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婚約破棄されたら幸せを拾いました  作者: 夏つばき


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136/153

136 迎え


「お父様、お話は終わった?」

「ベス!!!」


扉を開けてひょっこり顔を出していたのは、私が刺繍を施したドレスを身に纏ったベスだった。

うちにいた時と同じように悪戯っぽく微笑むベスが可愛いすぎて、涙が出そうになる。


「アンナ!会いたかったわ!!」

「ベス!!!」


ベスが嬉しそうに駆けてきて、私に飛びついてきてくる。

ぎゅっと抱きしめると、ベスを抱きしめた時に感じていた、あの温かい体温が伝わってきた。

もう二度と会えないと思っていたベスが、私の腕の中で微笑んでいた。

嬉しくて、嬉しくて、涙を我慢するのがやっとだった。


「ベス、元気だった?」

「ええ、もちろんよ!」

「お母様たちと仲直りはできたの?」

「ええ、できたわ。ちゃんと思ってることも、全部言えたのよ」

「すごいわ、ベス!」

「ふふっ、すごいでしょう」


ベスは私の問いに楽しそうに笑って答え、最後にいたずらっぽくウィンクしてみせた。

口も目も引き攣りっぱなしで、慣れていないのが一目でわかる。

王宮に戻ってきてから、誰かに教えられたのだろうか。

陛下が隣で苦い顔を浮かべているのに、ベスは気にすることなく、私に笑顔で話し続けた。


「アンナの言う通り、誰も怒ってなかったわ」

「そ、そう。よかったわ」

「帰ってきたら、私の大好きなシュークリームが用意されてたの!お腹がはちきれるほど食べたわ!」

「まあ、よかったわね!」

「私が何をしても、誰も怒らないし、勉強も、刺繍の練習も、な~んにもしなくて遊び放題!!!」

「そうなの?」


(私が家出した時は、どうだったかしら・・・?)

もう昔のことで、自分の頃のことはほとんど記憶にない。

でも、やっと自分の元に帰ってきた娘なのだ。

どれだけ甘やかしても、甘やかし足りないだろう。


「でも、そんな特別待遇も3日くらいだったけどね」

「え?」

「最初はみんなすごく優しかったけど、すぐに元通りになったわ。お母様は、相変わらずガミガミ怒るのよ」

「えぇ!?そうなの!?」


「そうなの。でも、いいのよ。怒らないお母様なんて、お母様じゃないからね」


ベスは、まるで全てをわかっているかのように、楽しそうに笑った。

ほんの少し離れていただけなのに、なんだかお姉さんになったみたいだ。

こんな短期間で背が伸びるわけはないのに、着ているドレスまで短くなったように感じる。


「ベス、ドレスを着てくれてありがとう」


ルーシー様やアスター商会の品と比べると、私の刺繍なんて素人紛いで見られたものではないだろう。

私が今日来ることを配慮して、王妃様がこれを着せてくれたのだろうか。


だが、ベスは嬉しくてたまらないといった表情で、ドレスを摘んで見せた。


「ふふふ、どう?可愛いかしら?」

「え、ええ!もちろんよ!!すごく可愛いわ!!!」

「可愛いでしょう?ライアンが届けてくれたのよ。タイラーのお手紙と一緒に」

「タイラーが・・・」


(アルバート様の手紙と一緒に送ってくれたのね・・・)

タイラーは、ベスが喜んで着るということがわかっていたのだろうか。


私が刺繍したものなんて、と自分を卑下したことを恥じる。

ベスは、人の気持ちを汲める優しい子だ。

どんなに高級なドレスがあろうとも、私の刺繍したドレスを選んでくれただろう。


「タイラーが、マジックのコツを書いてくれたのよ。アンナにマジックを見せていなかったでしょう?食事が終わったら披露するから、ちゃんと見てね」

「わかったわ。楽しみにしてるわね」

「私、すごく上手なのよ。お父様なんて、私のマジックに毎回びっくりするの!」


嬉しそうに手をひらひらさせながら、ベスはにこにこと笑った。

ベスが得意げに笑う一方で、陛下は目を閉じ、苦笑いを浮かべている。


(きっと下手なのね・・・)

おそらく、今まで何十回も同じマジックを見せられたに違いない。

だけど、可愛い娘の誇らしげな顔を見たくて、陛下はつい大げさに褒めてしまうのだろう。

そんな陛下の様子がありありと想像できて、笑いを堪えるために下を向いて誤魔化した。


「それよりアンナ、食堂に行きましょうよ。アルバートおじ様が、アンナのことを心配して、気が気じゃないみたい」

「えぇ?」


「でもおじ様は、イザベラおば様のおしゃべりに捕まって、食堂から出られないのよ。私だって食堂にいなさいってお母様に言われているのに、おじ様ったら、必死に私に合図を送るのよ」


「アルバート様ったら・・・」

「大人は自分が困ると、すぐ子どもを使うわよね」


一丁前に口を尖らすベスが可愛くて、つい笑ってしまう。


でも、確かにそうかもしれない。

大人はわからないと思って子どもを都合よく扱うけれど、子どもはあえてその期待に応えてくれているだけなのだ。

ついつい子どもの優しさに甘えてしまう自分を、反省しなけらばならない。


「ほら、早く行きましょうよ」

「わかったわ。もうベスったら、セオドアのせっかちが移ったんじゃない?」

「違うわ。イザベラおば様よ」

「ふふふっ、そうよね。せっかちなのは、イザベラ様だわ」


イザベラ様に比べたら、セオドアはせっかちの内にも入らないだろう。


気が急くのか、ベスはどんどん早足になり、しまいには駆けだしてしまった。

陛下はベスとの距離が離れたことを確認すると、私の耳元に顔を寄せてきた。


「・・・ところでアンナ嬢。セオドアとは、どういう男なのだ?」


「セオドア、ですか?」

「ベスが頻繁に名前を出すものだからね。つい気になってしまうのだが」

「セオドアは、私の弟の乳兄弟なんです。ベスと仲が良くて、うちで兄妹のように過ごしていました」


セオドアは、オシロイバナや毒キノコをベスに教え、ロバにも乗せた張本人だ。

行方不明になった時は、心配のあまり感情が昂りすぎて叩きもしたが、それぐらいで二人の絆は壊れない。

セオドアもそうだが、ベスはセオドアのことが大好きだ。


余程セオドアが気になるのか、陛下は視線をそらしながら、少し決まり悪そうに尋ねてきた。


「そうか。いや、その、セオドアの中身はどうなのか?」

「セオドアは・・・、誰よりも優しくて、真っ直ぐな気性の持ち主です」


「・・・・・・・・・優しくて、真っ直ぐか。それは、苦労しそうだな」

「ええ、そうですね」


(・・・人として素晴らしいことが、必ずしも社会で讃えられるとは限らないものね)

セオドアの美点であるが、長い物に巻かれることができないセオドアは、要領よく世間を渡ることはできないだろう。

周囲の者と衝突して、孤立を深めるかもしれない。

扱いづらい者として、騎士団で浮くかもしれない。


でも、それでこそセオドアだし、あの子は自分の信念に従って生きていくことだろう。

理解してくれる者の数は少ないだろうが、その分、深い信頼を得ることはできるはずだ。


「お父様、アンナ、早くおいでよ!」


私たちの歩みが遅いのが気になったのか、ベスは振り返り、声を張り上げて叫んできた。

私たちが手を振ると、先に行けと言われたでも思ったのか、ベスは勢いよく駆け出した。


ベスの後ろ姿が次第に遠ざかる中、陛下は黙って目元を押さえていた。


「陛下!?」


「いや、なんかベスがもう嫁に行ってしまう気がして・・・」

「嫁って・・・、ベスは、まだ7歳ですよ」

「成人まで、あと10年しかないじゃないか・・・!」


(いや、そうだけど!?こんなに早くから考えなくてもよくない?)

ベスの花嫁姿を思い描き、こみ上げる涙を抑えきれなかったのか、陛下はハンカチで目元を拭った。

陛下のハンカチには、あのサツマイモにしか見えない紫の薔薇が刺繍してあった。


「陛下、そのハンカチは・・・」

「ああ、ベスが刺繍してくれたものだ。私にお土産としてくれたよ。随分と上手くなったものだ」

「え?」

「ほら、とても上手だろう?」

「・・・・・・ええ」


(もしかして、本気で言ってるの?)

誇らしげにハンカチを私に見せる陛下だが、申し訳ないが親バカもいいところだ。

誰もが呆れるベスの不器用ぶりを象徴するようなハンカチを、陛下は、まるで国宝かのようにそっとポケットに仕舞い込んだ。


「あ、アルバート様」


先の見えないほどの長い廊下の向こうから、ベスはアルバート様と手を繋ぎながら戻ってきた。

アルバート様は私の顔を見ると、ホッとしたように息をついた。


「アンナ嬢、大丈夫か?」

「ええ、そんなに心配しなくても、何もありませんよ。ただ陛下とお話をさせていただいただけです」

「だが、予定していた時間よりずいぶんと遅かった」


(いや、5分で話を終えるのは無理があるでしょう?)

アルバート様は憤慨した様子で、陛下に抗議めいた言葉を口にした。


「兄上、約束の時間はとうに過ぎていますよ」

「ああ、すまない。だが、私もアンナ嬢と話をしたかったのだ」

「約束は約束でしょう?」

「そう責めてくれるな。なかなかゆっくり話す機会がないのだから、いいではないか」

「それでもです。これからは、私を差し置いてアンナ嬢と話すような真似はよしてください」

「悪かった、悪かった。どうやら、私の弟は随分と嫉妬深かったようだ」

「兄上!」


(ふふっ、おかしいわ)

私の前ではいつも落ち着いているアルバート様が、妙に子どもっぽい。

陛下の揶揄に照れて怒る様子が手に取るようにわかる。

それでも、二人の間にはどこか可笑しさを伴ったじゃれあいがあり、まさしく仲の良い兄弟そのものだった。

可笑しくてひとりで笑っていると、アルバート様がふと目を向けてきた。


「アンナ嬢。何がおかしいのだ?」

「いえ。アルバート様の色々な表情を見られるのが楽しくて」

「あら。おじ様の表情って変わってた?私には、いつものおじ様に見えたけど?」


ベスの言葉に、思わずアルバート様と顔を見合わせてしまった。

言われてみれば、アルバート様の表情は変わっていないようにも見える。

だけど、何故だか今は、アルバート様の表情がはっきりとわかる。


「・・・・・・仲が良くて何よりだな」

「兄上」

「ああ、そう照れるな。揶揄ったわけではない。本心だ。アルバート、本当にいい縁を結んだな」


「・・・はい」


「アンナ嬢、弟をどうかよろしく頼む」

「はい」


陛下の瞳には、言葉にできないような思いが滲むように、わずかな潤みが浮かんでいた。

その瞳の奥にあるのは、嬉しさと、そして守ってきた者が旅立つときの寂しさだろう。

私がオリバーに感じた気持ちを、陛下もまた味わったのかもしれない。


アルバート様にその気持ちを悟られたくなかったのか、陛下はパッと視線をベスに移した。


「さあ、ベス。私たちは先に行こう。食堂には、リチャードたちがいるだろう?きっと今ごろ大変なことになっているはずだ」

「ええ、そうね。リチャードは抱っこされるのを嫌がって床を這いまわっているし、ダイアナは、泣いてぐずっていたわよ」

「セインは?」

「セインはお利巧さんに本を読んでいたはずよ。でも、あの子は虫が好きよね?部屋の隅にクモがいたから、もしかしたら観察してるかもしれないわ」


「・・・そうか。そのクモをイザベラが見つけたら、大騒ぎだろうな」

「その前に、リチャードが見つけたら大変じゃない?あの子ったら、何でも口に入れるわよ。もしリチャードがクモを口にでもしたら、お母様は卒倒すること間違いなしね」

「大変だ!アルバート、アンナ嬢、私たちは先に失礼するよ。二人でゆっくり食堂に来るといい。その頃には落ち着いているはずだ」


「わかりました、兄上」


アルバート様の返事を合図に、親子揃って楽しそうに競争するかのように駆け出した。

不思議なことに、走り方がそっくりで笑える。


「アルバート様。もしかして陛下って、運動することが得意でした?」

「ああ、そうだな。兄上は、昔から運動がよくできていた」


「手先は・・・?」

「いや、それは知らないが。どうかしたのか?」

「いえ、なんとなくお二人が似ているなと思ったものですから」

「それはそうだろう。親子だからな」

「ふふっ、そうですよね」


なぜ私が笑っているのか、分からなかったのだろう。

不思議そうに片眉をあげたアルバート様の仕草は、イザベラ様にそっくりだった。


外見や性質は、親に似る。

そして、仕草や遊び方は兄弟に似るのかもしれない。


(・・・・・・いえ、多分違うわね)

血の繋がりとは関係なしに、長い時間を一緒に過ごすようになれば、お互いに似てくるのかもしれない。


「そんなに笑って、どうしたのだ?」

「いえ。その内、私とアルバート様も似てくるのかと思ったら、おかしくて」

「似てくる?私たちが?」

「同じ時間を一緒に過ごすようになると、似てくるでしょう?」


「さあ、どうかな。でも、似ていようと違っていようと、私が君を好きであることには変わりはない」

「・・・・・・・・・あ、ありがとうございます」


(アルバート様って、こんなにポンポン愛の言葉を囁く人なの!?)

思いがけないアルバート様の言葉に、頬が赤くなってくるのがわかった。

そんな私をアルバート様が愛おしそうな目で見てくるから、余計に熱が集まってくる。

多分、私の顔は真っ赤だろう。


「・・・そろそろ行こうか。兄上はまだしも、姉上は痺れを切らしているだろう」

「そうですね。イザベラ様ですものね」

「朝、君と話したばかりなのに、もう君と話したくてたまらないそうだ」

「えぇ?」

「それに、ベスの母親である義姉上も、君と話せるのを楽しみにしている。君がベスに刺繍をさせたから、そのコツを知りたいと言っていた。どうやらベスが刺繍を仕上げたのは、あの時が初めてだったらしい」


「・・・そ、そうですか。でも、王妃様と思うと緊張します」


よく考えてみれば、これから昼食を共にするのは王族だ。

普通に暮らしていたら、会うことさえできない人たちだ。


「大丈夫だ。皆、君を歓迎している」

「は、はい」


「さあ、一緒に行こう」


安心させるように微笑むアルバート様の腕に、そっと手をかける。

緊張しつつも、アルバート様と一緒なら、どこへでも行ける気がした。



お読みいただき、ありがとうございます。

ブクマ、評価、誤字のご指摘をしていただきありがとうございました。


補足ですが、陛下が持っていたハンカチは、「51 狼煙と旗」で、ベスがポケットに入れていたハンカチです。

次回は「友情の行方」(第三者視点)を投稿予定です。

よかったら、引き続きお付き合いください。

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