138 ダニエルの思い
今日は、アンナ嬢の結婚式だ。
開式までは、まだ時間はたっぷりある。
今なら会いに行っても邪魔にはならないだろうと王宮の廊下を闊歩する。
警護についている騎士団時代の顔見知りたちが手を振ってくるので、軽く手を挙げて応えた。
本来なら、子爵家の俺が王族の部屋に行くことなどもってのほかだ。
だが、アンナ嬢と頻繁に打ち合わせがある俺には、特別に自由に行き来できる許可が下りている。
(本当に、あっという間の一年だったな)
アンナ嬢と飴の契約をしてから、一年。
すぐにアンナ嬢とアルバート殿下の婚約が発表された。
王家からの依頼で、アスター商会は、この結婚式の装いを全て任されることになった。
おかげでこの一年、目が回るような忙しさだった。
(金の卵どころじゃなかったな・・・)
結婚式には国内どころか、外国の要人も沢山招待されている。
花嫁の衣装は注目の的だ。
この結婚式が終われば、更にアスター商会の名声は高まるだろう。
「ダニエルさん!お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな」
俺の姿をどこからか見つけて駆け寄ってきたのは、フレディだった。
相変わらずひょろひょろとしているが、随分と顔付きがしっかりしてきている。
やはり、守るべき後輩ができると、人は違ってくるのだろうか。
フレディが、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて話しかけてくる。
「どちらへ行かれるんですか?」
「ああ、アンナ様のところだ」
「案内しますね!」
「・・・案内されなくても、大丈夫だ」
「まあ、そう言わずに。俺、これから休憩なんで、途中までご一緒させてください」
俺の了解など関係なく、フレディは俺の隣に並んだ。
何がそんなに嬉しいのか、笑顔だけは変わらない。
「それにしてもすごいですね。結婚式の王族の衣装は、すべてアスター商会が手掛けたんでしょう?」
「ああ、そうだ」
「さすがダニエルさんですね!騎士団でもダニエルさんの噂で持ちきりですよ!」
「噂?」
「仕事で大成功してるって!どんどん事業を拡大してるんですよね」
「まあ、そうでもないが」
「またまた、そんなことを言って。騎士団で支給されるようになった飴も、アスター商会が納品していると聞きましたよ。それに冬用のベストも!あれ、とっても暖かいです」
「そうか、それはよかった」
アンナ嬢が考案したベストは、第五騎士団どころか、騎士団全体で購入が決まった。
飴は勿論、それどころか、目潰しと保湿クリームまでも全てを騎士団が買い上げてくれた。
アルバート殿下の妃となるアンナ嬢への忖度で購入が決まったのかと思ったが、現場の評判が良かったらしい。
サウスビー家もだろうが、販売元となったうちの利益は凄まじく、過去最高益を叩きだして父たちを驚愕させた。
評判を聞きつけた者からの問い合わせも多く、アスター家は嬉しい悲鳴を上げている。
フレディは、感心したように何度も頷いている。
「ダニエルさんは、本当にすごいですよね。叙爵されるんじゃないかって、もっぱら評判ですよ」
「・・・・・・やたら褒めるが、なにかあるのか?」
「あ、バレました?実は俺、今度結婚しようと思ってて」
フレディが、一気に照れたようにはにかんだ。
その顔は、かつて俺が世話してやったときとまったく同じで、思わず苦笑してしまう。
「ああ、そうなのか。おめでとう。じゃあ、花嫁衣裳を用意しないといけないな」
「あ、いや、まだプロポーズはまだなんですけど。でも、決まったら全てアスター商会で揃えますね!」
「ああ、わかった。とっておきのを用意しておくよ」
「よろしくお願いします!」
「今度は忘れないように、俺の名前を出せよ」
「・・・・・・ははっ、そうですね。では、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます!では、俺はここで失礼しますね」
「ああ、またな」
俺に見透かされたのがわかったのか、フレディは耳を真っ赤にして、慌てるように廊下を曲がった。
(・・・・・・まったく、仕方のない奴だな)
結婚予定があるなんてのはただの口実で、結局、俺に話しかけたかっただけに違いない。
仕事を押し付けられていたのを庇ってやっただけなのに、どうしてこうも懐くのか。
フレディに値引きの考えなど微塵もないのは、もう分かっている。
恋人に指輪を買ったときも、俺の名前を出せば割引してもらえることは知っていたはずだが、口にはしなかった。
今回も、正規の値段で買うに違いない。
店の者には、念のためにフレディのことを伝えておく必要があるだろう。
律儀すぎて腹立たしいくらいだが、そこがフレディらしいとも思える。
(アンナ嬢は、フレディが俺に恩義を感じていると言ってたな・・・)
正直、そこまで気にしてもらわなくていいと思う。
それでも、悪い気はしなかった。
ようやくアンナ嬢の部屋まで来ると、扉の前に壁のようにそびえ立っていたのはフランシスだった。
フランシスがこの扉の前にいる限り、許可なき者は、誰もアンナ嬢に近寄れもしないだろう。
「ダニエル、久しぶりだな。お前が忙しくてなかなか会えなかったから、こうして会えて嬉しいよ」
「何言ってるんだ。まるで恋人みたいなこと言うなよ」
「いいじゃないか。だって俺たち、会うのは久しぶりだろ?」
「そうか?それより今、アンナ様の部屋に入っても構わないか?」
「ああ、アンナ様さえよければ構わない」
フランシスの許可を得て、扉の前に立つ。
扉に施された王家の紋章が光を受けて煌めき、王族の威厳を否応なしに感じさせられた。
必死で俺の元に直談判に来たアンナ嬢が王族の一員になるなんて、思いもしなかった。
もう、あの頃の無邪気な彼女はいないのだ。
フランシスに軽く頷いてから、重厚なオークの扉をノックする。
「失礼します。今、お時間よろしいですか?」
「まあ、ダニエル様、来てくださったんですね」
「ええ。アンナ様も忙しいでしょうし、今のうちにご挨拶に伺わせていただきました」
シャンデリアの光が降り注ぐ部屋には、すでにウェディングドレスを纏ったアンナ嬢とルーシーが座っており、柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
こんなに広い部屋なのに、二人で肩を寄せておしゃべりに興じていたようだ。
どうしてこの二人は、これほど仲が良いのだろう。
アルバート殿下が焼きもちを妬くという噂も、あながち嘘ではないのかもしれない。
「来てくださって、本当に嬉しいです。ダニエル様にも、ぜひ見てもらいたかったんですよ」
「え?」
「どうですか?このウェディングドレスは?」
アンナ嬢がソファから立ち上がると、軽やかにくるりと回り、ドレスの裾を優雅に広げた。
光を受けて生地がふわりと揺れ、刺繍がきらめく。
うちで見せてくれたときより、動きのひとつひとつが洗練されていて、目を奪われるほど美しかった。
王宮での厳しい妃教育を受け、懸命に努力したと聞くが、その結果は誰の目にも明らかだ。
「ええ。素敵ですよ」
「そうでしょう?私がデザインしましたからね」
何故かルーシーが、自分の手柄と言わんばかりに鼻の穴を膨らませている。
最近、調子に乗って生意気な口ばかりきくルーシーに、思わず頭にきてしまった。
「自惚れるな。お前はデザインをしたかもしれないが、そのデザインしたドレスに合うように最高級の生地を手配したのも、一流の縫製職人を揃えたのも俺だ」
「まあ!お兄様ったら、ひどいわ!そんなふうに言わなくてもいいじゃないですか!」
「事実を言ったまでだ」
「アンナ様、うちの兄って、ひどすぎますよね!?」
「ふふっ、お二人のお力添えのおかげです。おかげで、こんなに綺麗になりました」
「アンナ様は元がいいですからね!!!」
「うふふ。そう言ってもらえると嬉しいです。でも、ルーシー様のデザインがいいからですよ」
「もうっ、アンナ様ったらぁ」
(この二人、本当に仲がいいよな)
本屋で会って以来、よほど気が合ったのだろう。
忙しい時間の合間を縫っては、用もないのに二人で会っていた。
大しておかしくもないのに、二人で顔を見合わせてきゃっきゃっと笑っている様子は、まるで仲良しの姉妹のようだ。
「アンナ様、あまりルーシーを甘やかさないでくださいね」
「いいじゃありませんか。私、ルーシー様が可愛くて大好きなんですもの」
「そういう問題じゃありません」
(アンナ嬢は王族になるのに、ルーシーの、この図々しい態度!)
ルーシーは、これみよがしにアンナ嬢の腕に手を絡めて、べったりとくっついている。
羨ましいかと言わんばかりに、ルーシーが俺に向けてどや顔をしてくるので、家に戻ったらお灸を据えてやらねばならないだろう。
「でも、明日からルーシー様は、サイレニアに行ってしまうのですもの。今日ぐらいは許してください」
「そうですよ、お兄様。明日から可愛い妹は、サイレニアに行ってしまうんですよ。寂しいでしょう?別れを惜しんで、もっと可愛がってくださってもいいんですよ」
「もう十分可愛がった。それこそ、一生分は可愛がってやったつもりだがな」
「そうですか?まだ可愛がってくれてもいいんですよ?」
「寝言は寝て言え。向こうで、ウィリアム兄さんに迷惑をかけるんじゃないぞ」
「はいはい」
「あんまり調子に乗るんじゃない」
「そんなに言わなくても、わかっています」
(本当にわかっているのか、心配だな・・・)
ルーシーは、憧れのデザイナーの元で修行をするためにサイレニアに行くことになった。
兄もいるし、オリバーも留学生としてサイレニアに行くから大丈夫だとは思うが、それでも悲しい兄の性で、心配は尽きない。
「オリバー様にもな。お前と違って、オリバー様は国費留学生だ。成果を上げないといけないから、忙しいんだ。くれぐれも邪魔するなよ」
「もちろんわかってるわよ」
「本当にわかっているのか?」
「お兄様、しつこいですよ」
しつこく言っても、話の半分も聞いていないのがルーシーの実情だ。
アンナ嬢は俺たちのやり取りを笑いを堪えて見ているが、出来の悪い妹を持つ兄は大変なのだ。
「口答えばかりして・・・」
「あっ、そうだ!私、大事なことを忘れていました!」
「またすぐに誤魔化そうする。いい加減にしろ」
「そんなことしませんよ。私、これからオリバー様を迎えに行かないといけないんです。だから、失礼しますね」
俺の説教を遮るかのように、ルーシーはにっこりと笑ってソファから腰を上げた。
ルーシーが、嫌なことから逃げようとするのはいつものことだ。
「はぁ?お前、今日はアンナ様に付き添う役目をアルバート殿下から仰せつかったんじゃないのか?私用で抜けてどうする。ちゃんと殿下が見えるまで、アンナ様の側にいるんだ」
「ええ。ですから、私がオリバー様を連れて戻ってくるまで、お兄様がアンナ様の側にいてください。それなら大丈夫でしょう?」
「何を勝手に・・・」
「すぐに戻りますから。ではお兄様、アンナ様をお願いしましたよ」
自分の言いたいことだけ言って、逃げるように去って行く妹に頭が痛くなる。
あの呑気な妹には、責任感はないのだろうか。
「本当に・・・。アンナ様、ルーシーが申し訳ありません」
「いいえ。きっとオリバーが、ルーシー様にお迎えを頼んだんだと思いますよ。オリバーこそ、ルーシー様にご迷惑をかけて申し訳ないです」
(王族になるというのに変わらないな)
立場上はアンナ嬢は、俺に頭を下げることがあってはならない。
それでもアンナ嬢は、人目がない時はこうして俺に頭を下げるし、昔と同じ態度を崩さない。
それは嬉しくもあるが、いつまでも俺がアンナ嬢への想いを引きずってしまう原因になっているとは、彼女は露ほどにも思っていないに違いない。
ため息をつきながら、ついでに気になっていたことを聞く。
「・・・・・・ルーシーたちは、どうなっているんですか?」
「どう、とは?」
「ルーシーとオリバー様の仲の進展具合ですよ。ルーシーは、私にそういったことは話さないんですよ」
一年前に、ルーシーがオリバーを「落とす」と決めたが、どうも友人の域から出ていないような気がする。
別に友人なら友人でもいいのだが、兄としては妹の恋の行方が気になって仕方がない。
「うふふ。そんなの、私にもわかりませんよ」
「アンナ様もですか?オリバー様とあんなに仲がいいのに?」
「ええ。いくら姉弟仲が良くても、すべてを話すとは限りませんからね。それに姉とはいえ、弟の恋路に口を出す真似なんかできません」
「・・・そうですね」
「二人のことは、二人に任せるのが一番だと思いますよ。私たちが助けになると思って助言しても、かえって摩擦や誤解を生むだけですよ。馬に蹴られたくなければ、大人しくしておいたほうが身のためです」
「ははっ。そうかもしれませんね」
ルーシーに恋の進展具合を聞こうものなら、馬ではなくとも、犬ぐらいならけしかけられそうな気がする。
心配でも、ここは見守るしかないのだろうか。
アンナ嬢が、再度ため息をついた俺を気遣わし気に見てきた。
それから、もう一度深々と俺に頭を下げる。
「弟が留学するので、今後のうちの事業について、不安に思われたことでしょう。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「ああ、大丈夫ですよ。後任のニコラス様は、優良経営者として表彰されたこともある方ですしね。私としても、問題ないですよ」
オリバーが国費留学生としてサイレニアに行くにあたり、サウスビー家の領主が不在になってしまった。
代わりにアルバート殿下が手配した文官のニコラス様が派遣されることになったが、優秀なので問題はない。
ニコラス様は俺と同じく、金を生むことが大好きだ。
彼ならサウスビー領をますます発展させるだろうし、うちを儲けさせてくれるだろう。
「サウスビー家のおかげで、うちはこれからも、どんどん稼がせていただきますよ。このまま稼ぎ続ければ、王家を超えて、国一番の金持ちになれるかもしれません」
アンナ嬢に本音を滲ませながらにっこりと笑うと、アンナ嬢は、俺に嬉しそうに微笑み返した。
どうしたわけか、アンナ嬢は俺が本音を含ませて話したほうが喜ぶ。
「もう、すぐに悪ぶって。そんなこと、思ってもいないでしょう?」
「いえいえ、そんなことはないですよ。私はお金が大好きですからね」
「またそんなことをおっしゃって。ダニエル様は、学校を建設する資金を沢山寄付してくださったとアルバート様から聞きましたよ」
「ああ、それはいいんですよ。平民にも教育を施して、国を富ませようとするアンナ様の理念に共感しましたからね」
「まあ、そうだったんですね。ありがとうございます」
共感してもらえて嬉しかったのか、アンナ嬢の瞳がパッと輝いた。
アンナ嬢は国民すべてに教育を受けさせようと、精力的に働きかけているらしい。
だが、まだ学校設立の目処さえ立っていない。
国家予算だけでは賄いきれない分は、寄付を募っているのだ。
全国民に普通教育を行き渡らせるなんて甘い考えだとは思うが、どういうわけか、不思議と協力したくなる。
「でも、それは建前です。本音は儲かりすぎているので、やっかまれるのを防ぐためです。寄付すれば、名声も上がりますしね」
「ダニエル様ったら!」
「おまけに寄付すれば、税金を控除してもらえるよう、アルバート殿下が法改正してくださったようですし」
「もうっ・・・!」
「はは、そんなに怒らないでくださいよ。冗談ですよ」
「・・・・・・どちらでもいいですよ。志があっての寄付でも、そうでなくても、寄付は寄付としてありがたいですから」
(・・・・・・アンナ嬢らしいよな)
理想だけでは物事は回らないとよく知っている。
彼女の、現実に根ざした考え方は好きだ。
揶揄いすぎたかもしれないと思い、お詫びの気持ちを込めて言葉を添えてみた。
「おかげで、うちは歴史の浅い成金子爵だったのに、最近では名士と呼ばれるようになりましたよ。周囲の見る目も、随分変わりましたからね」
「・・・そうですか」
「これも、すべてアンナ様のおかげですよ。本当にありがとうございます」
何気なく礼を言ったその瞬間、アンナ嬢の瞳が輝きを増し、まるで小さな星が瞬いたかのようだった。
頬をほんのりピンクに染めたアンナ嬢が、嬉しそうに俺を上目づかいで見上げてくる。
わざとではないのはわかっているが、心臓に悪いからやめてほしい。
「・・・・・・・・・私、少しはダニエル様に恩を返せたかしら?」
「え?恩?」
「ええ。私、ずっとダニエル様に、恩返しができたらいいなって思っていたんです」
「恩って、別に私は何もしていませんが・・・」
「そんなことありません。ダニエル様は、私の拙い事業計画を聞いてくれました」
「いや、そんな・・・」
「それに、何も知らなかった私に、商売のコツを親切に教えてくれたじゃありませんか」
「そんな大したことでは・・・」
「ダニエル様にとっては、大したことではなかったかもしれませんが、私にとっては大したことだったんです。あの時から、できることならダニエル様に恩返ししようと、心に決めていたんです。これで、少しはお返しできましたか?」
「え、ええ、勿論ですよ。多すぎるくらい返してもらいましたよ」
「ふふっ。そう言ってもらえるなんて、本当に嬉しいです」
アンナ嬢が目を潤ませながら、両手を口にあてて、もう一度嬉しそうに笑った。
落ち着いた洗練された女性になったと思ったが、そんな表情をすると昔のアンナ嬢そのままだった。
「・・・・・・そんな表情を見せると、付け込まれますよ。昔、そう教えましたよね?」
「いいではありませんか。だって、私たち、『友人』でしょう?」
「『友人』、ですか」
「ええ。私たちは『友人』でしょう?ダニエル様が、私のことを友人だと言ってくださったんですよ」
下心で友情を求めたときのことだろうか。
それとも、本心から言ったときのことだろうか。
アンナ嬢は、俺の嘘くさい笑顔を見抜きながらも、それでもずっと俺を信じてくれていたのだろうか。
「・・・・・・・・・そうでしたね」
「ええ。これからも、ずっと友人でいてくださいね」
「・・・もちろんですよ」
不覚にも目が潤みそうになって、慌ててまぶたを半分閉じて微笑んだ。
くっと息を飲み込み、無理やり涙を抑え込む。
どうしてアンナ嬢は、俺の心の奥にある一番柔らかな部分に、こうも触れてくるのだろう。
「だから、私の前では誤魔化さないでくださいね」
いきなりアンナ嬢が、俺の頬をぎゅっと両手で摘んだ。
優しく摘んでいるから痛くはないが、突然のことにびっくりする。
「・・・・・・何をするんです?」
「私も、ダニエル様との付き合いは長いですからね。ダニエル様が本心を隠そうとする時は、すぐにわかります」
「・・・・・・それは」
「私たちは『友人』でしょう?言いたくないことは言わなくていいですが、寂しい時や辛い時は、必ず私を頼ってください。ダニエル様の元気が出るまで、ずっとそばにいます」
「・・・・・・・・・なんで、私が寂しさを感じているなんて思ったんですか?」
「部屋に入ってきた時から、何だか切なそうにしてらっしゃったから。ルーシー様が、明日サイレニアに行ってしまうのが寂しいのでしょう?」
「・・・・・・いえ、違いますよ」
「あら、そうなのですか?本当に?」
探るように俺の目を覗き込んでくるので、慌てて目を逸らす。
鈍いアンナ嬢には、俺の気持ちは一生伝わらないだろう。
でも、その方が『友人』としてずっとそばにいれる。
アンナ嬢の壊滅的な鈍さが、今この瞬間に限ってはありがたく思えた。
「そうですよ」
「・・・・・・私の勘違いかしら?」
「ええ。そうです」
首を傾げて、俺を上目遣いに見てくるアンナ嬢には、あざとさのかけらもない。
彼女の、この純粋さが、どうにも俺の心を捉えて離さない。
「でも、そうですね。そのお気持ちは嬉しいです」
「ええ。私を信じて、何でも言ってくださいね。私もダニエル様には、何でも相談しますから」
俺の嘘偽りのない言葉に、ふわんと無邪気に微笑むアンナ嬢に、魂の全てを持って行かれそうになる。
何の邪気もなく、赤ん坊のように笑うアンナ嬢には、すべてを賭けても惜しくない。
今までずっと家のために働いてきたし、これからも家のために尽くすのだ。
一つぐらい、自分の我儘を通してもいいだろう。
(・・・こんなふうに想える女性に出会えただけでも、幸せなのかもしれないな)
そう思った瞬間、ルーシーの楽し気な笑い声に交じって、オリバーのよく通る低い声が聞こえてきた。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価をしていただきありがとうございました。
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ」は、江戸時代末期に作られたとされる都々逸の一つだそうです。馬の体重は500kg前後。蹴られたら大変ですよね・・・。




