128 宝石
代々続くホランド伯爵家の屋敷は、古さと広大さを兼ね備えていた。
婚約式の折に訪れた際には立派な屋敷だと感心したが、華やかな公爵邸を見た後では、その古さばかりが目についた。
アルバート様は、そこがホランド伯爵家であることを確かめるかのように、静かに見上げた。
「披露宴会場となる伯爵家は、ここだな」
「ええ」
「招待客が来ないうちに、ホランド伯爵に挨拶して帰ろうか」
「はい」
長い年月を重ねた重厚な扉の前に立つと、緊張のためか、顔が強張ってしまう。
添えた手にそっと力を込めると、アルバート様は柔らかく、私を安心させるように微笑んだ。
一人でも平気なつもりだったが、隣にアルバート様がいると思うと、やはり心強かった。
「では、扉を開けるよ」
「ええ、お願いします」
重い扉を開けた先には受付が用意されており、そこにヒューゴ様が肘をついて座っていた。
(・・・・・・本当にそっくりね)
ヒューゴ様は、ホランド伯爵の顔立ちと体格をそのまま受け継いでいた。
美しい翡翠色の瞳はヘンリー様と同じだが、どこか小狡さが覗いている。
扉を開けた私たちに気づいたのか、ヒューゴ様は座ったまま、横柄な視線を向けてきた。
まるで人を品定めするかのような目つきまで、ホランド伯爵そのままだった。
だが、アルバート様の姿を認めた途端、ヒューゴ様は慌てたように立ち上がった。
その拍子に座っていた椅子が倒れたが、本人はまったく気にする様子はなかった。
「あ、あ、あ、アルバート殿下!?えっ、まさかご本人ですか?」
「ああ、そうだ」
「ど、ど、ど、どうして我が家に!?」
「ああ。今日はアンナ嬢の付き添いで来た」
「え、あ、あ、アンナ嬢?」
ヒューゴ様とは婚約式で一度会っただけだから、私のことをよく覚えていないのかもしれない。
私の姿を確認するかのように視線を全体に走らせたが、胸の高さに上げた私の左手でぴたりと止まった。
まるで吸い寄せられるように、私の左手をじっと見つめてきた。
自身も宝飾を扱う身であるだけに、ヒューゴ様にはこの指輪の価値がすぐにわかるのだろう。
「お久しぶりです。サウスビー家のアンナです。ホランド伯爵にご挨拶に伺いました」
「あ、あ、そ、そうか」
(私が来るって知らなかったの・・・?)
随分と動揺しているようだが、弟の元婚約者が来るとは思ってもいなかったのだろうか。
でも、招待客リストには私の名前が載っているはずだ。
私が挨拶をしてもヒューゴ様は動かず、視線は胸元に釘付けのままだった。
(手のむくみを取るつもりで、上げていただけなんだけど)
見せびらかす意図があったわけではない。
指輪を隠すようにそっと手を下ろすと、同時にアルバート様がもう一度ヒューゴ様に問い直した。
珍しく、声にわずかな苛立ちが混じっていた。
「ホランド伯爵に挨拶をしたいのだが、入れないのか?」
「そ、そ、そのようなことはございません!ど、どうぞ、披露宴会場へ案内いたします」
「披露宴のために来たわけではない。ホランド伯爵に挨拶をしたいだけだ」
「は、はい。畏まりました。に、二階の会場にいるので、す、すぐに呼んでまいります」
「いや、いい。私が行こう。案内してくれ」
「か、か、か、畏まりました!」
(そんなに緊張していて、大丈夫?)
ヒューゴ様は、引き攣った笑みを浮かべて、私たちの前に立った。
まるで壊れたブリキ人形のように、ぎこちなく足をカクカクさせながらヒューゴ様が前を歩いていく。
公爵家ほどではないが、ホランド伯爵家だって十分広い。
こんな歩き方で、会場まで無事に案内できるのだろうかと思っていたら、案の定階段で躓いた。
「大丈夫ですか、ヒューゴ様」
「あ、ああ」
「・・・・・・そうか。君が、ホランド伯爵家の次男のヒューゴか」
アルバート様が、ヒューゴ様を初めて認識したかのように呟いた。
(えっ?知らなかったの?)
ヒューゴ様はホランド伯爵に瓜二つだから、紹介しなくてもアルバート様はわかっていると思っていた。
もしかしたら、アルバート様はホランド伯爵の顔をよく知らないのかもしれない。
ホランド伯爵は、うちに来たとき、自分が王族に重宝されていると言っていたが、どうもそうではなかったらしい。
アルバート様の呟きを聞くや、ヒューゴ様はにこやかに振り返り、さっと立ち上がった。
「アルバート殿下が、私の名を覚えてくださっていたとは光栄でございます」
「君が関わっているモイン商会のことが、よく話題に上っていたからな」
アルバート様の目には軽蔑の色が浮かんでいたが、ヒューゴ様は気付いていないようだった。
満面の笑みを浮かべ、媚びるように体を擦り寄せてきた。
「そうですか!アルバート殿下のお耳にモイン商会の名が届いているとは、光栄でございます」
「悪いほうで聞いただけだ。模造品を本物の宝石と偽って売っているらしいな」
「え、いや・・・」
「しかも、買えば資産になるとして、投資目的でも勧誘していたらしいな。わざわざ偽の鑑定書まで付けていたと聞いている」
「いや、その・・・」
「貧しい家の者を騙して、借金を負わせていると聞いたが?」
目を泳がせ、助けを求めるように周りを見渡すヒューゴ様だが、当然頼れる人は誰一人いない。
アルバート様は、氷のように冷たい声で告げた。
「騎士がお前を捕縛するために、すでにこの屋敷を包囲している。もちろん、モイン家もな。ただ、アンナ嬢の頼みで、弟の披露宴が終わるまでは待ってやる」
「いえ、あの・・・」
「弟の晴れ舞台を邪魔したくなかったら、口を塞いで座っておくんだな。逃げれば罪が重くなるだけだ。万が一にも逃げようとしたら、それこそ披露宴に騎士が踏み込むぞ。大勢の招待客の前で、醜態を晒すような真似はしたくないだろう?」
「あ、あの、私は義父に言われて手伝っていただけで・・・」
「言い訳は私ではなく、騎士にしろ。披露宴の最中に、舅と口裏を合わせようなんて思わない方がいいぞ。老獪なモイン伯爵は、お前に全ての罪を着せようとしてくるはずだ」
「そ、そんな・・・」
「すでに証拠もあがっている」
「わ、私はどうすればいいのでしょう・・・?」
「大人しく捕縛されて、知っていることを全て話せ。そうすれば、少しは罪が軽くなる」
「は、はい・・・」
ヒューゴ様の顔が目に見えて青ざめ、血の気が引いて行くのがわかった。
唇を小さく震わせ、立っているのも精一杯といった様子だ。
そんなヒューゴ様を蔑むように一瞥してから、アルバート様は私を促し、階段を上る。
気になって振り返ると、ヒューゴ様は真っ青な顔で階段にへたり込み、肩を震わせていた。
どうやら、息を整えることさえもできないようだった。
(一体、なにがどうなっているの?)
ヒューゴ様は、何か罪を犯してしまったのだろうか。
「あの、さっきの話って・・・」
「ああ、ヒューゴが手伝っていたモイン商会が、模造品を本物の宝石と偽って売っていたんだよ」
「模造品?」
「ああ。本物の宝石に似せて作られたものだ。素人の目には、本物と錯覚してしまうほどに精巧にできていた」
「じゃあ、それを本物として売っていたんですか?」
「ああ、そうだ。もちろん客は、本物の宝石と思って買ってたわけさ。中には、投資目的で借金してまで買った者もいる」
「借金してまで、ですか?」
「どうやらそのようだ。君が捕まえたひったくり犯が、フランシス隊長に涙ながらに話したそうだよ。モイン商会から投資目的で買わされて、借金漬けになってしまい、明日の食事にも困っていたらしい。それで、ひったくりをしたそうだ」
「・・・・・・そうだったんですね。気の毒に」
罪を犯したのは確かに悪い。
だが、食事にも困っていたと聞けば、どうしても同情の気持ちが湧いてしまう。
「いや、あの男が悪い。買うと決めたのは、誰でもない、あの男自身だ。それに、儲かるからと言って、友人や親せきにも声をかけて買わせていた。あの男が声をかけた人数だけでも、被害額は相当なものに上るはずだ」
「え?何でそんなに声をかけてたんですか?」
「モイン商会に客を紹介して、その客が模造品を買えば、自分にも紹介料が入る仕組みだったらしい」
「でも、本人は模造品って知らなかったんですよね?純粋に、好意で教えていたんじゃないですか?」
「本人はそう言っているが、どうだかな。最初は知らなかったのかもしれないが、途中で気付いた可能性はあると思うけどね。でも、自身の借金もあるし、紹介料に目が眩んだのかもしれない。こればかりはわからないな」
(・・・どうなのかしらね)
儲け話だと本当に信じて、親しい人たちに好意で教えたのか。
それとも、詐欺だと気付きながら、自分の懐のために勧誘したのか。
どちらにしろ、あの男への信頼はなくなり、人間関係は壊れてしまっただろう。
「昨日エリオット団長が話があるからと使いがきていただろう?団長の話は、このことだったんだよ。元々、国内商品の信用が落ちていたから、内々に調べていたんだ。証拠を探していたのだが、なかなか見つからなくてね」
「証拠を見つけるのは、大変なんですね」
「そうだな。騙されただけなら、すぐに証拠は集まったんだろうけどね。でも、今回は騙された者たちは、被害者であると同時に加害者だからね。自分も罪に問われる可能性があるから、名乗り出る者はいなかったんだよ」
「・・・・・・・・・」
自分が騙されたとわかっても、人に紹介した時点で詐欺の片棒を担いだようなものだ。
たとえ誰にも紹介していなくても、被害を訴えれば身内が捕まる可能性がある。
そんな恐れがあっては、被害を声高に叫ぶことはできないだろう。
「でも、あのひったくり犯が全て話したからね。証拠となるモイン商会の模造品も、偽の鑑定書もある」
「・・・え?」
「几帳面だったみたいで、紹介料についての説明書や領収書まできちんと保管していた。しかもあの犯人、日記に事細かに紹介した人たちのことを書いていた」
「じゃあ、証拠は完璧なんですね」
「ああ、そうだよ。あの犯人が声をかけた人たちにも、芋づる式に話が聞けて証拠は揃った。それで団長がモイン商会に騎士を派遣したら、従業員たちが全部自供した。それで事態がトントン拍子に進んでね。昨日のうちに、モイン商会に逮捕状を出すことを決定したんだ」
「あの、でも、従業員の人たちって、模造品って知っていて売っていたんですよね?」
「ああ、そうだ」
「自分たちが悪いことをしていた自覚はあるんですよね?そんなに早く、罪を認めるものなんですか?やっぱり、良心の呵責に耐えかねていたんですか?」
「いや。最初は頑として認めなかったらしいけどね。でも証拠もあるし、今、罪を認めて話せば刑が軽くなると言ったら、我先に証拠を持ってきたそうだよ。先ほどのヒューゴもだけど、犯罪者は自分だけ助かろうとするからね」
(・・・沈みかけた船から逃げ出すネズミみたいね)
その変わり身の早さに呆れてしまう。
自分たちが騙した被害者に、思いを馳せることはないのだろうか。
「それに、どうやらモイン商会とケッペル商会は、裏で手を組んでいたらしい」
「え?」
「購入資金が足りない客には、モイン商会がケッペル商会を紹介して、ケッペル商会は不当な金利で貸すという構図が出来上がっていた。モイン商会から紹介されれば、ケッペル商会は無審査で貸していたらしい。その数を考えただけでも、膨大な人数が巻き込まれているはずだ」
(そんなにたくさんの人が、簡単に借金してるの!?)
借金の恐ろしさを知っている私には、到底信じられない。
「でも、そんな借金してまで宝石を買いますか?」
「誰もがアンナ嬢みたいに堅実な考えの持ち主ではないからね。将来的には値段が吊り上がるけど、今ならこの値段で買えると言われたら、借金をしてまで買う者は結構いるのだ」
「ええ?」
「儲け話には裏があると思ったほうがいいのだが、いざ自分が儲けることができるとなると、正常な判断はできなくなるのだろう」
「そうですか・・・」
「困ったものだよ。偽物が出回ったせいで、うちの国の商品全て偽物まみれだと疑われて、諸外国から契約を切られた商会もある。国内でも、安心して買い物ができないと市場が混乱していた」
「え!?そんなに!?たった一つの商会のことで、国がそんなに大きな影響を受けますか?」
「モイン商会は、もともと手広く商売をしていたからね。市場が大きかった分、問題も広がったんだ」
「それでも・・・」
「君は腐ったリンゴを売りつけられたら、その店で他の商品を買おうとするか?」
「買いませんね」
即断で答えた私に、アルバート様は苦笑いをしている。
使うのは簡単だが、稼ぐのは大変だ。
例えリンゴ一つでも、信頼できないと思ったら別の店で買う。
「噂が広まるのは早いからね。ロズモンド王国自体の信用がなくなると、観光客も離れていくしな」
「観光客も?観光客は関係ないでしょう?」
「いや、詐欺が横行するような国は、治安がよくないから安心して楽しめないからね。どうしても敬遠されるんだ。観光客が減れば、売り上げだけじゃなくて、雇用も減って経済が落ち込む。信用は大事なんだよ」
(そんなところまで影響するの!?)
詐欺の影響が、こんなに大きなものとは思わなくて、びっくりしてしまう。
ヒューゴ様は、自分の行動がここまで影響することを理解していたのだろうか。
「・・・ヒューゴ様は、モイン商会のお手伝いをしていただけのはずです。それでも罪に問われるんですか?」
「ああ。ヒューゴは娘婿のような立場だったし、不正は知っていたはずだ。取り調べをしてみないとわからないが、確実に罪に問われると思うよ」
「・・・そうですか」
小狡いが、大きな悪事はできそうにない人に見えた。
身近なところに、犯罪の誘惑はいつでも潜んでいるのかもしれない。
「君は、模造品の宝石のことは知らなかったのかな?手頃な値段で買えると、若い女性に人気だったみたいだけど」
「いいえ。宝石に興味がないので知りませんでした」
「・・・そうか」
アルバート様は私の返答に驚いたようだが、女性が誰しも宝石が好きだとは限らない。
宝石は綺麗だとは思うが、私自身は、実はそんなに欲しいわけではない。
でも、オリバーが書いてくれた王都の流行品一覧表には、確かにモイン商会の宝飾品が書いてあった。
流行に疎いオリバーが知っていたぐらいだから、それなりに知られていたのかもしれない。
「これで、ヒューゴも、モイン商会も終わりだ」
「・・・え、あの」
「君のせいじゃないから、気にすることはないよ。国内製品の評判が下がった原因を調べていたら、偶然モイン商会に行き当たっただけだ」
(まあ、そうなんだけどね・・・)
アルバート様に念押しするように言われて、ただ頷くしかなかった。
自分たちが法を犯したのだから自業自得ではあるのだろうが、ヘンリー様の周りの人たちにつけが回ってきている。
因果は巡ると言うが、もしかすると本当だったのかもしれない。
アルバート様は歩みを止め、一番奥の部屋の前に立った。
(・・・・・・ここが、披露宴会場ね)
大きな扉の前には、白やピンクの花で飾られたアーチが立っていた。
甘く優しい香りが、二人の門出を祝うかのように静かに漂っている。
「さあ、ここが披露宴会場だろう。扉を開けるが、準備はいいかい?」
「はい」
一呼吸置き、アルバート様が扉をゆっくりと開けてくれた。
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「ネズミは沈みかけた船から逃げる」はヨーロッパの諺ですが、類似の表現は世界各地に見られるそうです。




