136 迎え
「お父様、お話は終わった?」
「ベス!!!」
扉を開けてひょっこり顔を出していたのは、私が刺繍を施したドレスを身に纏ったベスだった。
うちにいた時と同じように悪戯っぽく微笑むベスが可愛いすぎて、涙が出そうになる。
「アンナ!会いたかったわ!!」
「ベス!!!」
ベスが嬉しそうに駆けてきて、私に飛びついてきてくる。
ぎゅっと抱きしめると、ベスを抱きしめた時に感じていた、あの温かい体温が伝わってきた。
もう二度と会えないと思っていたベスが、私の腕の中で微笑んでいた。
嬉しくて、嬉しくて、涙を我慢するのがやっとだった。
「ベス、元気だった?」
「ええ、もちろんよ!」
「お母様たちと仲直りはできたの?」
「ええ、できたわ。ちゃんと思ってることも、全部言えたのよ」
「すごいわ、ベス!」
「ふふっ、すごいでしょう」
ベスは私の問いに楽しそうに笑って答え、最後にいたずらっぽくウィンクしてみせた。
口も目も引き攣りっぱなしで、慣れていないのが一目でわかる。
王宮に戻ってきてから、誰かに教えられたのだろうか。
陛下が隣で苦い顔を浮かべているのに、ベスは気にすることなく、私に笑顔で話し続けた。
「アンナの言う通り、誰も怒ってなかったわ」
「そ、そう。よかったわ」
「帰ってきたら、私の大好きなシュークリームが用意されてたの!お腹がはちきれるほど食べたわ!」
「まあ、よかったわね!」
「私が何をしても、誰も怒らないし、勉強も、刺繍の練習も、な~んにもしなくて遊び放題!!!」
「そうなの?」
(私が家出した時は、どうだったかしら・・・?)
もう昔のことで、自分の頃のことはほとんど記憶にない。
でも、やっと自分の元に帰ってきた娘なのだ。
どれだけ甘やかしても、甘やかし足りないだろう。
「でも、そんな特別待遇も3日くらいだったけどね」
「え?」
「最初はみんなすごく優しかったけど、すぐに元通りになったわ。お母様は、相変わらずガミガミ怒るのよ」
「えぇ!?そうなの!?」
「そうなの。でも、いいのよ。怒らないお母様なんて、お母様じゃないからね」
ベスは、まるで全てをわかっているかのように、楽しそうに笑った。
ほんの少し離れていただけなのに、なんだかお姉さんになったみたいだ。
こんな短期間で背が伸びるわけはないのに、着ているドレスまで短くなったように感じる。
「ベス、ドレスを着てくれてありがとう」
ルーシー様やアスター商会の品と比べると、私の刺繍なんて素人紛いで見られたものではないだろう。
私が今日来ることを配慮して、王妃様がこれを着せてくれたのだろうか。
だが、ベスは嬉しくてたまらないといった表情で、ドレスを摘んで見せた。
「ふふふ、どう?可愛いかしら?」
「え、ええ!もちろんよ!!すごく可愛いわ!!!」
「可愛いでしょう?ライアンが届けてくれたのよ。タイラーのお手紙と一緒に」
「タイラーが・・・」
(アルバート様の手紙と一緒に送ってくれたのね・・・)
タイラーは、ベスが喜んで着るということがわかっていたのだろうか。
私が刺繍したものなんて、と自分を卑下したことを恥じる。
ベスは、人の気持ちを汲める優しい子だ。
どんなに高級なドレスがあろうとも、私の刺繍したドレスを選んでくれただろう。
「タイラーが、マジックのコツを書いてくれたのよ。アンナにマジックを見せていなかったでしょう?食事が終わったら披露するから、ちゃんと見てね」
「わかったわ。楽しみにしてるわね」
「私、すごく上手なのよ。お父様なんて、私のマジックに毎回びっくりするの!」
嬉しそうに手をひらひらさせながら、ベスはにこにこと笑った。
ベスが得意げに笑う一方で、陛下は目を閉じ、苦笑いを浮かべている。
(きっと下手なのね・・・)
おそらく、今まで何十回も同じマジックを見せられたに違いない。
だけど、可愛い娘の誇らしげな顔を見たくて、陛下はつい大げさに褒めてしまうのだろう。
そんな陛下の様子がありありと想像できて、笑いを堪えるために下を向いて誤魔化した。
「それよりアンナ、食堂に行きましょうよ。アルバートおじ様が、アンナのことを心配して、気が気じゃないみたい」
「えぇ?」
「でもおじ様は、イザベラおば様のおしゃべりに捕まって、食堂から出られないのよ。私だって食堂にいなさいってお母様に言われているのに、おじ様ったら、必死に私に合図を送るのよ」
「アルバート様ったら・・・」
「大人は自分が困ると、すぐ子どもを使うわよね」
一丁前に口を尖らすベスが可愛くて、つい笑ってしまう。
でも、確かにそうかもしれない。
大人はわからないと思って子どもを都合よく扱うけれど、子どもはあえてその期待に応えてくれているだけなのだ。
ついつい子どもの優しさに甘えてしまう自分を、反省しなけらばならない。
「ほら、早く行きましょうよ」
「わかったわ。もうベスったら、セオドアのせっかちが移ったんじゃない?」
「違うわ。イザベラおば様よ」
「ふふふっ、そうよね。せっかちなのは、イザベラ様だわ」
イザベラ様に比べたら、セオドアはせっかちの内にも入らないだろう。
気が急くのか、ベスはどんどん早足になり、しまいには駆けだしてしまった。
陛下はベスとの距離が離れたことを確認すると、私の耳元に顔を寄せてきた。
「・・・ところでアンナ嬢。セオドアとは、どういう男なのだ?」
「セオドア、ですか?」
「ベスが頻繁に名前を出すものだからね。つい気になってしまうのだが」
「セオドアは、私の弟の乳兄弟なんです。ベスと仲が良くて、うちで兄妹のように過ごしていました」
セオドアは、オシロイバナや毒キノコをベスに教え、ロバにも乗せた張本人だ。
行方不明になった時は、心配のあまり感情が昂りすぎて叩きもしたが、それぐらいで二人の絆は壊れない。
セオドアもそうだが、ベスはセオドアのことが大好きだ。
余程セオドアが気になるのか、陛下は視線をそらしながら、少し決まり悪そうに尋ねてきた。
「そうか。いや、その、セオドアの中身はどうなのか?」
「セオドアは・・・、誰よりも優しくて、真っ直ぐな気性の持ち主です」
「・・・・・・・・・優しくて、真っ直ぐか。それは、苦労しそうだな」
「ええ、そうですね」
(・・・人として素晴らしいことが、必ずしも社会で讃えられるとは限らないものね)
セオドアの美点であるが、長い物に巻かれることができないセオドアは、要領よく世間を渡ることはできないだろう。
周囲の者と衝突して、孤立を深めるかもしれない。
扱いづらい者として、騎士団で浮くかもしれない。
でも、それでこそセオドアだし、あの子は自分の信念に従って生きていくことだろう。
理解してくれる者の数は少ないだろうが、その分、深い信頼を得ることはできるはずだ。
「お父様、アンナ、早くおいでよ!」
私たちの歩みが遅いのが気になったのか、ベスは振り返り、声を張り上げて叫んできた。
私たちが手を振ると、先に行けと言われたでも思ったのか、ベスは勢いよく駆け出した。
ベスの後ろ姿が次第に遠ざかる中、陛下は黙って目元を押さえていた。
「陛下!?」
「いや、なんかベスがもう嫁に行ってしまう気がして・・・」
「嫁って・・・、ベスは、まだ7歳ですよ」
「成人まで、あと10年しかないじゃないか・・・!」
(いや、そうだけど!?こんなに早くから考えなくてもよくない?)
ベスの花嫁姿を思い描き、こみ上げる涙を抑えきれなかったのか、陛下はハンカチで目元を拭った。
陛下のハンカチには、あのサツマイモにしか見えない紫の薔薇が刺繍してあった。
「陛下、そのハンカチは・・・」
「ああ、ベスが刺繍してくれたものだ。私にお土産としてくれたよ。随分と上手くなったものだ」
「え?」
「ほら、とても上手だろう?」
「・・・・・・ええ」
(もしかして、本気で言ってるの?)
誇らしげにハンカチを私に見せる陛下だが、申し訳ないが親バカもいいところだ。
誰もが呆れるベスの不器用ぶりを象徴するようなハンカチを、陛下は、まるで国宝かのようにそっとポケットに仕舞い込んだ。
「あ、アルバート様」
先の見えないほどの長い廊下の向こうから、ベスはアルバート様と手を繋ぎながら戻ってきた。
アルバート様は私の顔を見ると、ホッとしたように息をついた。
「アンナ嬢、大丈夫か?」
「ええ、そんなに心配しなくても、何もありませんよ。ただ陛下とお話をさせていただいただけです」
「だが、予定していた時間よりずいぶんと遅かった」
(いや、5分で話を終えるのは無理があるでしょう?)
アルバート様は憤慨した様子で、陛下に抗議めいた言葉を口にした。
「兄上、約束の時間はとうに過ぎていますよ」
「ああ、すまない。だが、私もアンナ嬢と話をしたかったのだ」
「約束は約束でしょう?」
「そう責めてくれるな。なかなかゆっくり話す機会がないのだから、いいではないか」
「それでもです。これからは、私を差し置いてアンナ嬢と話すような真似はよしてください」
「悪かった、悪かった。どうやら、私の弟は随分と嫉妬深かったようだ」
「兄上!」
(ふふっ、おかしいわ)
私の前ではいつも落ち着いているアルバート様が、妙に子どもっぽい。
陛下の揶揄に照れて怒る様子が手に取るようにわかる。
それでも、二人の間にはどこか可笑しさを伴ったじゃれあいがあり、まさしく仲の良い兄弟そのものだった。
可笑しくてひとりで笑っていると、アルバート様がふと目を向けてきた。
「アンナ嬢。何がおかしいのだ?」
「いえ。アルバート様の色々な表情を見られるのが楽しくて」
「あら。おじ様の表情って変わってた?私には、いつものおじ様に見えたけど?」
ベスの言葉に、思わずアルバート様と顔を見合わせてしまった。
言われてみれば、アルバート様の表情は変わっていないようにも見える。
だけど、何故だか今は、アルバート様の表情がはっきりとわかる。
「・・・・・・仲が良くて何よりだな」
「兄上」
「ああ、そう照れるな。揶揄ったわけではない。本心だ。アルバート、本当にいい縁を結んだな」
「・・・はい」
「アンナ嬢、弟をどうかよろしく頼む」
「はい」
陛下の瞳には、言葉にできないような思いが滲むように、わずかな潤みが浮かんでいた。
その瞳の奥にあるのは、嬉しさと、そして守ってきた者が旅立つときの寂しさだろう。
私がオリバーに感じた気持ちを、陛下もまた味わったのかもしれない。
アルバート様にその気持ちを悟られたくなかったのか、陛下はパッと視線をベスに移した。
「さあ、ベス。私たちは先に行こう。食堂には、リチャードたちがいるだろう?きっと今ごろ大変なことになっているはずだ」
「ええ、そうね。リチャードは抱っこされるのを嫌がって床を這いまわっているし、ダイアナは、泣いてぐずっていたわよ」
「セインは?」
「セインはお利巧さんに本を読んでいたはずよ。でも、あの子は虫が好きよね?部屋の隅にクモがいたから、もしかしたら観察してるかもしれないわ」
「・・・そうか。そのクモをイザベラが見つけたら、大騒ぎだろうな」
「その前に、リチャードが見つけたら大変じゃない?あの子ったら、何でも口に入れるわよ。もしリチャードがクモを口にでもしたら、お母様は卒倒すること間違いなしね」
「大変だ!アルバート、アンナ嬢、私たちは先に失礼するよ。二人でゆっくり食堂に来るといい。その頃には落ち着いているはずだ」
「わかりました、兄上」
アルバート様の返事を合図に、親子揃って楽しそうに競争するかのように駆け出した。
不思議なことに、走り方がそっくりで笑える。
「アルバート様。もしかして陛下って、運動することが得意でした?」
「ああ、そうだな。兄上は、昔から運動がよくできていた」
「手先は・・・?」
「いや、それは知らないが。どうかしたのか?」
「いえ、なんとなくお二人が似ているなと思ったものですから」
「それはそうだろう。親子だからな」
「ふふっ、そうですよね」
なぜ私が笑っているのか、分からなかったのだろう。
不思議そうに片眉をあげたアルバート様の仕草は、イザベラ様にそっくりだった。
外見や性質は、親に似る。
そして、仕草や遊び方は兄弟に似るのかもしれない。
(・・・・・・いえ、多分違うわね)
血の繋がりとは関係なしに、長い時間を一緒に過ごすようになれば、お互いに似てくるのかもしれない。
「そんなに笑って、どうしたのだ?」
「いえ。その内、私とアルバート様も似てくるのかと思ったら、おかしくて」
「似てくる?私たちが?」
「同じ時間を一緒に過ごすようになると、似てくるでしょう?」
「さあ、どうかな。でも、似ていようと違っていようと、私が君を好きであることには変わりはない」
「・・・・・・・・・あ、ありがとうございます」
(アルバート様って、こんなにポンポン愛の言葉を囁く人なの!?)
思いがけないアルバート様の言葉に、頬が赤くなってくるのがわかった。
そんな私をアルバート様が愛おしそうな目で見てくるから、余計に熱が集まってくる。
多分、私の顔は真っ赤だろう。
「・・・そろそろ行こうか。兄上はまだしも、姉上は痺れを切らしているだろう」
「そうですね。イザベラ様ですものね」
「朝、君と話したばかりなのに、もう君と話したくてたまらないそうだ」
「えぇ?」
「それに、ベスの母親である義姉上も、君と話せるのを楽しみにしている。君がベスに刺繍をさせたから、そのコツを知りたいと言っていた。どうやらベスが刺繍を仕上げたのは、あの時が初めてだったらしい」
「・・・そ、そうですか。でも、王妃様と思うと緊張します」
よく考えてみれば、これから昼食を共にするのは王族だ。
普通に暮らしていたら、会うことさえできない人たちだ。
「大丈夫だ。皆、君を歓迎している」
「は、はい」
「さあ、一緒に行こう」
安心させるように微笑むアルバート様の腕に、そっと手をかける。
緊張しつつも、アルバート様と一緒なら、どこへでも行ける気がした。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブクマ、評価、誤字のご指摘をしていただきありがとうございました。
補足ですが、陛下が持っていたハンカチは、「51 狼煙と旗」で、ベスがポケットに入れていたハンカチです。
次回は「友情の行方」(第三者視点)を投稿予定です。
よかったら、引き続きお付き合いください。




