126 指輪
「・・・・・・あ」
「アルバート様、どうしました?」
「見てごらん、カワセミだ」
「ああ!ベスが嵐の夜に見に行った鳥ですよね。とっても綺麗ですね」
アルバート様の指さす先には、翡翠色の美しい羽を持つ鳥が、川辺にある木の枝にとまっていた。
あの荒れ狂う嵐の中で生き残れたことを思うと、生命力の逞しさに胸が熱くなる。
「綺麗だろう?カワセミは、『飛ぶ宝石』と呼ばれているからな。昔、このカワセミ見たさに、兄上と王宮を抜け出したことがあってね」
「もしかして、骨折した時の・・・?」
「ああ、そうだ。あの時は、残念ながら見ることは叶わなかった。カワセミは警戒心が強いから、なかなか見ることができないんだよ。まさかアンナ嬢と一緒に見られるなんて、思ってもいなかった」
嬉しそうなアルバート様と一緒にカワセミを見ていると、カワセミは川に飛び込み、一瞬で魚を咥えて飛び去った。
その素早さに、思わず息を呑んだ。
「すごいですね!簡単に魚を取りましたよ!?」
「ああ。カワセミは、凄腕のハンターとしても有名だからね」
「へぇ、あんなに小さいのにすごいんですね」
「オスは特に狩りが上手じゃないといけないのだ。繁殖期には、ヒナだけでなく、つがいの相手にもエサを運ぶからね」
「メスにも?」
「抱卵中は、メスも動けないからね」
「・・・鳥も大変ですね」
「そうだね。だからこそプロポーズの時も、狩りの腕がものを言う。オスは、メスに獲物を贈って求婚するのだ」
「鳥なのに、人と同じように贈り物をするのですか?」
「ああ。メスへのアピールと、将来の子育て協力の意思表示の意味があるそうだけどね」
「へえ」
「でも、私には、言葉にできない気持ちを、形にして伝えているようにも思える」
「・・・・・・そうですよね」
(・・・イザベラ様に、悪いことをしたかもしれないわね)
気持ちがあれば十分だからと、イザベラ様の好意を固辞してしまった。
私は、自分が思っているよりも頑なだったのかもしれない。
「メスの好みに合う獲物を探すそうだ。それに、獲物を贈るときは、相手が食べやすいように、魚の頭を前にして渡す」
「へえ。そう聞くと、可愛いですね。メスも、そんなふうに気遣ってもらえたら嬉しいでしょうね」
オスの行動が微笑ましくて、思わず笑みがこぼれた。
するとアルバート様は、無表情のままゆっくりと手を差し出した。
アルバート様の手には、大切そうに指輪が握られている。
戸惑っていると、私の手のひらに、音もなく指輪を置かれた。
リングに留められた宝石が、深く澄んだ青の光を放っている。
「私も、君に指輪を用意した」
「・・・・・・アルバート様、この指輪って何ですか?」
「婚約指輪だ」
「へ?もうですか?私たち、昨日気持ちを確かめ合ったばかりですよね?」
「君に結婚を申しこむつもりで、王都に戻ると同時に用意した」
「・・・え?」
「兄上の許可が取れ次第、すぐにでも君のもとへ求婚に行くつもりだったのだ」
「え?」
「他にも手続きは多々あったが、最速で終わらせた。プロポーズの時に渡そうと思っていた指輪だ。どうか、受け取ってほしい」
「・・・・・・アルバート様、行動が速すぎませんか?」
「そんなことはない」
「だって、アルバート様が王都に戻ってから、そんなに日も経ってないんですよ」
「・・・・・・他の者に取られてはいけないからな」
「私に求婚する人なんて、いませんよ」
「・・・・・・・・・・・・そうかもしれないけどな」
アルバート様は頭を軽く振り、視線をどこか遠くへ向けた。
その仕草には呆れが滲んでいるようにも思えたが、アルバート様の気持ちまでは分からなかった。
(仕事が早いと思っていたけれど、何でも先々に準備する人なのね・・・)
私との結婚を真剣に考えていてくれていたのだと思うと、胸が温かくなって嬉しくなる。
ただ、貧乏性なので指輪の値段が気になって仕方がない。
好意は嬉しいし、受け取るべきだと思う。
でも、あまりに高価なものになると、どうしても受け取りにくい。
「いや、あの、でも・・・。もしかして、これって、ブルーダイヤモンドじゃないですか?」
「ああ、そうだ。何か問題があるのか?」
(やっぱり!これ、アスター商会の説明書に載ってた!!)
宝石の横に添えてあった説明書に、希少性が高く「見られただけでも幸運」と書かれていた。
小さなものなのに、あまりの値段に目が飛び出るかと思った。
この指輪の宝石が何カラットあるのかはわからないけれど、かなり大きい。
「いや、あの、高価すぎて、さすがに受け取れません。それに、まだお礼も言っていませんでしたが、このドレスと他に2着、あとアクセサリーと靴もアルバート様に買ってもらっているんです」
「ああ、姉上から聞いて知っているよ」
「さすがに、お金の使い過ぎだと思います。なので、この指輪は遠慮させてください」
「いや、君がベスに言っていたじゃないか。『お金はあるとこには使ってもらわないとね』と。忘れたとは言わせない」
(言った!確かに言った記憶があるわ!!)
でも、そんなに一言一句、正確に覚えていなくてもいいと思う。
アルバート様は、意外と粘着質なのかもしれない。
「だからといって、これは高すぎます」
「でも君は、姉上からイヤリングをもらっただろう?」
「え、ええ。いただきましたが」
「そのイヤリングは、姉上が降嫁する時に父から贈られたものだ。国宝だよ」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!)
「え、ええ!?ちょっと、どうしましょう!?私、そんな大事なものを貰ってしまったんですか?」
「姉上がいいと言っているのだから、構わないだろう」
「いや、そんなわけには・・・」
「姉上は、君が気に入ったんだよ。貰ってあげてくれ」
(イザベラ様は、お古だから大した価値はないって言ったわよね!?)
どうしたらいいのだろう。
そこまで価値があるものだとは思っていなかった。
「心配しなくても大丈夫だ。君にそのイヤリングを渡して、恩を着せようなんて思ってないよ。姉上は、無神経でお節介なところはあるけれど、裏表がない人なんだ」
「えっ?裏がないんですか?」
「ああ。裏があるように見えるだろう?」
「ま、まあ、そうですね・・・」
「人前だと感じ悪く振舞うし、思ったことはズバズバ言うのに、自分の本音は隠そうとするしね。それに、すぐに人を揶揄って、話を煙に巻こうとする。まあ、よくわからない人に見えるのも、無理はないよ」
「・・・・・・」
「君に大事なイヤリングをあげたのは、本当に君のことが好きなんだと思うよ。そのイヤリングをしていたら、誰も君に手を出さない。多分、お守り代わりになればいいと思ったんだろうね」
「えっ・・・・・」
(・・・・・・そうだったの?)
このイヤリングを贈ってくれた時点で、イザベラ様は本気で私の味方をしてくれるつもりだったのだと、今になって気付いた。
それなのに、イザベラ様を信じきれず、条件を出すような真似をしてしまった。
「・・・・・・私、イザベラ様に失礼なことをしてしまいました」
「大丈夫だ。姉上は、よく誤解されるんだ。いや、自分でもそう見えるように振舞っているから、多少誤解されようとも、何とも思っていないよ」
「・・・でも、誤解されたままだと、イザベラ様は辛いでしょう?」
「どうだろうね。姉上の持論では、いい人ほど他人に利用されるそうだ。利用されるぐらいなら、嫌われたほうがいいと言っていたな」
「それは・・・」
「『いい人』は都合よく扱われるからね。王族の私たちは、あまり親しまれないほうがいい。距離があるほうがいいのだ」
「・・・・・・なかなか難しいものですね」
(確かに、都合よく扱われる面もあるわよね)
もし私がヘンリー様にいつもいい顔をしていなかったら、私の扱いは変わっていたのだろうか。
今さらだが、腹立たしく思ったイザベラ様の言葉が、じわじわと心に沁みてきた。
「ああ、そうだな。それよりその指輪、いつまで握りしめているのだ?私としては、着けて欲しいのだが」
「お気遣いは嬉しいのですが、あまりに高価で受け取れません」
「姉上の好意は受け取っておきながら、私のを断るのはやめてくれないか」
「いや、でも・・・」
そうは言っても、高価すぎる。
イザベラ様といいアルバート様といい、なぜこうも桁違いの贈り物をしてくるのだろうか。
受け取りやすい価格のものなら喜んで受け取れるのに、あまりに感覚が違い過ぎて、つい尻込みしてしまう。
「私だって、君に贈り物がしたい」
「いや、もう十分いただきました。ドレスに靴に、アクセサリーもですよ?本当に、もう十分です」
「それは、金を出しただけだろう?私だって、心を込めて選んだものを、君に贈りたいのだ。君が喜ぶ顔を想像しながら選んだのだ」
「でも・・・」
「カワセミだって自分で選んで贈るのだ。人間の私だって、贈らせてもらってもいいだろう?」
(カワセミ、関係あります!?)
だが、そこまで言われたら、受け取らないわけにはいかないような気がする。
「で、では、いただきます」
緊張しながらも、そっと指輪を薬指にはめる。
私の指にはほんの少しきつい気もしたが、無事に薬指に収まった。
ブルーダイヤモンドが、私の薬指で星のように煌めき、思わず見惚れてしまう。
「ありがとうございます。すごく、綺麗です」
「ああ。この指輪をつけていけば、間違いなく私の婚約者と思うはずだよ」
「え?」
「この大きさのブルーダイヤモンドは、一般には売られていないからね」
(それって、国宝級ってこと!?)
急に薬指が重く感じて、外してしまいたい衝動に駆られる。
慌てて手を振ってみるが、指輪がぴったりはまって動く様子はない。
焦りながら指から引っ張ってみるが、びくともしないままだった。
「・・・・・・何をしているのだ?」
「えっ、あ、ああ。ちょっとキツくて。抜こうとしたんですけど、抜けなくて・・・」
言い終える前に、アルバート様は両手で自分の顔を覆ってしまった。
私の指が太いせいで、アルバート様に要らぬ恥をかかせてしまい、大変申し訳ない。
「・・・すまない。戻ったら、すぐに指輪のサイズを合わせるよ」
「え、ええ。すみません。私、一般的な貴族令嬢と比べると指が太いんですよ」
「いや、確かめなかった私が悪い」
「あ、でも、失くす心配がないから丁度いいです」
「そんなわけないだろう。血流が止まったらいけない。戻ったら、すぐに指を冷やす準備をさせよう」
「す、すみません」
とりあえず、指のむくみを取るために左手を胸の高さまで上げておく。
アルバート様の眉が下がり、口元がわずかに歪んでいる。
表情の変化を見たいと思っていたが、こんな表情が見たかったわけではない。
落ち込むアルバート様を見ていられなくて、慌てて話を振る。
「あ、あの、私たちのことは、まだ世間に公に発表してないのに、指輪なんてしていいんですか?」
「ああ、構わない。王家の不興を買ってまで、話そうとする者はいないからね。君が私の婚約者と知れば、ホランド伯爵は、君に何も言ってこないはずだ」
(まさしく『虎の威を借る狐』よね)
アルバート様の力を借りる自分が情けないけれど、仕方がない。
降りかかる火の粉は、少しでも払いたいのが本音だ。
「でも、本当にいいのか?ヘンリーに、自分のしたことをわからせるぐらいなら・・・」
「いいんですよ。私がアルバート様の婚約者になった途端、ヘンリー様たちに不利益が生じたら、世間では何と言われるかわかりませんからね」
「いや、私のことはいいのだが」
「私が嫌なんです。だからアルバート様は、ヘンリー様に何もしないでくださいね」
「まあ、君がそう言うなら・・・」
「それに、私は今、ヘンリー様たちのことは全然気にならないんです」
「・・・・・・そうなのか?」
「ええ。きっと自分が幸せだからでしょうね」
「・・・そうか」
「だから、さくっとホランド伯爵に挨拶だけして帰りましょう!」
「ああ、そうだな」
元気よく言い切ったが、内心では心臓が波打っていた。
アルバート様が隣にいるとはいえ、長年苦手に思ってきた相手と向き合うのはやはり緊張する。
何事もないようにと、ただ願っていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございました。
ブルーダイヤモンドの石言葉は「永遠の幸せ」や「絆を深める」です。
聖母マリアのシンボルである青は純潔の象徴とされ、ピュアな愛と幸福が永遠に続くようにと願いが込められているそうです。




