127 利息
「少し歩いた方がいいだろうな」
王族用馬車ではあまりにも目立ちすぎるため、披露宴会場となるホランド伯爵邸から、離れところで馬車を停めて降りる。
アルバート様の護衛の騎士たちも、遠く離れた場所にいてもらうことにした。
「そこまでヘンリーに気を遣う必要がありますか?」
「悪いな、ライアン。アンナ嬢の希望だ」
「アンナ様。折角ですから、アルバート殿下の威光を使って、披露宴を滅茶苦茶にしてやればいいのですよ」
ライアン様がイザベラ様に感化されたのか、物騒なことを言ってきた。
「・・・ルナ様のご親戚やご友人もいらっしゃいますしね。それに、ヘンリー様に浮気されて婚約を破棄されましたが、ヘンリー様は法を犯したわけではないので」
ライアン様は、「二人共、優しすぎます」とぶつぶつ言っているが、アルバート様が出席することで、ヘンリー様たちの披露宴を台無しにすることは避けたかった。
「では、行こうか」
そう言いながら、アルバート様が肘を軽く曲げて私に差し出してきた。
「・・・・・・え?」
「『え』じゃなくて。これから披露宴に行くのに、君は手をぶらーんと下げてるつもりか?」
「なんですか、その『ぶらーん』て」
「だから、そ、その、一緒にいてもおかしくないように、その・・・」
「え?」
口籠るアルバート様を前に、どうしていいかわからず、戸惑ってしまう。
困り顔で視線を交わしていると、呆れた様子のライアン様が、私たちの間にすっと割り込んできた。
「はいはい。ちょっと失礼しますね。アルバート殿下は、アンナ様に手を添えて欲しいんですよ」
ライアン様は私の手をひょいと取って、半ば強引にアルバート様の腕にかけた。
「はい、こうしてくださいね。アルバート殿下も満足なさいますし、周囲には親密さを示せます。まさに一石二鳥ですよ」
「いや、私は帯同するときの常識として・・・」
「はいはい。わかってますよ。王家では、これが常識ですよね。アンナ様、王家の常識ですから、一緒に歩く際は、必ず殿下の腕に手を添えてくださいね。今後とも、そのようにお願いします」
「・・・ライアン」
「はいはいはい。お礼は結構ですよ。ありがたいと思うなら、今度私に休みをくださいね。働き過ぎの殿下に付き合って、もうへとへとなんでね。よろしくお願いしますよ」
「いや、そうではなく、私が言いたいのは」
「はいはいはいはい。御託はいいから、幸せ者は、寂しい独り者に気を遣って早く行ってください。独り身に何させるんですかね。本当に目の毒ですよ。甘すぎて、もう口から砂糖を吐き出したいくらいですわ」
「ライアン」
「申し訳ありませんが、私も今のうちにやらないといけないことがあるんですよ。では、失礼します」
ライアン様は言うだけ言うと、さっさとどこかへ行ってしまった。
どこかイザベラ様に似ていると思ったのは、私の気の所為だろうか。
「・・・・・・・・私たちも、行こうか」
「そうですね」
(・・・王家のしきたりは色々あるのね)
これから学ばなければならないことが、沢山あるようだ。
アルバート様の腕に手をかけて一緒に道を歩けば、穏やかな風が、どこか懐かしい香りを運んできた。
その甘い香りを辿れば、濃いオレンジ色の小花が、枝いっぱいに密集して咲いていた。
キンモクセイが咲くには随分と早いが、この数日の寒暖差で咲くのが早まったのだろうか。
(・・・キンモクセイの花言葉は「真実の愛」だったわよね)
ヘンリー様が見つけたと言った「真実の愛」とは、どんなものだったのだろうか。
私にとっては、アルバート様を想う心こそが「真実の愛」だ。
他人には推し量ることができない、私だけの想い。
きっとヘンリー様も、ヘンリー様にしかわからない思いがあるに違いない。
キンモクセイが沢山の小花をつけるように、人それぞれの「真実の愛」があるのだろう。
「・・・いい香りだな」
「ええ。私、この香りが好きなんですよ」
「そうか」
「アルバート殿下!アルバート殿下ではございませんか?」
あまりの香りの良さに見入っていると、アルバート様を呼ぶ声が耳に入り、思わず振り向いた。
後ろから声をかけてきたのは、礼装に身を包んだケッペル商会のサイラス様だった。
ホランド伯爵とも親しいサイラス様は、ヘンリー様の披露宴に招待されたのだろう。
「このようなところで、一体どうされたのです?」
ケッペル商会からお金を借りている私とサイラス様は顔馴染みなのに、どうやらこの化粧のせいで、私だとはわからなかったらしい。
サイラス様は一瞬だけ私を訝し気に見たが、そのままアルバート様に顔を向けた。
「ああ、サイラスか。久しいな」
「偶然ですね。私は今からホランド伯爵家へ向かうのですよ。アルバート殿下は、どちらへ行かれるのですか?」
「私もホランド伯爵に所用があってな」
「おや!奇遇ですね。アルバート殿下も、ホランド伯爵と親しいのですか?」
「いや。全然親しくない。それより、サイラス。最近の君は、あまりいい噂を聞かないな」
「おや。そんなことを言われるとは心外ですね。一体どんな噂ですか?」
にこやかに笑いかけるサイラス様に、アルバート様が鋭い視線を送る。
私と二人きりの時とは違い、その瞳には近づく者を寄せつけない冷たさがあった。
「ケッペル商会が、法外な金利で金を貸していると聞いた」
「・・・・・・・え、いや、なんのことでしょう?」
「国に何件も相談が入っている。法外な金利もだが、返済ができないと、かなり酷い取り立てをするそうだな」
「いいえ、そのようなことはございません。そのような根も葉もないうわさ話を殿下に聞かせたのは、誰ですか?名誉棄損で訴えますので、ぜひその者の名前を教えてください」
サイラス様は、即座にアルバート様の言葉を否定したが、アルバート様の次の言葉で顔の色がなくなった。
「そうなのか?今日、ケッペル商会に査察が入ると聞いたが、君は関係ないんだな?」
「・・・・・・え?」
アルバート様が腕時計で時間を確認し、呆然とするサイラス様に無表情で告げた。
「もうそろそろ役人が、ケッペル商会に着いている頃だ。君は、早く商会に戻った方がいいのではないか?気にならないなら別だけどな」
「・・・あ、は、はい。ありがとうございます」
顔を真っ白にさせたサイラス様は、私たちを振り返ることもなく、脱兎のごとく駆けて行った。
アルバート様は小さく片手を上げ、遠くの一点を見据えると、どこからともなく騎士が現れ、サイラス様の横に着いた。
サイラス様が騎士に気付き慌てると、騎士はその腕をきっちりと握った。
その姿は、まるで犯罪者が連行されるかのようだった。
「あの・・・・、今のって」
「ああ、君の借入先のケッペル商会だ。あそこは、随分と金利が高かっただろう?」
「・・・・・・アルバート様、私、特に何もしなくていいと言いましたよね?」
「君のためじゃないさ。ケッペル商会は、法外な金利で金を貸していた」
「・・・『法外』って、そんな法律、ありました?」
「ああ。高利貸しから借り手を守るために、国は法定上限を設けている」
(・・・法律で利息が制限されてるなんて、知らなかったわ)
今まで、高いとは思いつつも、金融業者から言われるままの金利で借りていた。
うちは大丈夫だろうか。
「法外な金利って、どのくらいなんですか?」
「ああ、通常は100万ゴールディ以上の貸付なら、年15%が上限だ。20%を超える金利で貸し付けていたら、それはもう刑事罰にあたる。ケッペル商会は相手を見ながら金利を変え、20%以上で貸し付けていたからね。首謀者は、しばらく檻の中での生活だろうな」
「ちなみに5%で、どのくらい変わりますかね。えっと、どう計算しましょう?単利と複利でも違いますし、返済方法や期間によっても変わってきますよね」
刑事罰になるとは、随分罪が重い。
試しに計算しようと思って聞いたら、アルバート様が苦笑いしている。
「君、普段は大雑把なのに、金が絡むと細かく計算しようとするんだな」
「だって、大事ですよね?」
どうせなら確実な数字が欲しいと思うのは、私だけだろうか。
言葉だけでは曖昧だが、数字に直すとわかりやすい。
「まずは、利息のみの単利計算をしますね。100万ゴールディの時に年利15%だったら、15万。年利20%なら20万で差額は5万ですよね」
「1年でまとめて返せば、だな」
「そうですね。でも、大抵は月々の分割返済にするでしょうし、返済期間も長めに取りますよね」
「ああ。だから数字が大きく変わってくる。同じ100万ゴールディでも、年利20%で1年返済なら月々約9万返済しなければならないが、利息は約10万で済む。5年だと月の支払いは約3万で済むが、利息は約60万だな」
「15%で計算するので、ちょっと待ってください。えっと、15%で1年返済なら利息は約8万で、5年なら約40万ってとこですかね」
(改めて数字に出すと、怖いわね)
金利と返済期間による差額の大きさに驚いてしまう。
「そういうことだ。利率がわずか5%上がるだけでも、これだけの差が出るんだ。金額や返済期間が長くなればなるほど、この差も大きくなる。それにケッペル商会は、元金の100%の利息を取る貸し付けもしていた」
「え?それって、借りた額と同じだけの利息を支払うことになりますよね!?」
「ああ、そうだ」
「それで、借りる人なんているんですか?」
「いる。他で借りれないとなったら、手を出す者も多い」
(・・・・・・本当にいるの?)
金利から返済の合計金額を計算すれば、返せるはずがないとわかるだろう。
本当にこんな条件で手を出す者がいるのだろうか。
「だって、計算すればわかりますよね?」
「ああ、でも実際に借りる者はいるからね。現に君が昨日捕まえたひったくり犯も、ケッペル商会から金を高金利で借りていた」
「え?」
「借金で首が回らなくて、ひったくりをしたらしい」
アルバート様がため息をつきながら私を見た瞬間、アルバート様の言いたいことがわかり、怯んでしまった。
「君、ひったくり犯に目潰しをしたと聞いたが?」
(・・・フランシス隊長から報告が上がっていたのね)
アルバート様としては注意したいのだろうが、私にだって言い分はある。
それに、私が野宿するなんて言いだして騎士団を動かしたアルバート様に物申したい。
「それ、今話す必要あります?私もそのことについては、アルバート様に言いたいことがあるんですが」
「・・・・・・・・・・・・・」
お互いじとりとした目で睨みあったが、先に目を逸らしたのはアルバート様だった。
自分にも責められる点があるとわかっているらしい。
「・・・ヘンリーの披露宴もあるし、後でゆっくり話し合おうか」
「ええ、そうですね」
(頭ごなしには叱らないのね)
どうやら、私の言い分も聞いてくれるらしい。
気を取り直してアルバート様の腕に手をかけると、アルバート様が視線を私に戻してきた。
「・・・まあ、そのひったくり犯に限らず、高金利で借りた者は利息が膨らんで、金を返せなくなるからね。多分、最近王都の治安が悪くなったのも、そのせいだ」
「治安も?」
「金を返せなくて困窮した人間がすることなんて、決まってるだろう?」
(犯罪に手を染めるしかないということね・・・)
食べ物や住居を手に入れられなければ、窃盗や詐欺に手を出すようになるだろう。
違法だとわかっていても、生活が困窮すれば、すぐにお金になる方法に目が行くのは当然だ。
「だからこそ国は、国民を守るために上限金利を定めているんだよ」
「・・・アルバート様たちって、色々考えてるんですね」
「そう言って貰えると嬉しいけどね」
そういえば、うちが借りている金利が高いとアルバート様が言っていた。
アルバート様の助言を受けて、国の災害用ローンに切り替える予定になっている。
昔のことでもあり、借りたのがお父様だったため、金利がいくらだったのかは覚えていなかった。
「もしかして、うちも利息を取られ過ぎていたのですか?」
「いや、サウスビー家が借りている金利は相場より高かったが、ぎりぎり法律の範囲内だったよ。でも、信用のある貴族に貸し出す金利ではなかったからね。念のために調べただけだ」
「・・・そうなんですね。あの、色々調べてくださって、ありがとうございます」
「そんなことはない。ケッペル商会のやっていたことは、違法だからね。見つけることができて、国にとっても良かったよ」
アルバート様がうちの帳簿を見ながら、こんなにも色々と考えていたことにびっくりする。
でも、少し複雑な心境だった。
必ずしも、ケッペル商会だけが悪いと思えないのは、私が甘いのだろうか。
法外な金利は別として、ケッペル商会が貸してくれなければ、うちは潰れていた。
うちのような弱小貴族で融資が受けにくい層にとっては、ケッペル商会は金利は高くとも、ありがたい存在である。
「・・・アルバート様、ケッペル商会はどうなるんですか?」
「ああ。潰れはしないと思うよ。経営に携わっていた者全てが、不正に手を出していたわけではないみたいだしね。何とか続けることはできるんじゃないかな。優良貸付先には、通常の金利で貸していたしね。でも、法外な金利で貸していた利息分については取り立てができないから、今後の経営は厳しくなるだろうけどね」
「そうですか」
法外な金利で借りていたのは、信用がなくて正規の金利では借りれない人たちだろう。
そんな人たちは貸しても返ってこない可能性が高いから、貸し倒れ分も見越して金利が高く設定される。
法定金利の範囲内でしか取り立てができないとなれば、ケッペル商会は、貸したお金が返ってこない限り、利益を上げられず苦しい経営を強いられるだろう。
(でも、どうなのかしらね・・・)
遊ぶ金欲しさに借りた者もいるかもしれないが、家族の急病や事業資金の緊急不足で、追い詰められて借りた人もいるかもしれない。
時間がなければ判断力も鈍るし、法外な条件に気付けないこともあるだろう。
「・・・利息を払い過ぎた人たちは、気の毒ですね」
「自分で選んで契約したから、自己責任ではあるんだがね」
「・・・・・・そうですね。でも、何もわからないまま契約を結んだ人たちもいるかもしれませんね」
「まあ、そうだな」
王族として教育を受けたアルバート様なら、法律も経済の仕組みも精通している。
アルバート様ほど詳しくはないが、私だって利息の計算ぐらいはできる。
おかしいと思えば、自分で調べる方法も知ってるし、専門家に聞くこともできる。
でも、計算が満足にできない平民だったら、よくわからないままに契約した可能性はある。
専門家に相談しようにも無料ではないし、そもそも相談できるということまで考えが及ばないかもしれない。
「ただ、債務者が借金を完済していても、法外な金利の利息分は訴訟を起こせば取り返せるよ」
「それは・・・、払い過ぎた者にとっては、助かりますね」
「まあ、時効はあるがね」
「時効?」
「期限内に請求しなければ、払い過ぎた利息分を返してもらう権利を失うということさ。国からも国民に知らせはするが、本人が気付かなかったらそれまでだ」
「・・・・・・知らないって、怖いですね」
「役所からの通達、読む気になっただろう?」
「・・・そうですね」
知らない、知ろうとしないということは、こんなに怖いのかと改めて感じた。
私が青くなったのを見て、アルバート様は、私がケッペル商会の行く末を案じていると思ったのだろう。
「君のためにしたことではないから、君が気にすることではないよ。法を犯したケッペル商会が悪い」
「ええ、わかっています」
「ただ査察に入るのが、今日だったというだけさ。ちょうど証言も取れたしね。被害者を増やさないために、摘発は一日でも早い方がいいだろう?それにサイラスに会わなければ、言うつもりはなかったよ」
「そうですか・・・」
(理屈はわかるけど、少し複雑だわ)
私がアルバート様と友人にならず、さらにサイラス様がホランド伯爵と親しくなければ、アルバート様はここまで調べなかったかもしれない。
人との繋がりは、良くも悪くも自分の身に降りかかるものなのだと思うと、どこか怖さを覚えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございました。
現在の日本では、利息に上限が設けられています。
なお、補足ですが、分割返済についての金額は元金均等ではなく元利均等方式で計算しています。




