのお母様はお亡くなりになっているし、お姑さんは手伝ってくれないみたいだしね」


(お姑さんが、ルナの赤ん坊の世話を手伝おうとしない気持ちは、わかるけどね)

歴史あるホランド伯爵家なら、嫁になる者の素行くらいは調べたはずだ。

学生時代にはジェイク様と深い仲だったし、卒業後は積極的に騎士たちに声をかけていたこともあり、伯爵家から見れば、心証は決してよくないだろう。


ましてや、あのアルバート殿下の妃に望まれたアンナ様を袖にしたのだ。

賢いアンナ様を嫁に迎えていれば、ホランド家の行く末も、違っていたに違いない。

伯爵家にとってルナは、息子を誑かした疫病神のように映っているだろう。


しかも、嫡男であるボビー様のもとに男の子が生まれた。

伯爵家との縁を繋ぐ最後の希望だったルナの赤ん坊は、伯爵家からすれば、すでに価値のないものと見なされている。


シャーロットは、ホランド伯爵夫人の悪口を言ってしまったと思ったのだろう。

私の冷めた顔を見て、慌てたように言葉を付け足した。


「お姑さんは、ほら・・・、ヘンリー様のお兄様が捕まったじゃない?きっと、気落ちして手伝いどころではないと思うのよね」

「ああ、そうよね。ホランド伯爵家も大変よね」


詐欺に手を染めたヘンリー様の兄のヒューゴ様は、法により裁かれることとなった。

『罪を憎んで人を憎まず』とは言うが、現実には本人どころか、家族まで白い目で見られることがほとんどだ。

気の弱そうなホランド伯爵夫人は、人目を気にして、外にも出ることさえも億劫に感じているに違いない。


「でも、ルナにはヘンリー様がいるでしょう?」

「ああ、仕事が忙しいみたいで、なかなか手伝えないみたいよ」

「そうなの?主人の騎士の友人は、すごく子煩悩で、あれこれ世話を焼いてくれるそうよ」

「まあ、人それぞれよね」


困ったように眉を下げたシャーロットは、ヘンリー様の本当の姿を知っているのだろうか。


あの日、披露宴にまだ姿を見せないシャーロットを心配し、様子を見に行こうと会場を出た。

廊下の隅には中年の夫人が座り込んでおり、具合でも悪いのかと声をかけかけたが、彼女がじっと階下を覗っていることに気付いた。


階下では、ヘンリー様が美しい女性に激しい言葉を浴びせていた。

思わず会場内の人を呼ぼうと慌てて踵を返した私の手を、中年女性とは思えない力で握りしめられた。

私を見据えながら彼女は口に指を当て、静かに座るよう促してきた。


その静かな威圧に抗えず、私は彼女と並んで、一部始終を見届けることになってしまった。


「主人から聞いたんだけど、ヘンリー様って、評判がよくないんでしょう?」

「・・・・・・さあ、よくわからないわ」


(シャーロットは、ルナから何も聞いていないのかしら?)

ルナが「真実の愛を見つけたんだ」とプロポーズされたと聞いたときは、まるで舞台のヒロインのようで、なんて素敵なのだろうと思った。

親の反対を押し切り、婚約者を捨ててルナとの愛を選ぶなんてロマンチックだと、あの場面を見るまでは本気で信じていた。


ヘンリー様は感情をむき出しにし、相手を見下すような言葉を次々と浴びせていた。

そこにあったのは、運命の恋に身を焦がし、愛するルナを守る王子のような姿ではなかった。

ただ、自分の思い通りにならない相手を罵る男の姿だけがあった。

私が理想の恋人同士だと憧れていた姿は、虚像に過ぎなかったのだ。


一部始終を見届けた夫人は、「内緒よ」と言って、私の手を握りながら、静かに披露宴会場へと連れ戻した。

秘密を抱えていることが嫌で、夫だけには打ち明けたが、シャーロットたちには話していない。


「時間ができたら、またみんなで集まりましょうよ。ルナも、ジェシカに会いたがっていたわよ」

「ええ、そうね」

「フローレンスやルビーも忙しいみたいで、披露宴以来すっかりご無沙汰みたい。私とは会っているんだけどね。ルナとは、なかなか予定が合わないみたいよ」

「みんな学生時代と違って、忙しいのよ」

「まあ、それもそうね」


フローレンスとルビーも、あの場面は見ていない。

だが、披露宴の招待客の様子を目にして、何か思うところがあったのだろう。

あのおしゃべりな二人が、帰り道では口数が少なかった。


他愛のないことを話すうちに、大きな銅像の立つ交差点が目の前に現れた。

夫との待ち合わせ場所へ向かうには、どうしてもここで曲がらなければならない。


「じゃあ、私、こっちの道だから」

「ああ、そうなのね。では、またね」

「ええ、またね。・・・ああ、そうだ、貴女に聞くのを忘れてた!」

「え、なに?」


「フレディ様から、そろそろプロポーズされそうなんでしょう?ルビーから聞いたわよ」

「え、え、ええっ?もう、ルビーったら、おしゃべりなんだから。違うわよ、フレディ様から指輪のサイズを聞かれただけなのよ。だから、まだわからないのよ」

「そんなこと言って。もうほぼ確定なんでしょう?」

「え、え、ええ、まあ・・・」


幸せそうに頬を染めるシャーロットを見て、自然と嬉しい気持ちが湧いてくる。

誰にでも手を差し伸べるフレディ様とシャーロットは、学生時代からずっとお似合いの二人だった。

きっとシャーロットは、優しいフレディ様と幸せな家庭を築くだろう。


「私たち、みんなで貴女の結婚式に行くからね。どんなに忙しくても絶対に駆けつけるから、必ず呼んでね!」

「もうジェシカったら、気が早いわよ。でも、そう言ってくれて嬉しいわ」

「当たり前よ。私たち、友人だもの。貴女の喜ぶときには、私は真っ先に駆け付けるわよ」

「ありがとう。じゃあ、決まったら連絡するわね」

「ええ、またね!」


シャーロットに大きく手を振り、角を曲がる。

学生時代から、嬉しいことも辛いこともずっと分かち合ってきた。

これから先も、私とシャーロットの友情は変わらないだろう。


(・・・・・・でも、ルナは違うけどね)

ヘンリー様がアンナ様を罵る傍ら、ルナは気丈に立っていた。

最後に呆然と座り込むヘンリー様を力強く引っ張り上げる彼女の姿を目にして、この結婚が簡単なものではないと悟った。


ルナを案じ、胸が騒ぐ中、ヒューゴ様が体調を崩して別室で休むことになり、披露宴は開始が遅れた。

その時間に気持ちを立て直したのか、会場に入ってきた二人は、何事もなかったかのように振る舞っていた。


招待客たちもまた、笑顔を浮かべて口々に二人を祝福していた。

しかし、どこか招待客の目は笑っておらず、時折、蔑むような視線がこちらを刺すのを感じた。


あの私を引き留めた夫人も、何事もなかったかのように祝っていた。

それどころか、わざわざルナの側へ行き、祝いの言葉までかけていた。

だが、ルナの身体の線を確かめるように全身へ視線を走らせたその一瞬を、私は見逃さなかった。


皆が笑顔ではあるが、ルナの周りには侮蔑、いや、敵意が溢れているように感じられた。

だからこそ、せめて友人の私だけは、ルナの味方でい続けようと心に決めた。


でも、その決意は、一か月後に開かれた私の結婚式で脆くも崩れ去った。


私の結婚式に、ルナの姿はなかった。

開式直前になって、突然欠席するという連絡が届いたのだ。

ルナにはブライズメイドを頼んでいたせいで、当日の手順は狂い、代わりを務めたルビーは何度も冷や汗を流していた。

もちろん私だって、周りの様子が気になり、心から楽しむことはできなかった。

結婚式後、シャーロットは、まるで自分のことのようにルナの体調不良を詫びてきた。


(・・・・・・体調不良は、誰にでもあるしね)

直接聞かされてはいなかったが、あの披露宴で、ルナが妊娠していることを私は薄々感じ取っていた。

純潔を象徴する白いガーベラのブーケを指差し、意味ありげに笑い合う男たちの姿に苛立ったが、あれはきっとそういう意味だったのだろう。

妊娠していれば、突然の体調不良などよくあることなのかもしれない。


ブライズメイドをルナに頼んだ私にも非があると、自分を納得させるように慰めた。

ただ、ルナからは謝罪の一言も届かなかった。

後日体調が落ち着いた後なら、お詫びの品でも、結婚祝いの品でも持って訪ねて来るだろうと思っていた。

しかし、まったく音沙汰はなかった。


(ルナにとって、私はどうでもいい存在だったわけよね・・・)

シャーロットに誘われて出産祝いを持ち、ルナの元を訪ねたが、その時にも詫びの一言さえなかった。

ただひたすらに、自分の赤ん坊の愛らしさばかりを語り続けていた。


あの時の、虚ろな気持ちは忘れられない。

私はルナの結婚式に参列し、披露宴にも出席した。

もちろん、結婚のお祝いだって渡したし、出産のお祝いもわざわざ持参した。


別に、お金が惜しかったわけではない。

ただ、私がどれだけルナを大事に思っても、ルナにはそれほどでもないのだと突きつけられた気がして、心が一気に冷え込んだ。


だから、シャーロットには悪いが、私がもうルナと関わることはないだろう。

ルナへの不満をフローレンスたちに言ったわけではないが、彼女たちも同じように思うところがあったのかもしれない。

どうやら疎遠になっているらしく、会話していても、ルナのことは決して話題に上らない。


(ああ、ここね・・・・・・)

ただひたすらに足を動かしていたら、いつの間にか待ち合わせ場所に着いたらしい。

待ち合わせ場所も、明日の結婚式のパレードを見に来た観光客で溢れかえっており、夫のいる場所がわからない。


(どこにいるのかしら・・・?)

きょろきょろと辺りを見回すが、視界に映るのは人の頭の海だけだった。

夫も私も、そう背は高い方ではない。

お互いを見つけるのは、簡単なことではなかった。


突然、私の名を呼ぶ大きな声が聞こえ、振り返ると、夫が人混みの中で跳ね上がるように手を振っていた。

周囲の人が驚いたように目を向けるが、夫に気にする様子はない。


「ジェシカ、ここだよ!」

「お待たせして、ごめんなさい。この人混みで、貴方の姿がわからなかったのよ。ずいぶん遅くなったかしら?」

「いや、そんなことはないよ。それより、恥ずかしい思いをさせてごめんよ。君を見つけるには、こうするしかないと思ったものだから」

「いいのよ。私の名を大声で呼んでくれて助かったわ」


「たくさんの人がいるから、僕と会えるか不安だっただろう?」

「大丈夫よ。貴方なら、私を見つけてくれると思っていたもの」

「そうか。じゃあ、はぐれないように気をつけて行こうか」

「ええ」


夫は人混みから守るように私の肩を抱き、安全な歩道側へと引き寄せた。

私を思いやるその仕草に、胸がじんわりと温かく満たされる。


私は、私を大事にしてくれる人と一緒に生きていく。

ルナは、ルナが大事にしたい人を大切にすればいい。

私とルナの道は、これから先二度と交わることはないだろう。


人で身動きが取れないほどの雑踏でも、隣に夫がいると思うと不思議と心が落ち着いた。



お読みいただきありがとうございます。

ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございました。


白いガーベラの花言葉は、「希望」「純潔」「純粋」「律儀」です。

作中の「シャーロット」は、「83 ダニエル様の評価」「132 ルナの決意」に登場しています。

よかったらご覧いただけると嬉しいです。


次回は、ダニエル視点「ダニエルの思い」を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
ルナってやっぱり性格悪いですね… シャーロットが利用され続けないと良いですが…
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